異世界に転移したら、女魔族の将軍と旅をすることになった件。

ポムポム軍曹

第1話 神

「へっぶし!」



 寒さのおかげで鼻がムズムズして反射的にくしゃみが出る。

 俺は今、とある道を歩いている……といっても日本のアスファルトで作られた歩道ではない。


 昨今の日本の公道ではすっかり珍しくなった土道で、道の左右には石垣で区切られた広大な田畑が広がっている。現在は農閑期なのか、畑は土が剥き出しで農作業を行っているものは一人もおらず、逆に所々が雪に覆われている。


 そして畑から視線を前方に向ければ街が広がっている。

 双眼鏡などを使わなくてもはっきりと視認できるくらい大きな街だが、目に映っているのは日本の都市ではない。街の手前には低めの城壁が全体を囲うように建てられており、そこから街の奥に目を移すとより背の高い城壁に囲まれている巨大な城が聳え立っている。

 


「本当に異世界に来てしまったんだなぁ……」



 生まれて初めての異世界。最近の小説やアニメなどでは当たり前になってきている感がある、異世界転生ではなく異世界転移=トリップ。それを、まさか自分が体験することになるとは夢にも思わなかったが……



「果たして問題なく街に入れるのかねぇ……?」



 そんなことを考えながら俺は、肩から提げている自動小銃のスリングを掛け直して街へと歩を進めた。






 ◇






 コトの発端は日本時間で約12時間ほど前になると思うが、俺は日本の首都圏近県のとある場所にグランドオープンして間もないサバイバルゲームのフィールドにおいて絶賛迷子の真っ最中だった。



「いったい、この霧は何なんだ? ついさっきまで快晴だったのに……」



 今日は平日以外では珍しく日曜日にとれた仕事の休日であり、ワクワクしながらこのフィールドの定例会に参加していたのだが、ゲーム開始から早々に俺は突如発生したこの霧の中へと迷い込んでいた。霧は5メートル先が見えないほど濃く、俺は注意深く地面を確認しながら歩く。


 このィールドは吊り橋ありやぐらあり、ちょっとした斜面ありという立体的なフィールドで、セーフティーエリアを含めた敷地の総面積は東京ドーム2個分とかなり巨大なため、下手をすると運営の手によって形成された塹壕や斜面に足を取られて転びかねない。



「それにしても、エアガンの射撃音はおろか人の声や鳥の囀りさえも聞こえないなんて……おおーい! 誰かいますかぁー!?

 いるなら返事してくださーい!!」



 ゲーム中であるため、下手をすると敵チームの人と出合い頭に至近距離から撃たれる可能性もあるため、俺は事故を防止する為にも大声を出す。しかし、張り上げた声は霧の所為なのか全く響くことはなく、逆に霧に音が吸収されているような気がする。



「今は午前10時5分か……って、まだ5分しか経ってない!?」


(嘘だろぉ!? 体感的にはもう10分以上経っているはずなのに!?)



 そしてよく見るとデジタル腕時計が動いてないのだ。

 普通電池切れなら兎も角、電池はつい1ヶ月前に交換したばかりだから消えるはずはなく、それどころか時計は午前10時05分21秒を表示したまま停止している。しかも、今もこうして移動しているのにGPSの表示も停止したままだ……



「コンパスは……ダメか」


 

 念のため持っている軍用コンパスも針がピタッと北を向いたまま傾けようが、逆さにしようが全く動く兆しがない。



「なんじゃこりゃあ……おお~い!! 誰かいませんかー!?

 すみませ~ん、ゲーム中ですけどこの霧で迷ってしまいましたぁ~!!」



 時計もコンパスも停止したままなど普通ではない。

 明らかな異常事態に俺は半ばパニックに陥り、ありったけの声で叫ぶが誰も返事をしてくれる者はおらず、試しに非常用で持っていた災害用ホイッスルを思い切り吹いてみたが、ホイッスルの音も霧に吸収されているのか音が響かないでいる。



「おお~い! 本当にマジで誰が返事してくれよぉー!?」


「なんじゃ? うるさいのぅー!

 そんな大声張り上げて、ただでさえ頭が痛いというのに……よけい頭が痛むわい。

 ちっとは、病人のことも考えんか! …………ゲェホ、ゴホゴホ!」



 いよいよ不安になり、泣き出しそうになりながら再度大声を張り上げると人の声が聞こえたので嬉しくて声がした方に顔を向けると有り得ない恰好の人物が立っていた。



「良かった! 誰かいた。

 すいません、この霧で迷ってしまって……え?」


(誰!?)



 頭の中で真っ先に浮かんだ言葉と共に目の前の人物を見る。

 突如、目の前に現れたのは俺と同じサバゲーマー……どころか、日本人ですらなかった。


 俺の目に映ったのは、ひざ裏まで届くかというような長く見事な輝きを持つ銀髪をひっつめ、外人どころか人間ではありえない金色こんじきの目を持つ美女だった……






 ◇






「まったく!

