勇者パーティ……相打つ!

 アルナの攻撃を遮った影は、またもや奇妙な風体をしていた。

 シルエットを見れば、人間のそれと大差ない。

 だが、その頭部には巨大な耳が生えており、その口は大きく突き出している。

 手足は人間のそれと似ているものの、全体が美しい毛並みを持つ体毛で覆われていた。

 そして何よりの違いは……太くふさふさとした尻尾が臀部でんぶより伸びていた。

 狼人間……。彼を見た者ならば、誰もがそう口にした事だろう。そしてそれは、あながち間違ってはいなかったのだった。

 彼……カナンは所謂「狼の獣人」である。


「……随分と雰囲気が変わったものだな、アルナ……」


 自分に対して咆哮を上げたアルナに、カナンは静かな声でそう反論した。


「ほざけっ! 変わったのはエルスッ! そしてお前達だろうがっ!」


 その美しい容姿には程遠い声音と表情で、アルナはカナンに噛みついた。

 そしてそのほとばしる殺気を、今度はカナンへと向けて発する。

 対するカナンは、その気勢を受けても動ずる様子はなく、ただ冷静に冷えたまなこをアルナへと向けていた。

 

「俺達は変わっちゃいない。ただ信じた者に付き従っているだけで、それが間違っていたとは今も思っちゃいないんだ」


 アルナが炎だとすれば、カナンは正しく氷。

 彼はその冷めた声で、アルナをまるで宥める様にそう返答する。

 しかし、今のアルナにはその言葉は届いていない。


「その考えが間違ってるんだよっ!」


 そう吐き捨てたアルナは、再び巨鎚を振りかぶり、今度はカナン目掛けて疾駆すると力の限り振り下ろした。

 それを迎え撃つカナンは、今度もその攻撃を手に持つ双剣で受け止めた。……様に見えたのは一瞬、彼はアルナの攻撃を見事な流れで受け流し、スルスルと彼女の脇を擦り抜ける様に躱した。

 一切の力を加えられる事も無く、自身の攻撃をまるで氷上を滑らせたようになされたアルナの身体は大きく泳ぎ、多大な隙を晒す事となった。

 

「……エルスには申し訳ないが、お前は危険だ。ここでその禍根を断っておくとしよう」


 氷の瞳に、冷徹な光が宿る。

 アルナの脇へと回り込んだカナンは、その手に持つ双剣の片方をスッと振り上げると、やはり流れる様な動作でアルナに一撃を加えようとした。


 ―――その時。


「はああぁっ!」


 カナンを撃つ巨大な気迫と共に、黒く大きな塊が彼の背後から襲い掛かった。

 まるで山をも思わせる気を受けて、攻撃動作を即座に取りやめたカナンは振り返り、迫り来る斬撃を受け止めた。

 その衝撃は周囲を震わす轟音を発し、巨大な風圧を巻き起こす程であった。


「相変わらずすさまじい剛剣だな……シェラよ」


「あんたこそ、相変わらずムカつく程の反応だね」


 カナンを攻撃した影は女性……シェラと呼ばれる女戦士だった。

 鍛え上げられた肉体を褐色の肌が覆っている。

 そうと分かるのは、彼女の身に付けている装備が極度に露出の高い物だからだ。

 金属製ではあるのだろうが、彼女の身体を守っているのは胸と腰の部分のみ。つまりビキニの様な出立いでたちをしているのだ。

 扇情的とも思える肉体美も然る事ながら、それにも増して彼女を印象付けているのは……燃える様な真紅の髪。

 長くウェーブ掛かった炎髪を振り乱して戦う様は、正しく「闘神」そのものであった。

 女性の扱う物とは到底思えぬほどの長く重い長剣を易々と振るう様は、正しく「極戦士」の異名に恥じぬものだった。

 そんなシェラを以てしても、「剣匠」の誉れ高いカナンを即座に討つなど、例え不意を打ったとしても容易な事では無かったのだった。


「よしっ、シェラッ! カナンを止めておけっ!」


 カナンの圧力から解放されたアルナが、再びターゲットをエルスへと向けて行動を開始した。

 先程までの、一連の攻防にエルスは、襲い来るアルナの攻撃を迎え撃つしか出来ない。

 急襲したアルナの攻撃がエルスに見舞われる。

 しかしまたしても、彼女の攻撃がエルスを捉える事は無かった。

 周囲に鼓膜を打つ異音を発して、アルナの戦鎚はエルスの眼前に展開された不可視の防壁に遮られたのだ。


「ちぃっ! メルルかっ!」


 忌々し気にそう吐き捨てたアルナは、エルスを護る防護壁をお構いなしに連打する。その度に、周辺には耳を覆いたくなる打撃音が響き渡る。

 そしてその音に、更なる破擦音が上書きされる。

 神経を逆なでする様なその音は、メルルの作り出した防御障壁を強引にだった。

 

