先生、勝負です!(その3)

 

 今日は、川本さんとの魔法特訓の日だ。いつものコンビニで待ち合わせし、いつもの廃ビルへ向かう。このいつもの感がたまらない。

 最初は戸惑っていた川本さんも段々と慣れてきたらしく、私の前をすたすた歩いてビルへ向かう。コンビニでお菓子を買って特訓の合間に食べたり、肩を揉んでもらったり、まったりモード全開なのだ。

 

 もちろん、川本さんの魔法コントロール力もどんどん向上。かなり高度な魔法も操れるようになってきた。ただ、ちょっと気になるのは、時々、川本さんが、ぼーっとしているときがあって、後から聞くと、その時の事を覚えていないらしいのだ。変な病気じゃないかなって少し心配。


 心配と言えばこの間、この秘密基地に賊が侵入してしまった。私がルシファー様の作ったゴーレムと「いけないこと」をしてた時、侵入してたらしい。ルシファー様が捕らえようとしたんだけど、逃げられちゃった。


 それにしてもあの時のゴーレム、本当に川本さんそっくりでちょードキドキしてしまった。今、目の前にいる本物の川本さんもあんなキスするのかしら? いや、だめだめ、この子は私のアイドルなんだから、そんなエロいことさせちゃだめ。


 でも、ちょっとだけなら……


 私が妄想を膨らましているうちにビルに到着。地下室への入口がある部屋まで来たとき。


 「待ちなさい!」


 後ろから呼び止める声がした。驚いて振り返ると、そこには私のアイドルのひとり、ソフィアさんが紅潮した顔で立っている。はあはあと、肩で息をしてるところから見ると、全速力で追いかけてきたようだ。


 「 かすみ、あなただまされてるのよ!」


 えええっっっ! 年を誤魔化してるのばれたー? ソフィアさんとの押し問答が続くが、どうやらソフィアさんに、二人で特訓してることを隠していたことに怒っているようだ。


 だって、二人で特訓したかったんだもん! ってかわいく言っても許してくれそうにないわね。やっぱり川本さんはみんなの女神なのかしら、独占しようとした者には天罰が下る――のかもしれない。


 「出でよ、フェンリル!」


 うわっ! ソフィアさんの使い魔初めて見た。巨大な灰色狼さんですね。まじで恐いです。

 仕方ない、夜刀ちゃんにでて来てもらおう。夜刀ちゃんとフェンリルの戦いが始まった。頑張ってー、夜刀ちゃん!

 フェンリルと夜刀ちゃんの戦いは一進一退と思ったら、ソフィアさんがフェンリルの背中に乗って向かって来たー!

 

 これはダメ、ダメでしょ。さすがのお姉さんも困ったわ。だって私のアイドルに攻撃なんか出来ないもの。案の定、狼に投げ飛ばされる夜刀ちゃん。

 

 きゃー、ヤバい、ヤバい。痛かったでしょ、ごめんね。もー、ソフィアさんやり過ぎ。さすがの先生も怒るよ!

 あれ? 川本さんがいない。と思ったらいつの間にか部屋の反対側に移動してる。そして……


 また、魔方陣の上にいるーっ!


 えっ、誰? ルシファー様? 誰の仕業なの?


 なんだか聞き覚えのある呪文を唱える川本さん。えっとーこれなんの呪文だっけ? 

 

 あっ、思い出した! これ、暗黒の雷ユルルングルサンダーじゃん。

 

 かつての上司、アスタロト様がよく使ってたっけ。そうそう、昔、反抗した人間のお城が黒焦げになったんだったわ。懐かしいなぁーーって、ちがーーう!

 

 だめだめだめ、その呪文だめだから! みんな死んじゃうからー。止めなきゃ、急いで川本さんの所へ向かう私。ガラガラドシャーン! うわっ天井が落ちてきた。これじゃあ近づけない。

 

 どうしよう。あれ、ソフィアさん。どうしたの? 吸い寄せられるように川本さんの元へ近づいていくソフィアさん。危ないよ、石落ちてくるよ。

 

 ぎゃー! 石が命中した。崩れ落ちる私のアイドル。さらに次の石が落ちてくるっ!