 神の言ってることを一向に信じぬとは、お主も疑り深い性格をしておるのう……」


「仕方がないじゃないですか。

 いきなり出会った正体不明の女性が『自分は神だ』と言っても誰も信じませんよ……」


「じゃが、今はもう信じているであろう?」


「ええ、まあ……」



 緑茶を啜っているのは先程、濃い霧が立ち込めていたサバゲーフィールドで偶然出会った美女だった。彼女は己を異世界の神『イーシア』と名乗り、嫌な予感がして逃げようとする平均的な体格をした成人男性である俺を女性というか人間ではあり得ない力で半ば強引に引き摺るようにして自分の自宅―――何処かの海関係の名前ばかりの家族が住んでいるのと同じ平屋造りの広い敷地を持つ民家へと拉致して来たのだ。


 当初俺は目の前にいる異世界の神様のことを本物の神であると信じず、神であるという証明を見せてくれと執拗に迫った。それに対してイーシアさんと後からやって来た後輩である地球担当の神様によって神の御業を見せられることになる。その御業というのは2人の……いや、2柱の神様がこれまで見てきた地球の歴史だった。


 絶世の女神2柱それぞれが俺を挟むようにして左右に立ち、手を繋いで来たことにドキドキしていた俺の脳内にフルカラーで映し出された今日までの地球の歴史が流れ込んで来たのだった。


――――ツタンカーメンや織田信長、ナポレオンにペリーにヒトラーなど歴史の教科書に必ず記載される歴史上の偉人・有名人から、縄文時代にローマ帝国、桜田門外の変や明治維新、世界大恐慌に2つの世界大戦、キューバ危機にケネディ暗殺や地下鉄サリン事件、アメリカの9.11テロにアラブの春、東日本大震災……


 大凡、歴史の転換点になる大きな出来事をものすごい速さで、しかし長い時間を掛けて観ていたような気がする。


 多分、この感覚は誰にもわからないだろう……過去を覗き見るというよりはまるでその場所に居合わせていたような感覚で、自分がその時その時の登場人物や関係者になったかのような錯覚に陥った。


 この段階において俺は初めて彼女らが正真正銘の神様であると信じるに至る。そして目の前の神様たちは彼女達を本物だと信じた俺に対し、ここぞとばかりに本題を切り出してきた。



「…………はあ。 異世界の調査……ですか?」


「うむ、そうなんじゃ。

 さっきも言った通り、どうも儂ら以外の存在がちょっかいを掛けて来ているようでのう?

 本来ならばお主は魂だけの存在となり、儂が管理している世界の一つである惑星『ウル』の住民として産まれてくる赤ん坊に転生してから現地で調査に協力してもらうはずだったんじゃが……儂が早とちりしてお主と直接会ってしまったばかりに運命がちぃっと狂ってしまったからのう……」


「すみません。 私がうっかりしていたばかりに……」


「はあ……?」



 そう言ってイーシアと名乗った女性の右隣りで申し訳なさそうに縮こまっているのはこの世界、正確には地球を管理を担当している神様で名を『御神みかみ』というらしく、異世界の神様とは対象的に長く艶やかな黒髪に若干彫りが深い顔立ちの日本的な美女である。


 こうして見ると目のやり場に困る。どちらも日本ではまずお目にかかれないほどの美女であり、その神々しさは絶世の美女と言っても差し支えないだろう。御神さんは日本の巫女服のような和装を纏っていて品があってとても美しい。

 イーシアさんは…………うん。



「何じゃ?

 さっきから儂と御神をジロジロと交互に見よってからに……」



 確かにイーシアさんは美しい。光沢のある長い銀髪に金色の瞳は神秘的でさえある。しかし口と鼻全体を覆う作りのマスクを着け、ジャージに丹前という典型的なアニメキャラが纏う風邪を引いた際の格好が彼女の持つ本来の美しさをぶち壊しにしているのだが……



「いえ、何も……

 ただ、事情は分かりました。

 要するにイーシアさんが管理している『ウル』という星にあなた方以外の者が日本人を転移させているということですね? で、結果としてその世界にバグが生じてウルという異世界が崩壊の危機に晒されているかもしれないということでよろしいでしょうか?」


「うむ。 バクというよりは信仰の問題じゃがな。

 彼の世界は元々、世界の進化を促すために実験的に何人かの日本人や他の異世界人を問題ない範囲で連れて来て言語や技術の伝達を行っておったのじゃが、それらとは違う形で日本人が『ウル』に連れてこられているらしいと他の神々から警告があったのじゃ」


「で、調べてみたらビンゴだったと?」


「そうじゃ。 地球を管理している御神が調べたところ、確かに年間数人くらいの割合で日本から『ウル』へと貴重な純血の日本人が生きたまま渡っていることが確認されたでな」


「私自身も驚きました。

 神々の目を欺いて私たちが管理している世界の者達を秘密裏に他の世界に行かせていたという事実に」



 彼女たち2柱の神様による説明では異世界に行くには幾つかの手段があるのだが、代表的なのは輪廻転生としてそれぞれの世界で死亡した者の魂が一度神界へと集められてから各世界へと割り振りが行われ、前世の記憶を一旦リセットされてから赤ん坊として生まれてくるらしいのだが、一部例外的に前世の記憶を引き継いで転生させる場合もあるにはあるらしい。


 他にも何らかの目的で神様が意図的に生きたまま『転移』という形で他の世界に行ってもらうなどの方法もあるのだが、この場合転移先の世界を管理している神様と調整を行う必要があり、神様同士が余程親しい間柄でない限り受け入れの可能性は低くく、受け入れ側の神様や世界にメリットがないと無理なんだとか。


