王都アレクサンドラ篇

王都連隊魔箒レース


 王都アレクサンドラは、白くそびえたっていた。


 大会のため、わたし達は数日の旅を終え、ついに王都へ足を踏み入れたのだ。

 まずは魔法組合で参加の受付をすると言われ、わたしはエスメラルダの後ろを歩きながら、きょろきょろと周囲を見回す。

 街は、小高い丘の上に造られたんだろう。白壁の建物が段々になって連なり、その一番上に、天を貫く高い塔と城がある。

 城には、わたし達の国を治める王様が住んでいるのだと聞いていた。

 平民のわたしにはあまり実感の湧かない話だけど、あんなに大きな建物に住んでいるというのだから、やっぱりスゴい人なんだろうなぁ、と思う。


「箒さんは、王様に会った事ある?」

『見たことはある。やけに肉付きの良い、髭面のおっさんだ』

「うわぁ。敬意の欠片も無い」


 箒さんは相変わらずな態度だけど、わたしはちょっと緊張しちゃっている。


「……勝てる……のかな」


 思わず、そんな言葉が口から漏れた。

 街を歩く魔法使いさん達は、みんなわたし達より年上で、質の良さそうなローブを着ていた。

 きっと、何年も魔法の修行に励んできた人たちなんだろう。

 そんな人たちに、わたし達は……勝てるんだろか?

「優れた魔法使いが、必ずしも最高のレーサーとは限りませんよ」

 だけどそんな不安を打ち消すように、エスメラルダが言う。

「勿論、優れた魔法使いであれば有利な面も多いでしょう。私がそうであるように、高い魔力と難度の高い魔法を操る事が出来ますから」

 ですが、と彼女は続けた。

 実際に空を飛んだ時。流れる景色と、身体を薙ぐ風の中において。

 魔法の力は絶対ではなく、あくまで数ある要素の一つに過ぎないのだ、と。

「最後にモノを言うのは、速さや機転……あるいは、覚悟……でしょうかね。そしてそれらは、ステラさんには十分備わっているモノだと、私は思っています」

「……速さに、機転……覚悟……」

「っていうかー、ボクに勝ったんだから、大抵のヒトには勝てるよー」

 クリスがわたしの前に顔を出して、ふにゃりと笑った。

 ボクが弱かったなら話は別だけど―? と聞かれて、わたしはぶんぶん首を振る。

「そう……です、よね。こんなところで弱気になってちゃ――」

 ぐっと拳を握って、弱気を吹き飛ばそうとした、その時だ。


「あら。あらあらあらあらあらあらぁぁっ!!」


 少し離れた所から、すっごく大きな声が聞こえた。

 瞬間、エスメラルダが「うっ」と嫌そうに息を漏らす。


「そこにいるのはぁ? 誰かと思えばぁ? エスメラルダじゃありませんの?」

「……ルビディア。えぇ、今着いた所です」


 はぁ、とため息を吐きながら、エスメラルダさんが答える。

 見れば、わたし達の向かう先――つまり、魔法組合の建物の前――に、三人の魔法使いが立っているではないか。

 一人は、何故だか勝ち誇った顔をした、赤い瞳の少女。多分、わたしたちと同じくらいの歳で、煌びやかな刺繍が施されたドレスを纏っている。

 もう一人は、その女の子よりちょっと背の高い男の子。少し目つきが悪くて、片手をズボンのポケットに突っ込んでる。

 三人目は……よく、分からない。背が高いのは分かる。黒を基調にした、金の装飾が入ったローブを着ている。でもその顔には、目だけ開いた黒い仮面をかぶっているから。


「そう! それはご苦労様です! 無駄な努力を!!」


 赤い瞳の女の子が、はきはきした声で言いながら、足音を立ててエスメラルダ

の前に歩み寄ってくる。

 かつかつかつかつ! 止まらない。もうぶつかるんじゃないの? って思ったくらいの所で女の子は止まって、ほとんど鼻がくっつくくらいの距離でエスメラルダをじっと見つめた。

「ルビディア。距離が、近い」

「そう? 私はそうは思わない! ……で、貴方、今年はレースに参加するおつもりですの?」

「勿論です。街の方も落ち着きましたし」

「そう。そうそうそう! それは良かった! でも残念ね! 貴方は私には勝てないのに、わざわざ出るなんて!」

 にぃ、とその子は口元を釣り上げて笑う。その顔はあまりに子どもっぽいのに、どこか品があって……そういえば、この二人、よく見たら顔が似てるような……?

