連合都市世界(2)

0-1 異世界でだって金は欲しいし名誉も欲しい

 ハローハロー。

 そんなわけで俺はあの『ドラゴンのいない世界』での勇者稼業を速攻で終えて『連合都市世界ギルドシティ』へと帰還したのであります。

 残念ながらあの世界はハズレだったわけで、それならさっさと切り上げるのが吉ということですね。


「で、テメエはさっきからなにしてるんだ? 机にそんなにかじりついて」

「なにって、もちろん今回の冒険をまとめてたものを売り込む企画書の構想を練っているんですよ。このために異世界に来たといっても過言ではありませんからね」


 この点については特に『連合都市世界』の文明レベルの高さに感謝です。

 なにしろ紙がほぼ自由に使えるレベルにあり、メモ書きにもこうやって気兼ねなく使うことができるくらいですからね。

 これができるかできないかは、わりと俺にとって死活問題なわけです。


「仕事か? こんな異世界まで来て仕事のことを考えているのか、テメエは?」

「最初からですよ。もう一度言いますが、俺は


 はい、ここ強調です。

 もっぱらタウン誌やネット記事が主戦場のしがない木っ端ライターであるところの俺一発逆転ホームランを狙うにはどうすればいいか。

 もう見てきたように異世界を語る記事で売り込むしかないでしょう。

 そもそも自分のような存在にとって、仕事と娯楽の境界は限りなく薄いものです。


「それに、いつまでもここでウダウダしているわけにも行きませんからね。この世界でもなんとかして稼いでいかないと」


 いくら楽な異世界旅行が願いだったとしても、さすがに部屋も移動手段も滞在費も全部リータ任せではヒモとしかいいようがありませんからね。

 自分でどうにかできる部分は自分でどうにかしたいというプライドくらいはあるわけです。

 

「稼ぐって、まさかテメエ、この世界で商売でもするつもりか?」

「まあ商売というか、売り込みというか……。幸い、この世界には本屋が商売として成立する程度の文化レベルはあるみたいですからね。ここなら一発当てて本を出せるかもしれませんし」


 夢なんですよ、本を出すことは。

 日本じゃないのが残念ですが、その分競合相手との差別化もし易いですしね。

 書く文章も勝手に世界に適応したものに変わっていくのは気持ち悪いといえば気持ち悪いですが。


「ハァー、なんとも脳天気なもんだ。テメエさ、自分が後一ヶ月で死ぬってわかってるか?」

「もちろんですよ。だからこうして命を燃やそうと思っているんじゃないです。それにまあ、余命一ヶ月のなんたらというのはその手の本の定番文句ですしね」


 といいつつ、むしろリータの言葉で『その売り方もありなのでは?』と気付かされたわけですが。

 

「あ? テメエ死にたいのか? なんなら今から死ぬか? そうじゃなくてだな、そんなことしている余裕があるのかって話だ。そもそも、元の世界に帰る気あるのか、テメエ?」

「あー……」


 リータのむくれっ面を見て、流石の俺も少しは考えてしまいます。

 まあ、帰りたいとは思っていますよ、一応は。

 向こうに残してきたものもないわけではないですしね。


「それに言っておくがな、テメエの願いは『快適な異世界旅行』だぞ? テメエの金儲けは管轄外だからな。そこはしっかり覚えておけよ」

「まあそうは言っても、快適にも色々ありますよ」


 あのドラゴンのいない世界は、ガイドさんがいて各観光地を回るようなパッケージツアーみたいなものでしたね。日帰り弾丸ツアーでしたが。

 それに対してこの『連合都市世界ギルドシティ』は拠点だけ決まっていてそこからブラブラと歩き回ってなんでもできる一人旅の気ままさがあります。

 こういう具合にバリエーションに富んだ旅をできることにはとても素晴らしいことですし、そこにリータという同行者がいるのも面白いところです。

 だからこそこれを記録して、あわよくば名誉とマネーもゲットみたいに考えているんですが。

 しかしそんな俺を見て、リータはただ大きなため息をつくだけでした。


「テメエが気楽なのは結構だが、明日も別の世界に行くんだからな、しっかり準備しておけよ」


 リータの世界移動能力が基本的に1日1往復分の持ち越しなしでしか使えないため、帰還が早いと残りはこうやって自由時間となるわけです。

 外にそびえる時計台に目をやると、照らされた時計の針は9時を少し回ったところを指し示しています。

 時刻の概念があり、なおかつ我々の世界とほとんど変わりないのは生活サイクル的にとてもありがたいですね。まあ、この世界での1秒が俺の知っている1秒と同じなのか正確に計ったことはないですが。

 高度文明世界である『連合都市世界ギルドシティ』は流石なもので、魔力と電気をかけ合わせたような光により夜でも街に灯が絶えません。

 実際、いくつもの店があらゆる時間に営業しているようです。

 もちろん、人間以外の種族も多く暮らすこの街ですので、その店の客が必ずしも夜を我々と同じように認識しているとは限らないのですが。

 それを含めて興味深いところではありますし、一度は覗いてみたいですね。

 とはいえまだこの『身体』にも馴染んでいませんし、今日のところは部屋でおとなしくしておきます。

 この身体、五感もそれぞれちゃんと機能しており人間の肉体の再現度は高いのですが、睡眠についてはかなり生身とは違うので、そのあたりはかなり気を使う必要があるのです。

 ようするに魔力的なものを再充填しなければならないので、眠気がない代わりに充填中は完全に『電池が切れた』状態になるんですよね。

 8時間の充填で満タン。しかし一度休息に入ると体力の残量がどれだけ残っていてもでも8時間きっかり活動不能になる。不便といえば不便なものです。

 で、その8時間の充填からおおよそ3日間の活動が可能。もちろん、燃費は行動次第ですが。

 いずれにしても、慣れない異世界ので冒険で心身ともに疲労しきった俺は、こうして企画書を書きながらも自分の中の電池が確実に減っていることも自覚していたのです。

 まあ、キリの良いところまで書き上げたらさっさと充填に入ってしまいましょう。

 この旅もこの身体も、まだまだ先は長くなりそうですから。

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