 あとはどこかの神様や神になれない精霊が力を得る目的で生死を問わず、拉致同然で別の世界に放り込んで問題を発生させて世界崩壊の危機を煽り、その世界の管理を担当する神様の弱体化を図り、世界を乗っ取るまたは負のエネルギーを吸収してパワーアップを行い、レベルを上げる方法があるらしい。


 イーシアさんから説明ではまさにこの3番目の問題が異世界『ウル』で現在進行形で発生しているらしく、ひどいのになるとウルの住人が召喚魔法を実行する際、これに便乗する形で日本人が向こうに連れ去られたケースもあったというのだ。しかも召喚者の了承の有無に関わらず……



「誰が糸を引いているのかはわからんが、魂を刈り取らずに生きた人間を誘拐して送り込む方法、儂らの追跡を阻む力があるところを見ると、黒幕は管理する世界を持たぬ何処かの無名の神じゃろうのう」


「無名の神……ですか?」


「うむ。

 神という存在も案外楽ではなくてのう。

 俗に言う『信仰心』が足りないと世界を管理する力が比例して不足する。

 そうなると己が管理する世界を持てずに無名=無職の神となるのじゃ」


「ちなみに無名……無職になるとどうなるんですか?」


「しばらくすると消滅する」


「え?」


 消滅ということは人間のように死ぬということだろうか?

 ちょっと興味があるのでイーシアさんの説明に静かに耳を傾ける。


「神にとって一番の苦痛は誰からも忘れ去られるということじゃ。

 であるからこそ、神々は己が常に信仰されるように管理する世界に神話や伝説、伝承などを残し、時には聖遺物などと呼ばれるものをその世界の者達に与える」


「孝司さんの国で有名な太陽神の伝承などがありますよね。

 他にも食事のときの祈りや各地で行われる五穀豊穣を願うお祭りなども私たち神に対する信仰に繋がっているのです」


「なるほど」


「しかし、こういった行為や祭事が減ると神としての存在意義が失われる。

 とは言っても、今の地球ではそういうことにはならぬであろうがな。

 ただ、別の方法で信仰心を他の神に向けさせる方法がある」


「それは?」


「自分に特定の感謝の念を向けさせることじゃ」


「は?」



 ん?

 どういうことなのだろうか?



「要するに『コレコレこういうことができたのは○○神のお陰です』という感謝の念を抱かせるのじゃ」


「どういうことです?」


「例えばじゃ、儂がお主に宝クジで10億円当たるようにしてやろうと言ったらどうするかえ?」


「普通にイーシアさんに感謝しますね」



 まあ俺でなくともそんなことになれば誰でもイーシアさんに感謝するだろうが。



「そうじゃろう。

 しかも、その10億円を使って何か良いことが起こるたびにお主は儂に感謝の念を抱くであろう?

 そうなれば信仰心の大半は地球を管理している御神よりも儂に向けられることになる。

 まあ御神から見たら、人間ひとりの信仰心が失われた程度では神としての力はビクともせんがな」


「でしょうね」


「しかしじゃ、10億円当たった孝司がその金でボランティアを行う、孤児院や災害があった地域に寄付したり、資金繰りに悩む中小企業に投資したらどうなる?」


「そりゃあ、相手から感謝されますね」


「うむ。

 そうなると、孝司に10億円が当たるように采配を行った儂も間接的に感謝されると思わんか?」


「ああ……」



 まあ確かに、元手の10億円がイーシアさんのお陰ならそうなるのかな?



「それに孝司が言うかどうかは分からんが、儂がお主に10億円当たらせてくれたお陰だと言えば先方は直接儂に感謝するであろうな。

 特にその金が己の生死に関わるものとなれば、本人が死ぬまで事あるごとに感謝の念を抱くであろうのう?」


「で、それが連鎖的に広がって行けば……」


「そういうことじゃ。

 最初は一人だったのがやがて二人、三人と広がって行くことになるであろう」


(なるほど、最初の一歩は小さくても何かきっかけがあれば信仰の数が増えるというわけか。

 連鎖的に信仰が増えていくとか、まるでウイルスみたいだな……)


「仮に儂と御神の仲が険悪な状態であったならば、御神は自分が管理している世界で他の神が信仰されるのは面白くないであろうのう。

 のう、御神?」


「え? ええ、面白くないというよりは不安になりますね……」



 因みに信仰は直接その世界を管理する神様に対して祈らなくても、その世界で一般的に信仰されている宗教の神に祈れば良いそうだ。ただし、人を殺したり物を破壊した後に自分達が信仰する特定の神の名を叫んでもそれは世界を管理している神への信仰に結びつかないらしく、他にも詐欺まがいのカルト宗教も同じなのだとか。


 基本的に世界を管理する神の役目はその世界の人間やそれに相当する知的生命体の数をコントロールすることや、外部の世界からの干渉を防ぐのが職責らしく、大規模な災害や大戦はよほど不味いことにならない限りは監視だけに留めておく決まりらしい。


 また、神が管理する世界は神界において割り振りが決まるらしく、基本的に自分が管理したい世界を任意に選ぶことは不可能ということだ。ただ、一定の期間で管理する神様は交代するので、いつまでもその世界を管理するわけではないと言われた。


 ただ、先にイーシアさんが言ったように地球でいえば人類の信仰が無くなると地球を管理するに不適格という烙印を押されて担当を外されたり、最悪の場合には交代する前に干渉してきた無名の神に乗っ取られたりする。