「……紹介します。この子はルビディア。わたしの従妹に当たる子で……」

「紹介しなくていいわ! ルヴィア・ブリアン・ダイナディア!! エスメラルダより優秀なダイナディア家の血筋! そしてこの大会に優勝する女!」

「あ、親戚なんですね。どうりで顔が似て――」

「似てません」

「似てないわ!」

 同時に否定された。ちょっと嫌そうな顔がそっくりだった。

 ちらっとクリスを見ると、彼女もそう思ってたみたいで、似てるよねぇ? と言いたげな雰囲気で小首を傾げてた。

「お嬢。顔は近いしうるさいし自己紹介してるし、第一顔は似てるっしょ」

 気だるそうな声で、女の子の後ろから、男の子が声を掛ける。

「だから、似てない。ロック、貴方は黙ってなさい」

 ルビディアさんは、男の子の方を向きもせずぴしゃりと言い放った。

 へいへい、と男の子は適当に答えながら、欠伸をひとつ。

「それじゃあ、貴方と一緒にいるそちらの二人が、今回出場する……?」

 あ、男の子の言葉を全部無視して話を続けたよ、この子。

 なんていうか、この強引さは……

『なんという女だ。話を聞く気が無いタイプだぞ、あれは』

「うん、箒さんと似たタイプの人だね」

 最初会った時、あれくらい強引だった気がするんだよね、箒さん。

 そう答えると、箒さんは心外だったみたいで、むぅと唸って黙る。

「えぇ。ステラとクリス・ローズ。私のチームメイトです」

 エスメラルダもエスメラルダで、近いと文句を言った言ったわりに一歩も引かず、そのままの立ち位置でわたしとクリスを紹介する。

 じろ、とルビディアさんがわたし達を見た。

 エスメラルダと一緒で、整った小さな顔。シミ一つない、キレイな肌。

「弱そうね! まるでお腹を空かした子犬!」

「あはは、ステラ、子犬みたいだって。なんか分かる」

 ルビディアさんが叫ぶと、クリスが笑ってわたしを指さした。

「いや、クリスもまとめて子犬って言われてますから。わたしだけじゃないですよ」

『言ってる場合か。貴様ら二人とも馬鹿にされたんだぞ?』

 あっ、そうか。今のは明らかに悪口だ!

 でもクリスの気の抜けた発言のせいか、わたしは怒るタイミングを失ってしまっていた。エスメラルダも同じみたいで、ちょっと気まずそうに額を抑える。

「否定しないのね! 子犬、可愛いから好きよ!」

「ごめんね、二人とも。ルヴィアはなんていうか……」

「いやぁ、でもホントの事だよー。ステラはなんか子犬って感じするし」

 なんだろうか、この状況。わたし、クリスにも怒った方が良いの?

 っていうかわたし、子犬みたいなの?

