第3話 決死の黄色

 放課後のことだった。僕は化学の実験器具の片づけを手伝い、独り遅くなってしまった。


 夕焼けに暮れなずむ教室には女子達のグループがお喋り。僕は「また、明日」と軽く挨拶を残し、リュックを背負うと生徒玄関を目指す。


 廊下でラケットを小脇に抱えた女子とすれ違った。良い匂いがした。階段の踊り場で、カードゲーム? のカードを交換しあっている男どもとすれ違った。悪い匂いがした。


 生徒指導室の前では不思議と足早になり、なんとなく振り返ってしまった。あそこは嫌いだ。遅刻届とか出すとき、難癖をつけられているみたいで胸糞が悪い。


 下駄箱からスニーカーを取り出す。


 傘立てのところで、フレッシュなカップルがいちゃいちゃしている。あ、あの子は幼なじみの百田じゃないか。また彼氏が変わったのか。相変わらずモテてますなー。


 ……はぁ。


 玄関の前にはグラウンドが広がっている。肉体系の連中が汗を流している。同じ肉体系でも女子と男子は流すモノがきっと違うはずだ。成分的に。女子はお花とか果物とかので、男はハラミとかメンチカツとかそういうのが主成分。


 そう言えば、小腹が空いていた。商店街で牛肉コロッケを買って帰ろう。


 僕は学園前の交差点で信号の「停止」ボタンを押す。信号は赤。国道ということもあって、なかなか青にならない。


 本庄によれば、ここの信号待ちのタイミングで女の子に声をかけると、必ずうまくいくらしい。


 だが、これは嘘である。


 なぜなら信号待ちをしている女子というのは、独りでいるとはかぎらないし、たとえ、そのとき友達がいなかったとしても、他の登下校する連中の目がある。ならば、その女の子が完全にノーマークな、交差点にその子しかいないときに声をかければいい。となるかもしれないが、そんな機会を狙って、彼女の後を追う。これをストーカーという。


 ゆえに、本庄の言っていたことは、都市伝説の域を超えないのである。さっさと連絡先を交換した方が良いのである。というか、僕もこの交差点で信号を一緒に待ってくれる女の子が欲しいのである。百田と付き合いたいのである。百田はエロそうなので、僕もエロくなりたいのである。ノデアル化粧品。と、考えていたところ、僕は目撃する。


 道路の向こう側から走ってくる猫を。嬉しそうにお魚をくわえた猫を。おお、なんていうレアな光景とか考えている場合じゃない。


 赤信号とはクルマが走ってくるから渡っちゃいけないわけで、つまりは、大型トラックが突っ込んでくる。猫はトラックを前に立ちすくむ。お魚をくわえたままに。純粋そうな瞳をキラキラさせて。


 僕次の刹那には、僕の身体は動いていた。理由はわからない。猫を助けたかったから? わからない。ただ自然に動いていた。猫を抱きかかえていた。魚、生臭え! と思った。目の端にトラックのバンバーが迫った。クラクションが鳴り響いた。アスファルトを軋ませるブレーキの音とともに。


 そこから先の記憶はない。

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