「まあ、最近は乗っ取りなどという無謀なことをする神は現れておらん。

 理由としては神々が管理する各世界が成熟して信仰が満ち足りているからじゃ。

 であるからこそ、最近は別の世界から異世界人を連れてきて己の信仰を間接的に行わせる方法が主流になりつつある」



 これは地球でいうならばお人好しの代表格である日本人を他の世界に連れて行き、彼らが持つ知識や技術を広めてその世界の文化を飛躍的に進歩させ、その張本人たる日本人に尊敬と感謝の念を集めさせて最終的に彼ら日本人を遣わした神へと信仰を繋げるという非常に短絡的な方法を用いるというものだ。



「そういった事情もあり、無名の神や精霊によって連れて行かれた異世界人は何らかの力を与えられておる。 まあ奴らからしたら、儂らの目を掻い潜って連れて行った異世界人が簡単に死んでしまっては困るからのう。 護身用という意味でも現地人が束になってかかっても平気なくらいの力や武器が与えられておる場合が多い。 しかも、被召喚者は運命まで操作されていることも多くての……必ずと言っても良いほど何らかのトラブルに巻き込まれるのじゃ」


「で、大抵の場合はそれらのトラブルを退けて現地人に感謝されて、その感謝の念がその神の信仰に繋がるということですか?」


「話が早いの。 まあ、そういうことじゃ」


「そこまで聞けば大体予想がつきますよ……」



 異世界召喚に転移に転生、挙げ句の果ては力や武器と来たら最近流行りの異世界ファンタジーそのものだ。……いや、もしかしたらそういった境遇に会った者が人知れず帰って来て小説や漫画という作品に仕立てている可能性もあるのか?

 


「そこまで分かっているのならば話は早い。

 お主にはそういった者たちを確保して元の世界に返して欲しいのじゃよ」


「はあ」


「儂や御神が『ウル』に本人の了解の下に連れて行った者達は常に居場所が判明しておるが、儂らの監視を掻い潜って連れて行かれた者達は追跡が妨害されていることあり、探し出すのが困難じゃ。

 儂は御神と違い、複数の世界を管理しとるからの。

 まあ要するに精巧に作られた日本の紙幣を一枚一枚、隅から隅までくまなく顕微鏡で見て異常がないかを調べるのと同じことじゃ。

 それも沢山の量を……のう?

 幾ら神であっても地球と同じかそれ以上に大きい惑星を詳細に調べるのは中々骨が折れるのでな……

 しかも今の儂は見ての通り、インフルエンザに罹って力が減じておる。

 本来であれば神がインフルエンザに罹るなどあり得ぬことじゃが、恐らく……」


「例の無名の神の仕業ですか?」


「うむ。

 であるからこそ、お主に儂の世界に降りて調査してもらいたいのじゃ。

 神々の諍いに無関係の人間を巻き込むなど申し訳ないのじゃが、下手するとお主の住む地球にも影響が出かねないのでのう……」


「で、本当なら運命に従って死んだ私の魂が向こうの世界に行くはずだったと?」


「うむ。 本来、お主は儂と会わずに死ぬ筈じゃった。

 死因は今日参加しておったイベントの帰りがけに高速道路で車を運転中に道路を逆走して来た車と正面衝突して即死。

 お主の魂を御神が拾い上げ、さっき話したように連れて行かれた日本人を探す調査を依頼してから対象の世界に飛ばす手筈になっておった……」


「ですが、えっとぉ……イーシアさんがうっかり俺と会ったことで運命が狂ってしまったと?」


「そうじゃ。 だからこそこうやって急遽、御神も交えてお主と話しておる」


「はあ……」


「まあ、半島や大陸人のように支配欲の塊であったり、他の宗教を認めない自爆と他力本願主義の奴ら、世界の警察を自称しておきながら世界に混乱を招く国の人間。

 かつて植民地を持っておったが、愚かな偽善で自国や他国に迷惑をかける国々……それら糞のような人種と違い、奴隷根性丸出しでありながらお人好しで異世界に悪影響を与え難い純粋な日本人の中から無作為に選んだとはいえ、誰でも良かった訳ではないぞ?

 偶然とはいえ、お主の中には地球では全く役に立たない強力な魔力の種が内包されておる。

 異世界に行けば必ずやその魔力の種はいずれ芽吹き、お主の助けになる筈じゃ。

 まあ……向こうで生まれ変わるか、生きたまま向こうに行くかの違いしかないから、あまり違いが無いと言えば無いがのう?」


「うーん、魔力の種ですか?」


「うむ。 科学が発達した地球では使い道は全くないが、魔法が発達している世界であればお主の持つ魔力の種はいつか必ずや役に立つ日が来るであろう。

 まあ、生きたまま異世界に行くか死んで生まれ変わるかの違いだけじゃから問題ないじゃろ?

