どこかではない、この世界

0-3 こんにちはこんにちは、俺の世界

 ハローハロー。

 俺はまるで長い長い夢から覚めたかのように、いつものように登校の準備をしています。

 夜更かしをしたわけでもないのに、朝はいつも憂鬱です。

 学校生活に大きな不満があるわけではないんですけれどね。

 とにかく朝が嫌いなんでしょう。規則正しい生活ってやつが。

 あと、身体の節々が痛みます。

 不摂生な生活の影響もあるでしょうが、なによりあの爆発に巻き込まれたのです。

 そりゃ全身痛いですよ。


「コウー! そろそろ起きないと遅刻するわよ!」


 下の階から母の呼び声が聞こえます。

 とても懐かしい声。いやまあ、今も実家で元気にやっているはずですが。

 いや、そもそも今しがた声がしたんだから生きていますね。実家もなにもここですし。


「起きてるよー! チョット待って」


 とりあえずいつものように不機嫌な返事を返し、さっさと着替えを済ませます。

 なにしろ久しぶりの学校です。なにかしら抜かりがあってはいけません。

 久しぶり?

 毎日のことのはずなのに、どうにも変な感覚ですね。

 気になって部屋を見回します。

 読みたいと思った本を買っては読んで詰め込んだ雑多な本が並ぶ本棚に、脱ぎっぱなしのジャージが転がる床。

 ベッドは小学生のころから使っている10年来のもので、机と椅子も同じく小学校入学時に買ってもらったカッチリとした学習机。

 代わり映えのしない、いつも見ていた鳥かごのような六畳一間のあの部屋です。

 なにもおかしいことなどありません。

 そうですよね。


「そうだとよかったんだがね」


 誰かがそんな言葉を返した気がしました。

 見るといつの間にか、俺の部屋の椅子に一人の男が座っています。

 安っぽいジャージ姿の上に、黒い外套を羽織った不思議な男。

 どこから入ってきたのか。

 彼は誰なのか。

 そしてどういった存在なのか。

 まったくわかりません。

 ただ、そんな全ての印象を脇にどけておくと、俺は彼を知っています。

 それは確かでした。


「どういうことですか、イフネさん」


 彼の名前はイフネ・ミチヤ。

 知っているといっても知ったのはつい先日のことで、その時も朦朧としたままの俺に一方的に自己紹介をされただけです。

 なのでまあ、事実上知らない人みたいなものですが。

 前回も完全に不審者で今回もこうして不審者なのですから、もう概ね不審者でいいでしょう。

 しかし、今はそんな不審者の話を聞くしかありません。

 他に誰もいない以上、この状況が一体どういうことなのか説明できるのは彼しかいないでしょう。


「まあ説明しづらいんだけれども、ようするにここはだ。あのひっどいひっどい魔力爆発事故の中であんたの意識が世界を作っちゃったわけだな。で、俺はレスキューのために追いかけて飛び込んできたわけだが、ここで問題が2つ」

「はあ」


 元々胡散臭い存在ではありましたが、今日は輪をかけて胡散臭いことしか言いませんね、この人。


「まず1つは、あの爆発の中でこの世界に来たのはあんただけじゃないということ。先入観が大きな問題になりかねないので詳細はいえないが、とにかく連中をどうにかするのがこの問題の解決の鍵だ」


 勿体ぶるわりに肝心なことを何も言わない。これまでの取材でもしばし遭遇しましたね、こういう人。

 ん、これまでっていつでしょうね?


「そしてもっと大きな問題なんだが、あの中にはそいつらだけじゃなく、あんたの偽物というか複製品が混ざっていたわけだ。つまり、この世界にはということになる。これは大変不味いことだぞ」


 俺じゃない俺。

 それがどういうことなのかはわかりませんが、想像をするとゾッとすることではあります。

 そもそも、今の自分も本物なのか。

 

 それがふと気になって、慌てて窓の外を見ます。

 太陽は1つ。

 もちろん、竜など飛んでもいません。

 そりゃそうでしょう。

 ここは俺の世界なのです。


「ふむ、これ以上話していると問題をさらにこじらせてしまいそうだからな。俺はお暇して、しばらく他の方法でこの状況をどうにかできないかあたってみることにしよう。あんたは……まあ、この世界を上手く生きてくれとしか言えんよなあ……」


 諦めたようにそう言い残して、イフネは橙色の光とともにその姿を消失させます。

 こちらの感情など無視して、一方的にいなくなるのです。

 そうして俺ひとりがこの部屋に残され、思い出したかのように登校のための準備を再開します。

 なんだかんだ3年間、ほとんど同じような中学時代も合わせれば6年も続けていた習慣というのは身体に刻まれているもので、あの頃のサイクルを思い出しながら行動していくと、どんどんあの頃のような心境が戻ってきます。

 なにも考えず、平坦で、安穏と退屈を混ぜ合わせた1日を終わらせることに夢中だった毎日。

 まったく、今では考えられません。

 そういう日々が嫌だったから……、嫌だったからなんでしょう。

 今日もまたそういう日々の1つのはずじゃないですか。

 準備を済ませ、朝食を取り、俺はいつものように両親の言葉に送り出されて学校へ向かいます。

 掛け替えのなかったけれど、退屈な1日。

 全てが無事に終わったら、久しぶりに一回実家に帰ってみようか。

 そんなことを考えながら、俺は家を出て学校へと向かうのです


 

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