第十二回 聖剣の刀鍛冶(三浦勇雄/MF文庫J)

 かつて、とはいってもかれこれ十年ほど前のことですがハーレムラブコメにあらずんばラノベにあらずと呼ばれた時代がありました。きっかけはゼロの使い魔の登場で、この作品を擁してハーレムラブコメ全盛期を作り出し、かつてのMF文庫大賞では、送る作品のうちハーレムラブコメ以外はカテゴリーエラーと揶揄された時代があったほどです。そんな中MF文庫Jの中にあって、本作は一際目立つ「漢」の物語であり、とても異色の存在としてラインナップされておりました。

 主人公、セシリー・キャンベルは女性ながら都市の自衛組織に入隊しており、その中ではいっぱしの騎士でありました。しかし愛用の剣が折れたため、腕の立つ刀鍛冶を探していたところ、ルーク・エインワースという偏屈な刀鍛冶と出会います。彼は、助手であるリーザと共同で発現する「魔剣精製」によって強大な力を持つ「魔刀」を生み出すことができ、後にセシリーや仲間たちと共に、敵である「帝国」や、帝国の擁する「悪魔」や「人外」との戦いに赴いていくことになるのです。

 本作が異色だった点は、以上のように骨太で壮大で、曰くありげな重い設定のライトノベルが、当時ハーレムラノベを推しまくっていたMF文庫Jというレーベルから出たと言うこともそうでしたが、何より女性が主人公で、しかも「戦う女性」であったということがとても新しかったです。ライトノベルにおける女性像と言うのはヒロインとニアイコールで、読者層から言っても男性の理想像としての女性が描かれることが多かったのですが、本作の主人公兼ヒロインのセシリーは、家事はできない炊事は出来ない、面倒ごとに首を突っ込んでは大怪我して帰ってくるという、まさしく少年漫画的な「漢」の姿そのもので、今でこそ女性が矢面に立って戦うという作品は珍しくなくなりましたが、当時はとても新しいものに感じられたものでした。

 またあらすじで「悪魔」と言う言葉が出てきましたが、作中における「悪魔」というのは、ある人物(?)が世界に仕掛けた呪いによって発生した、人間の心臓に刻まれている文言を自らが読み上げることによって様々な力を持つことが出来る(作中では「悪魔契約」と呼んでいます)というもので、この設定を含め、MF文庫Jというレーベルカラーにまったく馴染まず、どの設定も残酷な設定が多く、読んでいると胃がキリキリ痛むこともしばしばあります。作中でアリアという女性が比較的初期に出てきますが、彼女もこの悪魔契約によって生み出された剣のうちの一振りで、巨大な力を前に奮闘していった結果、物語終盤で力を使い果たしてしまい、結果的に自我を失ってしまいます。このように、主要なキャラクターがどんどん退場していく「後味の悪い」作風であると言うことでも、こういう作風が好きでない方にはオススメできる作品ではありません。しかし、ただ戦って強いほうが勝つという単純なものではない、その設定と展開には感動すら覚えるものであり、好きな方には、毎回毎回ギリギリの戦いの中で悩み、葛藤し、成長していくキャラクターたちの模様と、さらには作者の精緻な描写で描かれる本作は、異世界ファンタジーとしてとても完成度が高く、楽しんで読むことが出来ると確信して言えます。また、そうした残酷で重い設定であるからこそ、日常パートの「普通さ」が強調して描かれ、この日常パートの存在感によってシリアスパートの緊張感と酷薄さが強調され、主人公に降りかかる危機が日常を破壊するものとして、そしてそれを守るために自らを省みず戦い続ける主人公たちの苦闘が、むしろリアリティを累乗していく効果すら感じさせられます。最終盤ではセシリーとルークがくっつくわけですが、憎まれ口を叩きあっていた二人が仲むつまじく戦ったりイチャイチャしたりするのを見るのは、まるで親戚の子どもが成長していく様を見せられるようで、おじさん、ニヤニヤしっぱなしです。

 本作は異世界ファンタジーとして優秀な作品であるばかりか、世界観と設定をうまく生かしてシリアスパートと日常パートのメリハリをうまく使い分けることにより、お互いのパートに相乗効果を生み出しているという、なかなか高度な技術を持って描かれた作品であり、MF文庫Jというレーベルではありますが、重めの世界設定を好む方にはぜひとも手にとってほしいシリーズです。



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