 本当は儂らの意思が介在しない状態で死んでもらった方が楽なのじゃがな?」



 何でも神様が関係しない状態で異世界行きが決定している当人が死ぬと役所や家族が死亡後の手続きをするのに対して、神様が生きたまま当人を連れて行くことになると本人に関係するあらゆる記録や人々の記憶を消去するために必要な手続きや手順を踏むことになるので大変なのだそうだ。


 だから本来であれば俺も死んでから異世界に転生という手筈だったのだが、既に変えられてしまった運命は容易には変更できないのでこのまま俺は『転生』ではなく、『転移』という形で異世界ウルに下りることになるらしい……



「先ずはお主が下りる世界の説明を行うとするかのう。

 あとは突然こんなことをお願いする詫びとしてお主の希望を幾つか聞きたいのじゃが……何かあるかえ?」



 どうやらお詫びとして何か望みはあるかというらしいが、突然そんなこと言われても困る。



「すみません。 突然そんなこと言われても直ぐには思い浮かびません。

 ちょっと考えても良いですか?」


「構わんぞ。 神として叶えられることは無限にある。

 行き当たりばったりの願いよりも、よく考えてもらった方がこちらとしても楽じゃしな」


「ありがとうございます」






 ◇






 あの後、1時間ほど時間を貰って自分の願いを纏めた俺はイーシアさんと御神さんとで協議に入る。


 具体的には俺が死んだ後に日本に残された祖父母や両親、姉夫婦の処遇と異世界に地球の品物や武器を持ち込めるかという内容だったのだが、幸いなことに家族の処遇や地球の品物の持ち込みは承認されたのだが、武器に関してはイーシアさんは最初は良い顔をしなかった。


 家族に関しては今後家族に降りかかるかもしれない一切の事故や犯罪、災害、病気などの不幸から守ってくれることと一生金銭に困らないように援助をしてくれるということで話が付いた。これで家族のことは一切悩むことなく異世界に行けるようになる。俺の記憶や記録は家族を含めて地球上から抹消されてしまうので、地球に帰還することは不可能だし、そこまでされるともう地球には戻ることが出来ないのだという踏ん切りがつくというものだ。


 次に地球の品物だがこれは自動車など大型の物品を除いて許可が出た。

 しかし、異世界には一部の国や地域を除いて『電気』が広範囲に普及しているわけではないらしく、コンセントから電源を取る電化製品は自然と除外されていき、ソーラー発電やバッテリー、自家発電、ガスや燃料を用いるタイプの製品や衣服、アウトドア用品や加工食品や米類などの品目が持ち込める品物の大部分を占めた。


 因みに移動手段を常に確保できるようにとスーパーカブと自転車の持ち込みは許可された。スーパーカブの動力は神様的な御業で無限というおまけ付きで、ついでにそれ以外の物品もどんなことになっても壊れない、朽ち果てないという何だかオーパーツのような仕様にされたのは驚いた。


 そして最後に地球の武器―――主に銃砲火器を中心とした兵器群に関しては協議が難航した。


 しかし俺としては何としてもイーシアさんから許可を取り付けたかった。理由としては仮に魔法が使えたとしても、一朝一夕で魔法を自在に使いこなせる自信がないのと、剣術に関しては知識どころか触ったことさえない。


 そこで実物を触ったことにないにしても、取り扱いの知識がある銃砲火器の持ち込みを要望したのだが、異世界ウルにも『銃』という武器は存在しているらしく、前装式銃器から地球で使われていた『ドライゼ銃』または『シャスポー銃』に相当する[紙薬莢]を使用する銃器へと技術的に進歩した段階らしい。


 一応、ごく限られた一部の国では[金属薬莢]を使用できる『グラース銃』や『村田銃』に近い種類の銃が既に実用化されているが、どの銃器に関しても軍隊で兵器として運用するには纏まった数量を揃える必要があるため、武器としては専ら従来の魔法とそれに関係する武器や弓や剣、槍などが現役で使われているということだ。そんなところに地球の最新式の銃器が出現することによりウルの兵器体系が急速に変化することをイーシアさんは懸念したのだ。


 しかし、これに異を唱えたのがイーシアさんの後輩である御神さんであった。彼女はイーシアさんに対してこう言ったのである。



「今から、孝司さんの体を作り変えて魔法や剣術を使えるようにしてもウルの住民とは歴然とした経験値の差があるため、万が一がないとも限りません……

 それでしたら、孝司さんにとって知識と経験が豊富な銃器のほうが遥かに安全ですしウルの住民の大半は未だに剣や弓を武器として使用しています。

 これは孝司さんにとって一種のアドバンテージにもなりますし、模倣するには技術が追いついていないでしょうから、短期間で地球の最新式の銃器がコピーされる危険性はないものと思われます」



 ということである。

 お陰で異世界に銃砲火器を持ち込む許可を貰ったのだが、それに対してイーシアさんから幾つかの条件を呑むようにと迫られた。






 一、使用する弾丸の弾頭及び薬莢は射撃後、一定時間が経過すると消滅することとする。


 一、地雷は設置後、長期間放置された物については活性後一定期間が経過すると消滅する。


 一、時限信管付き擲弾・砲弾等は発射後不発の場合、一定時間が経過すると消滅する。


 一、劣化ウラン弾などの放射性物質を使用する武器の使用は一切禁止する。


 一、戦車・戦艦・戦闘機などの大型兵器は持ち込まない。


 一、細菌兵器・生物兵器・核兵器・クラスター兵器・放射性物質の使用は一切禁ずる。


 一、許可なく武器の譲渡、販売を禁止する。

 





「これらの条件を呑めなければ、銃火器の持ち込みは許可せん」

 

「いえ、十分です。 あとは弾薬や燃料などの補充をしてもらえれば助かります」


「それに対しては許可しよう。

 持ち込むのは地球の品物じゃから、補充に関しては御神が担当することになる」



 因みに持ち込む銃砲火器だが、イーシアさんから種類を絞るように言われてしまった。何でも世界中の銃砲火器を持ち込めるようにすると数が膨大なためらしい。



「では、私が好きな旧共産圏……いわゆる東側の銃器や各種兵器を持ち込ませてもらうことは可能ですか?

