第8話

アキが家を出てから3日が経った。

もちろんその間シャワーを浴びに2度、家に帰ったくらいだろう。

「白石、いくら何でもやりすぎだ。身体が限界来てるだろ」

東先輩が私のデスクにコーヒーを置きながら心配そうに言った。

「ありがとうございます。大丈夫ですよ東先輩!まだ仕事は残ってますし、まだ頑張れます!」

口ではそう言っているが体はもう限界を超えている。食べ物を口に入れるのがとても辛くなってくるレベルだ。

「わかった、本当に気をつけろよ」

東先輩も私がもう限界だということに気づいているだろうがあえて言ってくれたのだろう。

(家に帰ってアキの作る美味しい料理が食べたい)


「……アキ、年頃なんだから食べないと倒れるよ?」

雲雀が僕のお弁当を覗き込み心配そうに言った。

「ありがとう雲雀、でも大丈夫」

ここのところ喉に何かがつっかかるような気分が続いていた。

「白石さんには連絡取ってるの?」

「実は白石さんの番号知らないんだよね」

「それでよく2人で同居出来てたな……」

それからもこんな気分が続き午後の授業も頭に入ってこなかった。

「起立、礼」

下校時間となり今日もあきらと雲雀と帰ろうとするとあきらが声をかけてきた。

「アキ、ちょっと来い」


「あきらどうしたの?早く帰ろう」

「アキ、今お前幸せか?」

「全く」

僕自身もう少したじろぐかと思ったが、すぐに返事は出た。

「どうしてだ?」

「白石さんがいないから」

「どうして白石さんがいないと不幸なんだ?」

「好きだからだよ!」

……え?

自分で言っておいて自分が一番驚いていた。

「答えは出てるじゃん」

「……気が利くね」

「行ってこい」

「ありがとう!雲雀にもよろしく!」

そう言って僕は駆け出した。

「雲雀によろしくって……最悪だぞお前」

アキはまだ雲雀の気持ちには気がついては無かった。


時計は1時を過ぎていた。

(そろそろやばいかも……)

これ以上続けると仕事自体がダメになると思い1度家に帰ることにした。

夜の街に灯が灯っているのと同時にまだビルの中では明かりがついた場所がちらほらと見受けられた。

きっと私は幸せ過ぎたのだろう。

これが社会だ。

同居人が出来て、見える世界が変わって、考え方すらも変えてくれた彼がいたことがどれだけ幸せだったか。

「…う、あ、……うっ…」

誰もいない駅のホームに小さく私の泣く声が響いた。

辛すぎる。これからもこんな日々が続くなんて。

「何泣いてるんですか!早く帰りましょう!」


僕はあきらへの決意表明を終えた後すぐにあきらの家に帰り荷物をまとめ出ていった。

そして久しぶりに白石さんのマンションへと帰ってきた。

(こんなに広かったかな……)

白石さんのぬくもりすら感じられなくなっていたが、今の僕にとっては充分すぎるくらいだった。

「……あれ」

慌てて飛び起き時計を確認すると12時を回っていた。

(しまった…寝てしまった)

家に白石さんがいないことを確認し僕は再び家を出た。

会社に行けば会えると思い、名前しか知らない白石さんの職場へ向かった。

「白石に会いに来たの?」

会社へ行くとちょうど出てきた女の人に白石さんのことを聞いた。

「君が白石の……へぇ」

話によると白石さんは入れ違いで駅に向かったと聞き、来た道を再び戻った。

「……頑張れよ少年」


駅までは1キロほどあるがそんなことは関係なかった。

アキは駆け抜けた。

身も知らずの人間に手を差し伸べてくれた人に会うために

楽することが好きと言っておきながら1番努力する人に会うために

気がつくと身体の酸素を出し切ったのだろうか立つのすらやっとになってしまった。

でも彼は走るのをやめなかった。

駅で人に声をかけ続けたあの日のように、世界に抗うように

しかし今の彼の原動力はかつてとは違った。

大事な人に会うため、彼がこの17年間出会えなかったもののため。

「何泣いてるんですか!早く帰りましょう!」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

溜まっていた何かが霧のように霧散した。

こんなに泣いたのは多分はじめてだろう。こんなに誰かのことで泣いたのも初めてだろう。

「白石さん……白石さん」

アキと相手を確かめるように抱き合い涙が止まらなくなった。

「会いたかったよ、白石さん」

そんなこと言われたら……

「涙が止まらなくなるからやめてぇぇぇ」

「泣きながら怒られた!?」

たった1人の世界に引きこもっていた2人の世界に色が増えたように。

「……白石さん……僕の制服で鼻かむのやめてください……」

「うるざぃ……乙女のこんな顔見せられる分けないでしょ」

「乙女?」

「いつになっても心は乙女でいたいの!」

この日の白石さんは「ホテル行きになりたい?」という冗談は言ってこなかった。






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