1.Visual Shock

「……おい、起きろってば!」

 目を覚ますと目の前には、緑色の肌をした鬼が立っていた。

 俺は地獄に来たのか、緑色をした鬼ってなんかテレビで観たな。あれは雷様だっけか。

「あっおい、気付いたか!」

「ええと……」

「俺はズロロ族のゴイ。 それとも何か? その感じだとオークを見るのも初めてか」

「……いや、ああ、うん」

 とりあえず、ありがとう、と礼を言って(言葉は通じるみたいだ)、現状を確認する。あたりは一面の……おそらくは、森。木、だと思われる植物が密集している。少なくとも日本ではない、と思う。樹海とかに入ったことはないからわからないが。目の前にはオーク? なんか緑色のいかつい奴(俺を助けてくれた)。

「ああ、いや。田舎……遠くから来たんだ。道に迷ってしまって。良かったらこの辺りのことをことを教えてくれないだろうか」

「なるほどなあ。それで、ハラ空かせて倒れてたってわけか」確かに、この辺では見ねえ顔だもんな。

 なんか勝手に納得してくれた。

「ちょうどいい、この先に教会がある。俺はラギーナを観に行くんだが、あそこなら食べ物もあるだろう」ついてこい。

「あ、ありがとう。君は随分といい人、いや、オークだな」

「まあな。ズロロ族は高潔なことで有名なんだ。人間のひとりやふたり助けるさ」

 そう言って教会までの道中、この辺りのことについて教えてくれた。

 緑色の鬼、オークか。とにかくこのゴイって奴と何の違和感もなくコミュニケーションが取れてしまった時点でなんとなくわかってはいたが、ここはそもそも元の世界ではないらしい。

 とはいえ、いきなり『実は別の世界から来たんだ』だなんて言っても信じてもらえないだろうから適当に話を合わせつつ、教会までの道を歩いた。

 ここはズーロ地方。オークのズロロ族とエルフのボーロ族が共同で治めている。人間はあまり見かけない。人間が治めている地方とはあまり交流が無いが、遠くの方にあるデージマ、という港と取引がある。

(出島?)

「それで、さっき言っていた……」

「ああ、ラギーナか? あいつらは楽団なんだ」

 ラギーナはエルフとオークの混成による楽団で、主に神への祈りを演奏する、らしい。

「中でもエルフのレディコってやつが凄くてな。ギーターだか、なんか変な楽器を演奏するんだが、かっこいいんだ」

「ギター?」

「ああ、人間はそう呼ぶのかもな」

(やっぱり、同じ世界から来た人間が居るみたいだ)

「ただな、最近はちょっと楽団から浮き気味でな。うまくいってないって話も聞くが……」

「大変なんだな」

 バンドの運営が大変なのはこの世界でも変わらないらしい。

「よし、着いたぞ」

 いくらか違和感がないこともないが、確かに教会だ。思ったより文化的に近いのかもしれない。

 ゴイが近くにいた教会の関係者と思しき女性に事情を説明してくれ、食事を恵んでもらえることになった。

「どうぞ」

「ありがとう、ございます。いただきます」

 受け取ったのは、おそらくこの世界、この地方のパンとスープ的なもの。

「おい、早く食っちまえ。始まるぞ」

 何が入っているのか、とか、そもそも体が受け付けるのか、とかそういうことを確かめるまもなく、慌てて流し込むように食べた。

 うまい。

 パンのほうはスコーンに近いだろうか。固いと柔いの中間ぐらいの食感で、甘くはない。おそらく木の実だろう、細かくて固めの何かも入っている。

 スープの方は、材料のわからないミネストローネといった感じだ。飲む前は全体の緑色が不安を感じさせたが、まあグリーンカレーみたいなものもあるしなと自分を納得させて飲んだ。

 修道女、で良いのだろうか、とにかくそういった女性に礼を言い、容器を返すと、ステージへ向かう。

 見たこともない楽器、の中に、あった。ギターだ。見た目はエレクトリックなものだが、電源はどうしているのだろう。シールドケーブルは刺さっていない。

 メンバーと思しきオークとエルフがステージに上がり、それぞれ楽器のセッティングを始める。ギターの、確かレディコと言っただろうか、エルフは出てこない。

 おそらくはヴォーカル、というよりはコーラス、といった風の、聖歌隊じみた面々のひとりが杖を振り、話し始めた。どうやらあれがマイクの役割を果たすらしい。

「最初に、レディコから話があります」

 観客がざわついた。

「俺、レディコは、今日の演奏でラギーナを辞めることになりました」

 最後にステージに、まるで飛び込むかのように入ってきたエルフは美しかった。周りはその発言に驚いていたみたいだったが、正直、言葉が耳に入ってこないぐらい、綺麗だった。

 エルフ、っていう種族は綺麗なものだと、そういうイメージはあった。しかし、ここまで。

「もう、ステージでこいつを弾くことも無いかもしれません」全力で、やります。

 それだけ言って、ギターのセッティングを始めた。ジャックに何かを取り付けている。元の世界だと、こういった場合はアンプとの無線用にレシーバーを付けたりするものだが、そういったものは見当たらない。

 演奏が始まると、まったく未知の音楽が耳を襲った。

 学生時代に、音楽の授業で各地の民族音楽を聴かされたことを思い出す。アジア、ヨーロッパ、アフリカ、そういった、様々な地方の音楽をすべて混ぜて音を抜き差ししたような。

 ああ、俺は異世界にきたんだ。俺はこの世界の人間ではないんだな。と思うところなんだろう。しかし、ある一点だけは、違った。

 レディコのギターだ。

 俺はこの音を知っている。

 思わず涙が出てきた。悲しみの中で会場を出て、マンホールに落ちて(おそらくは)死んで、もう二度と聴くことはないと思っていた音。

 それはPoisson d'avrilの、rinの音色によく似ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る