 あとはそれらの付属品や照準補助具、それと銃剣や旧日本軍の軍刀などですね」


「良かろう。

 予めお主に伝えておくが、儂や御神が用意する物品や武器は力の大小の差はあれど、神の力が宿るのでな。

 特に武器類は剣ならばその刀身、銃器ならば弾丸に神の力が宿ってしまう。

 地球では全く役に立たない力じゃが……魔法や超能力などと呼ばれる能力や死霊などの類には有効じゃ。

 何と言っても儂や御神の力じゃからな、そこに例外はあり得ぬよ。

 お主が持ち込む兵器や武器が向こうの見る者の目によっては超兵器に写るかもしれぬから、くれぐれも盗まれぬよう気を付けるじゃぞ?

 止むを得ぬ事情で武器を貸し与えたり譲渡する場合はその都度、儂に相談するように」


「分かりました」


「では次にお主が下りる世界について説明しよう」


「よろしくお願いします」






 ◇






 異世界の説明は5時間ほどで終了した。

 基本的な惑星自体の説明から始まり、言語や通貨、惑星『ウル』に存在する大陸や島々、そしてそれらに存在している代表的な国々とその特徴に政治・宗教・経済に外交、人種や種族に言語、自然環境などなど…………


 異世界『ウル』で活動するに当たり、必要な説明を一通り受けながら俺が説明があるその都度質問をしていたので5時間という時間はあっという間に過ぎ去る。その後はイーシアさんから大国が2~3個余裕で買えるほどのお金が入っているガマ口財布2個と、異世界でも充電や電源無しで使える各種モバイル端末にノートPC、あと『ウル』で使える身分証明書と地球で使われているパスポートに相当する旅券証を予備を含めて自動車運転免許証と同じサイズのモノを2枚ずついただいた。



「そのモバイル端末で儂と会わずとも会話出来るし、その端末に入っているアプリで地図の検索やカメラ撮影など地球のスマートフォンと同じように操作が出来る。

 お主には可能な範囲で良いから、そのノートPCを使って週一で報告書を上げて貰いたいのじゃ。

 あと身分証と旅券証じゃが、彼の世界では地球と違い写真付きの身分証やパスポートは存在しない故、お主の身分を保証し外国を往き来できる身分にあるという旨のみを文字だけで記載した内容になる」


「分かりました。 因みに報告書はイーシアさんだけですか?

 それとも御神さんにも?」


「まあ、今のところは儂だけで良いじゃろう。

 何かあれば御神には儂から転送しようぞ。

 それで良いかのう、御神?」


「はい。

 基本的に私は先輩の世界に干渉出来る権限を持ち合わせていないので、それで大丈夫です」


「よし! あとはお主の体を異世界に適応できるように弄るだけじゃな」


「弄る……ですか?」


「そうじゃ。

 地球と似たような異世界とはいえ、全く違う惑星に行くんじゃからな。

 地球には存在しない菌やウイルスは勿論、現地の食べ物や水で体調を崩さないようにする必要がある。

 それに向こうには魔法や呪術、あと一部では超能力などがあるからの。

 特に魔法による毒・劇物や病気、呪いなどの対策は急務じゃ。

 それに召喚された日本人達は大なり小なり何らかの特殊能力や強力な武器を所持しておる可能性が高いからのう……というわけで…………ほい、完了じゃ」



 イーシアさんが目を閉じること約10秒ほど。

 特に自分の体が変わった様子は特にないようだが?



「お? あれ、手がツルツルになってる?

 え、顔も何だか……顎がザラザラしてない?」


「ま、鏡で己の顔を見れば判るじゃろ。 ほれ」



 渡された手鏡で自分の顔を見るとそこには20代前半の年齢まで若返った自分の姿が映し出されていた。



「凄い……でも何だか当時の自分よりも若干イケメンっぽくなっているような?」


「気付いたか? お主の顔の場合、濃ゆかった髭は極力薄くしてある。

 肌のキメも若りし頃のお主よりもきめ細かくなっておるじゃろう?

 他にも骨格はチタンや炭素繊維よりも硬くなり、筋力は最大値で鍛え抜かれた軍人やスポーツ選手の5倍以上に引き上げた。

 それと皮膚は紫外線による日焼けを防止し、体毛も平均より若干薄くしてあるし頭髪は少し濃ゆ目になって毛量も増やしておいたぞ。

 あと急激な外気温の変化にもある程度対応できるように体温調節も瞬時に最適化出来るようになっておる」


「ありがとうございます。

 まさか当時の自分よりも格好良くして貰えるとは……ビックリですよ」


「気にするでない。

 本来ならば儂らがやるべきことをお主に代行してもらうんじゃ、これくらいはお安いご用じゃ。

 といっても、顔のイケメン度は上の下レベルじゃ。

 余りにも2枚目過ぎると、現地の男どもから不必要な顰蹙を買う可能性が高いからの。

 ああ、ついでにお主の精力は超絶倫にしておいたのでな、これで異世界の女共をヒイヒイ言わせてやれ」


「何やってるんですか、貴女は!?

 いくら神様でもやって良いことこといけないことくらいあるでしょう!