「アカンッ! ゼルの奴、こんな前まで出て来ておったっ!」


 戦闘が繰り広げられていた後方で、防御障壁を展開していた少女……メルルが、自身の作り出した防御壁シールドが破壊された事を悟りそう叫んだ。

 緑色の長く美しい髪を後ろで一つに束ねた、碧色の美しい瞳もつ少女……女性。

 どちらとも判別の付かないのは見た目だけでなく、彼女の仲間達でさえ本当の年齢を知る者はいない。

 着ているとは言い難い程ダボダボのローブを纏った姿が、更にその素性を覆い隠している。

 だが、その手に持つ“魔法使いの杖ウィザード・スタッフ”が、彼女をして魔法使いである事を物語っている。

 そしてこの場に居る事を考えれば、その実力は推して知るべし……であった。

 そのメルルが口にした通り、事態は彼女の思わぬ方向へと流れていた。


「……へっ……。俺にとっちゃあ、どんなに強固な防御魔法も無意味さぁ―――」


 防御障壁を切り裂き、音も無くエルスへと接近するゼル。その動きに澱みは無く、まるで影の如しであった。

 この場の誰よりも長躯であるが、まるで末枝の様に細い。それ故にか、その存在感は薄く、彼のにマッチしていた。

 トロッポ族と言う亜人である彼は、先天的に盗賊特有の技能を有している。気配を消し、足音を忍ばせ、器用な手先で様々な錠を解除する……。

 それらが必ずしも「盗賊」になる理由とはならないが、殆どのトロッポ族は盗賊へと身を落とす。

 故に誰からも忌み嫌われる存在であった。

 そしてそれは、何もその職業からなるものだけでは無い。

 その容姿もまた、人々から敬遠される風体をしていた。

 青白い肌に、長い鉤鼻。

 性格はその殆どが楽天的であり排他的。

 協調性に疎く、自身の利益にのみ忠実で、他者の為に動く事など稀有と言われている。

 ゼルがエルスの……勇者パーティに参加したのは、勿論エルスの人柄に惹かれたと言う側面もあるが、それが偏に自身の利益になるとの打算からだった。


わりぃな……エルス。あんたの事は嫌いじゃあなかったが……が俺にとっては『得』なんでね」


「……ゼルッ!」


 滑るようにエルスへと肉薄したゼルが、手に持つ短剣「殺」と「滅」を振り上げた。


「……うおっ!」


 今まさに、ゼルがその手を振り下ろそうとした瞬間、彼はその行動を急静止し、大きく飛び退いた。

 先程まで彼がいた足元には、何処から放たれたのか矢が2本突き刺さっている。


「ちぃ―――っ! シェキーナかっ!?」


 そう吐き捨てながら後退するゼルの足元には、二の矢、三の矢が次々と突き刺さり、彼がエルスへと近づく事を許さない。

 

「お前の動きは見えていたよ……させるか」


 冷静に、且つ正確に弓矢を放つのは、ハイエルフの女性シェキーナであった。

 彼女はメルルと同じくらい離れた場所に居ながら、前線で戦う全ての者の動きを把握していたのだった。

 美しく流れる蒼銀の髪と絵画の様に整った容姿が、彼女が森の妖精エルフである事を物語っている。

 人間界ではその姿を見る事が稀なエルフにあって、彼女はその上位種である「ハイエルフ」。

 もはや物語か神話にしか謳われない存在である彼女もまた、エルスの気概に感銘を受けてエルフの森を後にしたのだった。

 シェキーナが再び矢を番える。

 ゼルを大きく引き離した事により、へと矢を放つ為だった。


「くそっ! シェキーナめっ! おい、ベベルッ! サボってないで、お前も戦闘に参加しろっ!」


 シェキーナの標的となったアルナが、彼女の矢を防ぎながら後方へと怒鳴り声を上げる。

 その方向には、先程から戦闘に参加しない一人の男が立っていた。

 長い……彼の身長の2倍はあるかと言う長い槍を両手に持ち、ただ立っているだけだと言うのにやる気の無い……どうにも気怠そうな雰囲気を纏わせているのは「双槍使い」ベベル。彼はアルナの声にも動じた様子はない。


「んあ―――……? 面倒なんだよね―――……」


 その実力は折り紙付きなれど、その言動や行動には以前から問題の多い彼であったが、それがアルナを苛立たせていた。

 そして今も、ベベルはアルナの要請に従うそぶりを見せない。


「ちぃっ! 食えない男だっ!」


 アルナはベベルを動かす事に早々の見切りをつけ、シェキーナの弓矢とメルルの魔法を防ぎながら、それでもエルスの方へとにじり寄って行く。


「魔王エルスッ! お前はここで……討つっ!」


「く……っ! 俺は……俺は魔王じゃ……ないっ!」


 視線を交錯させるエルスとアルナ。

 彼ら二人だけでは無い。この場に居る全員が、数か月前まで「勇者パーティ」の面々だったのだ。

 では何故、彼等は二手に分かれて争う事となったのか?




 僅かに刻を遡り、事の次第を見てみる事にしよう。

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