 戸惑ってると、それにね、とクリスはルビディアさんの方を向いて……


「――『』のは、間違いないでしょ?」


 小さな声で、そう言った。

「……っ」

 威圧感。

 隣にいたわたしでさえ感じたそれを、ルビディアさんも感じ取ったんだろう。自信満々な顔が一瞬強張って、声が出なくなる。

「お嬢、からかい過ぎっしょ」

 その時、ぐいと彼女の腕を引っ張って、さっきの男の子がなだめた。

「あんまり油断すると足すくわれるって、星の旦那も言ってたじゃん? そんくらいにしといたら?」

「あ……そ、そうね! でも油断はしてないわ! エスメラルダが連れてきた子だもの。わたしの方がスゴいけど!」

「へいへい。……じゃ、オレら行くんで」

 男の子は、そのままルビディアさんの腕を引っ張って、どこかへ行ってしまう。

 ……結局、仮面の人は一言も喋らないまま。だけど……

『気付いていたか、ステラ。アイツ、オレ様たちを観察していたぞ』

 箒さんの言葉に、わたしは頷いた。

 仮面のヒト、全く動かず、じっとこっちを向いてたから。


「……はぁ。相変わらずね、あの子」


 三人が去って、エスメラルダは疲れた声で呟いた。

「あれでね、悪気はないの。……ただ、昔からよく張り合ってくるというか……」

 エスメラルダとルビディアさんは、親戚で歳も近いということでよく比べられていたのだと言う。

 それが彼女の対抗意識を強くし、今では顔を合わせる度にああやって張り合ってくる……らしい。

「へぇー。それじゃあこの大会も、絶対負けられないって思ってるんだろうね」

 クリスが呟く。自信満々に勝利宣言していたのは、エスメラルダに対する宣戦布告の意味もあったのかもしれない。

「それで? エスメラルダはどう思ってるの?」

「決まっています。相手が誰であろうと、負けるつもりはありません!」

 クリスの問い掛けに、エスメラルダは胸を張って答える。

「そのために、色々と用意したのですから!」

 う……そうだった。

 大会が始まるってことは、アレを使うってことなんだよね……

 ちょっと気が重いなぁ、なんて思っている間に、エスメラルダさんが大会への登録を済ませる。

「さぁ、大会はもう明日です。今日はゆっくりと休みましょう」

 そしてわたし達は、エスメラルダの別荘で旅の疲れを癒し……


 ……大会の日を迎えた。


 スタート地点に並び立つ箒レーサーの数は、意外と少ない。

 誰でも参加出来るダイナディアのレースと違って、このレースには一定の成績を収めた魔法使いじゃないと参加出来ないから、らしい。

 つまり、相手は精鋭揃い。

 そんな中で、わたし達のチームはというと……


「……おい、見ろあのチームの服を」

「まるで舞踏会だな。華やかなのは悪いことじゃないが」

「というか、アレはローブなのか……?」


 めちゃくちゃ、目立ってた。


「あはは、見られてる」

「そりゃ見られますよ……だって……だって……!」

 わたし達三人の衣装は、他の魔法使いたちと違うんだ。

 みんなが刺繍や装飾で飾られた分厚いローブを纏う中、わたし達が身に着けたそれは、ローブというよりドレスに近い形をしている。

 エスメラルダは、長いスカートにレースがあしらわれた、ロングドレスのような雰囲気の衣装。

 クリスはタイトなズボンを履いていて、脚のラインが出るちょっとカッコいい衣装だけど、裾や袖にはフリルが付いていて可愛くもある。

 そしてわたしはというと……短めのスカートに、脚を包む長い靴下。

 そしてそれらには、何故だかたくさんのリボンが備え付けられている。

「なんでこんな格好に……!! 恥ずかしいですよ……!!?」

「えー、動きやすくて良いよー?」

 クリスは何にも気にしてないみたいな雰囲気だった。

 たしかに、分厚いローブは重たくて動きにくい。一応魔法に耐性が付くらしいけど、それにしたって飛ぶには邪魔だ。

 だから、とエスメラルダは前に言ったんだ。

 箒レースに適した装備を用意いたします、と。

 その結果がこれだから!

「なんでなんですか! なんでこんな目立つ格好なんですか!!」

 しかもわたしだけスカートが短い! 靴下が長いから寒くないけど、なんか、二人のと比べてちょっと恥ずかしくない!?

「そう怒らないでください、ステラ。とても……可愛いですから……!」

「そういう問題じゃないです!」

 っていうかそれ、趣味ってことなんじゃないの!?

 もっと目立たない格好に出来る余地があったのでは!?