 絶倫はいりませんから、精力は元に戻して下さい!」


「まあまあ、今は黙って受け取っておけ。

 儂からのサービスじゃ、それにお主は異世界に行って儂に感謝することになるぞ?」


「いやいや、絶倫で誰が感謝するんですか?

 御神さんも何か言ってくださいよ」


「え? い、いやぁ……スゴイですねぇ」


「人の股間見ながら言わないでくださいヨ……はあ、もういいです。

 さっさと異世界に行かせてください」


「その前にお主はその服を着替える必要があるの。

 そんなまだら模様の迷彩柄の服で行ったら怪しまれるでな」



 イーシアさんに言われて思い出したが、確かに俺は迷彩柄の戦闘服を着用したままだ。よく考えてみれば、サバゲーの途中でここへ連れて来られたのだった。



「では着替えたいので…………って、そういえば着替えを持っていないのですが?」


「おお、そうじゃったな。

 着替えはお主から要望のあった武器や兵器などと一緒に神特製、生き物以外ならば無限に入る空間収納領域、要するに『ストレージ』に入れてある。

 ストレージは頭の中で出したい物を思い浮かべ、そのまま『出ろ』と念じるか口に出して言えば自動で出て来る。

 逆に収納したい物があれば手で直接触るか、ジッと対象物を見て『入れ』とか『帰れ』と念じるか口に出すことじゃ。

 ストレージはカバン型にしても良かったが、向こうの世界にも容量に限りはあるが似たような魔法で『収納鞄』という能力が付与された魔道具が使われておるからの。

 間違えたり、盗まれれば大変じゃから『鞄型』ではなく、お主の思考で操れる『意識領域型』にしておいたでな」

 

「分かりました。 では着替えますので、場所をお借り出来ますか?」


「うむ。 そっちの居間を使うと良い。

 あとな、お主か降下する予定の場所の季節は冬じゃ。

 場所によっては雪が降っておるからの、寒くない格好に着替えよ。

 間違っても軍服や迷彩服を着るんではないぞ?」


「分かりました。 では、失礼します」



 俺はイーシアさんからいただいたモバイル端末や財布、サバゲーフィールドからそのまま持って来たエアガンや装備品を抱えて隣の居間へと続く襖を開けた。






 ◇






「終わりました」


「おお、意外に早かったの」


「そうですか? すべての準備を終えるのにあれやこれやで結局2時間以上掛かりましたけど……」


「儂らは神ぞ? そんな2時間くらい儂らの感覚じゃと直ぐじゃよ。

 っと、ふむふむ……なかなか良いではないか。

 のう? 御神」


「そうですね。 地球の服装なので向こうでは少し違和感があるかもしれませんが、そこまで目立つものではなさそうですし……大丈夫だと思いますよ」



 今の俺の服装はサバゲーのときに着用していた戦闘服ではなく、完全に私服である。下は防弾ベストに使われているケブラー繊維を織り込んだ国産ジーンズを履き、上は厚手のウール地のシャツに防寒用にセーターを着ている。今は室内なので靴は履いていないが、この服装に爪先と靴底に鉄板が仕込まれたローカットのトレッキング風ショートブーツに濃いダークグレーのダッフルコートを羽織ることになる。



「ありがとうございます。

 ところでコレ・・なんですが、やっぱり隠した方が良いですかね?」



 俺は自分の服装をジロジロと遠慮なく見てくるイーシアさんに対し右肩に提げている物を示す。



「ふうむ……まあ、いずれ使うことになるのじゃ。

 コソコソ隠し持っていても余計に怪しまれるだけじゃろうから、堂々としておれ。 当然という顔をしていればソレ・・もお主の服装も怪しまれることはなかろうて……」


「そういうもんですかね?」



 そう言って俺は肩から提げていたソレ・・、ポーランド製軍用自動小銃 WZ.96 BERYLベリルを見る。ベリルにはAKシリーズ特有のバナナ型弾倉が給填されており、半透明樹脂のお陰で鈍く輝く金色の5.56mmNATO弾が薄っすらと透けて見える。



「隠そうとするから怪しまれるんじゃ。

 銃やお主の素性について尋ねられた時にいちいち挙動不審な態度を取って答えていたらそれこそあらぬ誤解を受けることになる。

 それに銃の持ち込みは孝司、お主自身が希望したんじゃぞ?

 お主がドーンと構えておらんでどうするのじゃ?」


「まあ確かにそうですね」


「最近『ウル』でもやっと黒色火薬が一部でも使われ始めたとはいえ、銃はまだ広く普及してはおらぬ。

 お主が異世界人として初めて銃を持ち込むことになるが、銃を使ったときに周囲の者達がどんな反応を示すかは儂でも予想がつかん。

 じゃからの、お主は銃を使うときは細心の注意と責任をもって臨機応変に使うようにの。

 向こうの世界には日本人であった者達が生まれ変わって生活しておるし、奴らが連れてきた日本人もいる筈じゃ。

 中には銃に関する知識を持っている者も居よう。

 彼らの前で銃を使うなとは言わんが、盗まれて悪用されぬように気を付けるのじゃぞ」


「ああ、そう言えば『ウル』には日本人以外に元日本人転生者が何人もいるんでしっけ?」



 そうだった。

 本来なら俺も死んでから魂だけの存在になって向こうで生まれ変わるはずだったんだから、俺以外の日本人や元日本人が『ウル』に複数いるのか。


 

(そう言えばさっきの説明の時に向こうの世界では翻訳とかではなく、本物の日本語や漢字が国や種族を越えて大多数の者達の標準的共通語として使用されているんだったっけ?)