 

 「マジックシールド!」

 

 なんとか間に合った。倒れているソフィアさんを囲むようにシールドを展開。落下してくる石を弾き飛ばすことが出来た。

 

 「しっかりしなさい!」

 

 ソフィアさんを引きずって逃げよう。とにかく安全なところまで連れて行かなきゃ。あとは、全力の防御魔法で暗黒の雷ユルルングルサンダーの威力を弱めて乗り切るしかない。

 

 もうもうと土埃が舞い上がって視界がさえぎられる。川本さんの姿はここから確認できない。魔法を使った本人は助かるはず、そう信じるしかない。

 

 ――発動せよ!

 

 ソフィアさんが何かを口走った。

 

 「対魔法中和防壁マギーアニュートラライズ!」

 

 私も全力の対魔法防御を展開した。

 

 ――来たっ!

 

 信じられないほど強力な魔力の波がビル全体を覆うのを感じた。これが……暗黒のいかずち、窓ガラスがこなごなに吹き飛び窓から炎がなだれ込む、熱い空気が頬をでる。ゴゴゴゴと建物全体が揺さぶられて柱もミシミシときしむ。ビル全体が崩壊しそうだ。

 

 もうダメっ!

 

 そう思った瞬間、時間が巻き戻るように炎が窓から外に吸い出されていく。熱気も一瞬で冷める。まさか、中和防壁が効いたの? ありえない!

 

 やがてビルを覆っていた魔力の塊が消えていくのが分った。

 

 助かった……。

 

 はっ! 川本さんは? 見回すと近くに倒れている川本さんを見つけた。ソフィアさんが立ち上がって川本さんの所に行こうとする。彼女を制して、近づいて様子を見る。気を失っていた川本さんは、幸いにすぐに目を覚ました。

 

 「せんせー、私、いったい?」

 

 やっぱり、何も覚えていないようだ。二人でソフィアさんの所に戻り、怪我の具合をみる。応急処置で出血を止めるが、肩を骨折している可能性がありそう。早く病院に連れて行かなきゃ。

 

 グレヴィリウス家の系列病院に来て欲しいというソフィアさん。議論している時間はないから、即賛成した。それに、この状況を説明する自信ないしね。診察の結果、ソフィアさんはやっぱり骨折で入院、私と川本さんはかすり傷程度で済んだ。

 

 これで一件落着、ではないよね。やっぱりハッキリしとかないと。川本さんに買い物や手続きをお願いして席を外してもらい、ソフィアさんと二人っきりにしてもらった。

 

 「何で私を助けたんですか? ほっといて欲しかったのに」

 

 まったく、素直じゃないのね。ソフィアさんの隣まで行って顔を覗き込む。気まずそうに目をそらすツンデレアイドル。

 

 「川本さんのことが好きなのね」

 

 「は? いきなり何なんですか?」

 

 きっ、と私を睨み付けてくるソフィアさん。その瞬間、彼女のくちびるを奪った。ほんの一瞬だけ時が止まったように感じた。

 

 「――意味がわからないんですけど」

 

 うん、自分でも意味わからない。いったいなんでしちゃったんだろう。

 

 「今回のことはこれでチャラってこと。それよりも重要なことあるでしょ」

 

 もう、言ってることムチャクチャだね。

 

 「かすみのこと――ですよね?」

 

 さすが、頭の回転がいい子ね。そう、二人に共通の心配事。

 

 「あの子は、とんでもないものを抱えている。しかももう抑えきれなくなってきているわ。あの魔法は、人間が使えるようなものじゃない。なんとかしなきゃね」

 

 ふーっと息を吐き出すソフィアさん。何かを吹っ切ったようだ。

 

 「一つだけ約束してください。決して、かすみのことを傷つけないって。それさえ約束してくれれば、先生に協力します。先生の正体についてもこれ以上詮索しません」

 

 私の正体か……、バレてるのかなあ。

 

 「いいわ、約束する。今日、川本さんの身に起こったことは本人にはまだ言っちゃだめよ。ちゃんと対策を見つけてから、ゆっくりとね」

 

 「わかりました、それと……」

 

 「それと?」

 

 顔を赤らめるソフィアさん。

 

 「私のファーストキスの相手が、先生だっていう事も秘密にしておいてください」

 

 もう一度言おう、私のアイドルは最高だ。


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