迷宮の世界

3-1 迷宮には俺を追いかけて

 ハローハロー。

 傷も無事に癒え、俺は自分探しの旅を続けるためまた別の世界へとやってきております。

 しかし到着早々にハズレであることがわかり、一応観光がてら街には来てみたものの、リータとともに引き返すかどうかを思案していたその矢先でした。


「おお、ラコー! 無事に帰ってきていたのか!」


 俺の姿を見た男性が俺を見るなりそう叫んだのです。

 恰幅の良い、いかにもこういった世界の飲食店の主といった風貌の男ですが、お察しの通り俺は彼と面識はありません。

 しかし彼の方はいかにも親しげに肩を組んできて、彼の店であろう眼の前の酒場『夜と夜明け亭』へと連れ込もうとします。

 横目にリータを見ると呆れ顔で笑っており、どうやらここはこの店主に従う以外なさそうで。


「つまりこの世界ここにも、テメエと同じ顔を押した奴がいたってことだな」


 連れ込まれる俺の後に続き、リータがそう口にします。

 この状況は間違いなくそういうことでしょう。

 しかし邪法師と呼ばれた前回とは様子が異なるようで、邪険にされていないどころかむしろ歓迎や再会を喜んでいるかのようにも思えます。

 外観からしてそうだったのですが、『夜と夜明け亭』はいかにも冒険者が集いそうな酒場といった感じの造りで、二階より上層は宿屋になっているのも含めて見たこともないはずなのにどこかで見たような雰囲気に溢れています。

 まだ日も高いためか酒場に客の姿はなく、俺はカウンター席に座らされて、差し向かいにその店主と話をするような状況になりました。いやまあ、隣にリータもいるのですが、多分こいつはまともに話をする気もないでしょう。

 そんなわけで俺は店主が即興で用意してくれたハムと茹でた豆、あとは麦酒を前にしながら彼の話を聞くことになったのです。まあ、後のことを考えるとアルコールは流石に飲めませんが、ハムは素朴な味がして酒には合いそうです。調理法というよりはこの世界の豚的生物がそういう味なのでしょう。

 

「いやーお前らのパーティが全滅したって聞いたときには、流石に俺もショックだったもんだ。ろくに記憶のないまま送り出した責任もあるしな。それでどうだったんだ、冒険の方は」


 話の内容からして、この主人は明らかに俺を誰かと勘違いしています。

 しかし同時に、であるという可能性の高まりも感じてしまいます。容姿だけでなく、記憶がなかったというのもわりとクリティカルなポイントですね。

 

「いえ、あのですね……、非常に言いにくいことですが、おそらく、あなたの知っている冒険者のラコーさん、でしたっけ? 俺はその彼とは別人なんです」


 仕方がないのでまずはその説明からしなければいけません。

 しかしラコーという名前もなんとも意味深です。阿柄あがらコウなのでラコー。わりとそのままじゃないですか、これ。


「えっ、別人だって? こんなにそっくりなのにか? いやおい、冗談はよせ……」


 俺の言葉に主人はあからさまに意気消沈していきます。

 それもそうでしょう。俺とが別人ということは、彼はつまり……。


「心中お察ししますが、事実です。俺は今日この街にたどり着いたばかりですし……。そのラコーさんとは、まあ、兄弟のようなものですかね」 


 兄弟というか同一体というか……。こういう関係をなんと呼べばいいのかは俺にもわかりません。ただ、間違いなくです。


「そうか……。ところで旅の方よ、お前さんも冒険者かね? この街に来たのもあの『迷宮』が目当てかい?」

「迷宮?」


 なるほど、ここはそういう世界ということですか。

 ハムを一切れ放り込みながら少し考え、俺はこの世界で自分がすべきことを思うがままに口に出してみました。


「まあ要件は他にあるのですが、迷宮にも興味はありますね。少し、話を聞かせてもらってもいいですか?」

「おい、テメエ……」


 その提案に、リータはずっと貪っていた豆を置いて不満げに睨みつけてきます。そりゃそうでしょう。これは明らかに不必要な寄り道です。

 しかし、自分とほぼ同じ名前を名乗る、同じ姿をした存在がその迷宮で死んだかもしれないという話は、そのままスルーしてしまうにはあまりにもおぞましいものじゃありませんか。

 俺はリータの口に豆を押し付け、店主に話を促します


「迷宮と呼ばれているのは、この街の外れの大井戸の奥にある地下通路のことだな」


 主人が語るには、なんでも数万年前の超古代文明で利用されていた通路らしく、破棄された後も当時の文明の魔法装置で迷宮そのものが変化と自己増殖を繰り返し続け、今ではどこにつながっていたのかさえ不明ということです。

 そして人々は、その迷宮の中に今も残り、あるいは今なお作られ続けている古代文明の遺物を拾い集めているとか、なんとか。


「ほら、この店にもあるぞ。たとえばこの『光放つ棒』だ。ここを回せば、火を使わずとも光を放つというスグレモノだぞ」


 そう言って店主が出してきたのは、明らかに俺の世界にあるような懐中電灯でした。しかも手回し充電式のやつです。

 形や装飾こそいかにも魔法のアイテムいった風合いになっていますが、機能的にはほとんど現代のものと変わりないでしょう。むしろその古代文明の魔導器機と思しきものを組み合わせて内部の消耗品の点数を抑えているということから考えると、現代の懐中電灯より便利かもしれません。

 おそらくもう一人の俺も、こういった一品を見て迷宮へと惹かれていったのでしょう。

 いや、単に記憶もないままこの異世界に流れ着いて、他にすることが見つからなかっただけかもしれませんが。

 は一体どんな気持ちで迷宮に挑み、そして倒れたのか。

 この俺の世界と同じで違う懐中電灯を見ていると、そんなことばかりが気になってしまいます。


「わかりました。俺もその迷宮に行き、ラコーさんを探してきましょう」

「おいテメエ!? 死にたいのかよ?」


 俺の言葉にリータが掴みかからんが勢いで抗議の声を挙げますが、もう一度豆を食わせてそれを制します。

 そりゃ俺も死にたくありませんよ。でも、がなにを持って死地へと赴いたのか。そしてどうなったのか。

 それを知らずにいるのは、多分このままちゃんと生き伸びることが出来ても、一生引きずることになるでしょう。

 異世界で、消えた俺を追いかける。

 これは、世界のリセットを繰り返しているような俺に突きつけられた試練です。

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