「このような晴れ舞台に野暮なローブでは、エスメラルダ・リージェント・ダイナディアの名が泣くというモノですよ」

 わたしの疑問に、エスメラルダは自信を持って開き直る。

 それに、とエスメラルダは微笑んで続けた。

「ドレスローブの性能は、前に確認しましたよね?」

「う……それは……はい……」

 頷くしかない。

 前に、このドレスローブをまとって試験飛行をしたことがあるんだ。

 結果として、わたしはこの衣装で空を飛ぶことを認めるしかなかった。

『おい、貴様らいい加減に集中しろ。じきにレースが始まる』

 騒いでいると、箒さんが溜め息交じりに忠告してくる。

 そうだった。もうああだこうだ言ってる場合じゃない。

 箒さんの声で、わたし達はぴりっと気持ちを引き締めて、前を向く。


 わたし達の出走順は、真ん中らへん。

 ダイナディアのチームだけど、戦った記録は少ない……からこの辺なんだって。

 ざわざわしていた魔法使いさん達も息をひそめ、やがてコールが聞こえてくる。


 3! ぶわ、と気配がうごめいた。息を吸う音。力を籠める音。


 2! 息を吐く。とくん、と心臓が鳴る。……手が、震え始める。


 1! その手に、暖かな何かが優しく触れた。見れば、エスメラルダとクリスが、わたしの手に触れてくれていた。それだけで震えは、納まって。


『さて、ステラ。いつも通り、楽しんで飛ぶが良い』


「……もちろんっ!!」

 始まりの合図と共に。


 わたしたちは、風と一体化した。


「なんだ、あの速度っ……!?」

 ひゅううと風の切り裂かれる音の中に、観客や周囲の魔法使いさんのどよめきが混じる。

 無数に入り混じった魔法使いの波の中を、わたしは潜り抜けていく。身体が、軽い。箒さんの柄が、手に馴染む!

『……フン。このローブもなかなか悪くはないな』

「そうでしょうとも!」

 箒さんが呟くと、エスメラルダが元気よく頷きながら、わたしのすぐ後ろに一度った。

「箒さんも、最初はあんなに文句言ってたのにねー?」

『当然だろう! こんな浮ついた衣装になるとは聞いていなかった!』

「浮ついたとは何です。優雅さを失ってはダイナディアの名がですね――」

 クリスが焚きつけたせいか、箒さんとエスメラルダが言い争いを始めてしまった。

「もう! 始まったら集中しろって言ったの、箒さんでしょ!」

 ぺし、とわたしは箒さんの柄を叩く。しかしな、とまだ何か言いたそうな箒さんだったが、すぐに溜め息を一つ吐いて、そうだなと答える。

『実際、この装備は良いものだ。……オレ様としては、そんなもの無しでも勝ってやると言いたい所ではあるが……』

 言いかけた所で、わたし達の進攻を止めたい魔法使いさん達が、密集してわたし達の前を塞ごうと動いた。

 けれど、遅い。

 ひゅん、と箒さんは軸を回転させながら、集合しようとする魔法使いたちの間を、縫うように抜けていく。

 エスメラルダやクリスも当然のようにそれに続き、魔法使いの壁を越える。

『……この装備のおかげで、オレ様の性能は更に引き出されているからな』

 そう。このドレスローブには、いくつかの力が備えられている。

 一つは、風避けの力。飛ぶことで体に受ける風を弱めてくれるから、速度を上げても苦しくないし、第一、速度を上げやすい。

 もう一つは、魔法を弱める力に、伝える力。ドレスローブが魔法を受けても、あんまり痛くならない。使ってる糸が魔力を散らしてくれるんだって。

 それが上手く作用して、乗り手が箒に魔力を伝える手助けもしてくれるっていうんだから、凄いよね。

 そして最後が……

『ここで一度上に飛ぶぞ!』

「はいはーい」

「了解です!」

 ……もう結構自然に受け入れちゃってたけど。

 箒さんの声が、二人にも届くようになったんだ。

『……? どうしたステラ、何をニヤついている』

「えっ、ニヤついてた?」

 そっか。わたし、結構嬉しかったのかな。

 この服を着ている間だけ。レースの間だけだけど、箒さんが、みんなと喋ることが出来る。友達同士が仲良くしてるのって、見てるだけで楽しいから。

 ……って。箒さんがわたしの友達なのかは微妙なところだし、さっきみたいにケンカも多いんだけどね。箒さん、口が悪いから。


 考えている内に、箒さんは空高く飛翔した。

 眼下には、たくさんの魔法使いと、白く彩られた、見知らぬ街。


 ――あぁ、と思う。

 最初、地面を歩いてみていた時と、今と。見える街の景色は全然違くって。

 高い空から見下した街は、小さくて、キレイで……もっと見ていたい、って気持ちになってしまうけど。


 前を向く。もうすぐ街の外れに到着する。

 前を飛ぶ魔法使いさんが、まだまだたくさんいた。わたしはそれを全員抜かさなくっちゃいけない。


『あと数秒。街を抜ければ魔法が解禁される。……気を引き締めて行けよ』


 王都連隊魔箒レースは、ここからが本番だ。

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