マルッセル劇場③
アレックスが劇場内へと連れ去られてしまった後も、いまだショックから立ち直れずにいた俺のポケットの中では、突然スマホが震えはじめた。
「…はい。ダグラスです。」
頭を呆然とさせたまま、俺は半ば条件反射のように電話に出る。電話口からはそんな俺の反応に反するかのようなウェスカーさんの明るい声が響いてきた。
「おぉ!ダグラスか!お前さん、今どこにいるんだ?今友達から連絡があってな、やはり今の時期は劇場のチケットは手に入りにくいそうだ。今度は別ルートから探してくれるらしいが、まぁあまり期待は出来ないかもしれないぞ。」
「あぁそうか…ありがとう。こっちも何とか探してみるよ。」
そう言って俺は電話を切った。
劇場チケットが手に入らないとなれば…
俺はそのままスマホでマルッセル劇場について調べてみる事にした。
劇場チケットはいつ手に入るか分からない。
だからそれまでに雑誌の取材と銘打って劇場支配人に劇場の内部を見せてもらえるよう、直接交渉しようと考えたのだ。
そう思った俺はさっそくスマホでマルッセル劇場の支配人の名前を検索した。
…が、しかし…
「…なんだよ…コレ…。」
スマホの検索結果には、劇場支配人の名前どころか何故かマルッセル劇場が建設される前であろう更地の写真しか載っていなかったのである。
「バリー・アンダーソンかい?確かに彼はマルッセル劇場の支配人だったはずだよ。」
家に戻ると俺は、ウェスカーさんにある一人の人物の名前を尋ねた。
スマホでマルッセル劇場を検索した後、俺はその足で近くの図書館へと向かった。
そこで俺は当時の雑誌や地元の新聞をしらみ潰しに探してみたが、見つけたのは15年前の地元の新聞に載っていた
「街の中央にバリー・アンダーソンが劇場を建設予定!」
というとても小さな記事だけだった。
「マルッセル劇場はこの街の名所じゃないのか?なのに何でこんなに記事が小さいんだ?」
図書館でコピーしてきたその小さな記事を指差しながら、俺は続けてウェスカーさんを問い詰めた。
「マルッセル劇場が出来たのは多分、今から十年くらい前の話だからな…良くは覚えていないが、確かマルッセル劇場が完成した時には連日、各家庭に沢山の広告が配られていたような気がするんだ。もしかしたら個人的に広告を作って宣伝したから、地元紙には残っていないのかもしれないな。」
そう言って顎に手をやりつつ、少し困惑した表情で答えるウェスカーさん。
「それだけじゃないんだ。これを見てくれ。」
そう言って俺は自分のスマホを取り出し、マルッセル劇場についての検索結果をウェスカーさんに向けて差し出した。
「地元紙どころか、今のこの御時世にネットですらマルッセル劇場に関する記述が全く見当たらないんだ。せめて外観の写真くらいは出て来てもいいだろう?それにそんな素晴らしい劇なら、みんなこぞってSNSにでも載せたがるんじゃないのか?それを誰も記事にしていないだなんて…もうどこかおかしいとしか…」
そう俺が言いかけた瞬間、ウェスカーさんがため息をつきながらこう言った。
「君は…僕が出したこのコーヒーを、写真に撮ってSNSにあげようと思うかい?」
「…いいや?」
突然投げ掛けられたウェスカーさんからの質問に、その質問の意図が分からず、思わず首を横に振る俺。
「…それと同じさ。君はこんな何の変哲もない、毎日見慣れているような物をわざわざ写真に撮ったり、SNSに載せたりはしないだろう?君は
確かに俺も記事に書くネタに困ってしまったくらい、この街には特徴といった特徴が何も見当たらなかった。
強いてあげるとすれば、それこそ本当にあのマルッセル劇場だけなのである。
「…だから俺は余計にあの劇場に対して執着してしまっているだけなのかもしれないな…。」
「…ん?何か言ったかい?」
思わず呟いてしまった俺のその言葉に首を傾げるウェスカーさん。
「…いや、何でもない。ところでウェスカーさん。何とかそのバリー・アンダーソンと連絡をとることが出来ないかな?一度話を聞いてみたいんだ。」
「それは無理だろう。バリー・アンダーソンはもう随分と前から劇場に出ていないよ。それどころか今はまだ病院なんじゃないかな?退院したという噂とかも全く聞かないから…。」
「病院?どこか悪いのか?」
やや身をのり出しながら尋ねる俺に向かって、ウェスカーさんは再び困惑した表情を浮かべながら答えた。
「…さぁ?俺も詳しい事は知らないが、上演中に転落して骨折したって話だった気がするな。」
「それ、いつ頃の話なんだ?」
「…いつだったかな~…あ!そうだ!確か8年前だよ!近所の人がマルッセル劇場の2周年公演にバリーが間に合うのかって、ものすごく心配していたからな。」
…バリーは8年前の転落事故からまだ退院してない…
たかだか骨折で入院がそこまで長引く事なんて果たしてあるのだろうか…。
俺は新たに生じた疑問を抱きながら、バリーが入院しているという病院へと向かうことにした。
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