「そうじゃ。

 儂ら以外が連れてきた日本人が何処に居るのか分からない以上、テキトーに行き当たりばったりで調べるわけにもいくまい?

 ましてや『ウル』の惑星としての面積は地球の約1.5倍以上もあるからの。

 今まで似たような事案に巻き込まれた他の神々から上がってきておるフィードバックによれば異世界に召喚されたり、転生した者たちが自分たちの周囲で巻き起こす大きなトラブルにによって居場所が判明したという報告を得ておる」


(うーん、これはアレかな?

 日本人に限らず、異世界に渡った者たちがファンタジー物語にありがちな主人公体質で本人が巻き起こすドタバタ劇によって見つけ易くなったってことなのか?)


「本来ならばその役目は儂が行わなければならないのじゃが、見ての通りこの体たらくじゃ……しかもこの状態で『ウル』よりも優先順位の高い世界の案件を解決する必要があるのでな」


「なるほど」


「であるからしての、孝司。

 お主には『ウル』において転生した元日本人らの元を巡って彼らの周囲にそういった事案が潜んでいないか確認して欲しいのじゃよ」


「分かりました。 でもさっき銃を盗まれないようにと言われましたが、もし私が無名の神によって連れてこられた日本人やイーシアさん達が連れて来た元日本人転生者に襲われた場合はどう対応すれば良いのでしょうか?」


「お主にはかなり長い期間『ウル』で調査活動をしてもらう必要があるからのう……まあ、そのときの状況にもよるが、止むを得ない状況に陥ったらしょうがあるまいじゃろうて」


「本当によろしいんですか?

 武器の性質上、手加減したり傷付けないようにすることは難しいと思いますけれど?」



 そう言って俺は念押しするようにベリルを叩く。



「構わんぞ。

 向こうに世界も現代の地球までとは行かずとも、ある程度のレベルまで文化が発達している場所もそれなりに存在しておるが、教育水準や法体系が進んでいない場所もあるでな。

 そんな場所で襲って来る相手が元日本人転生者かどうかを確認しておる暇などあるまい?

 まあ、日本人であれば外見で直ぐに見分けもつくじゃろうが、もし危害を加えてしまっても儂も御神も文句は言わんよ」


「分かりました。 言質は取りましたので、後からコトが起きても恨まないで下さいね?」


「もちろんじゃ」


「はい。 大丈夫です」



 イーシアさんの了解に続いて御神さんも了承の返事をする。

 これで仮に元日本人転生者を正当防衛で殺害してしまったとしても、彼女らから何らかのペナルティを受けることは無くなった。



「では、ここに残りたいと未練に思うことが出来ない内に異世界に行きたいのですが、どうやって異世界に向かえば良いですか?」


「簡単じゃ。 既にこの空間と『ウル』との接点は繋げておる。

 あとはお主がこの家の玄関から出るだけで向こうの世界へと行くことが出来る。

 勿論一方通行じゃから、ここへは二度と戻れぬゆえ、忘れ物がないか確認せよ。

 とは言っても、ある程度の物資は向こうに行っても儂らに申請のメールを送れば手配出来るから心配する必要は無いとは思うがのう?」


「それを聞いて安心しました。

 では、取り敢えず向こうに行って必要なものが出てきたら連絡しますね」


「うむ。

 ただのう、孝司。

 いくら現代の日本より文明のレベルが劣っているとはいえ、油断は禁物じゃ。

 向こうには魔法や超常現象を伴った出来事が普通にあるからのう。

 舐めてかかると足元を掬われかねんから、気をつけるのじゃぞ?」


「はい。 肝に命じておきます」



 そのまま俺は居間から廊下に出て玄関へと向かう。

 この家に入るときに脱いでいたコンバットブーツを回収して新しいブーツを履いて後ろを振り向くと、2柱の神様が見送りの為に立っていた。



「では行きます。

 色々とお世話になりました」


「お世話になるのはこっちの方じゃ。

 本当にすまんのう。

 儂らがしっかりしておったら、お主にこのような尻拭いをさせるような真似をさせることもなかったのじゃが……」


「本当にすみませんでした。

 私の所為で孝司さんやイーシア先輩にまで迷惑をかけてしまって……」


「今さら言われてもしょうがないですよ。

 まあでも、あのままずうっと日本にいたら今持ってるコレとか一生触る機会なんて無かったでしょうし……実は不安な反面、楽しみでもあるんですよ。

 それに家族の面倒を見てもらえるなら、私としては万々歳ですしね」



 そう言って俺は肩から提げた自動小銃の表面を優しく撫でる。

日本に居たならば無可動実銃以外ではまず触ることが出来ないポーランド製の軍用銃。仮に自衛官や警察官であっても絶対に見ることが出来ないシロモノだ。日本を捨て、異世界に行く羽目になってしまったが、日本に住むいちガンマニアとしては本物の銃を撃てるというのは夢のような条件だ。


 しかも、持ち込める銃はこのベリルだけではない。

 小は小型拳銃から大は機関砲や迫撃砲まで選り取り見取りな状況なのである。


 まあ、今までの平和でぬるま湯のような環境と家族や友人達と二度と会えないのはとても悲しいが、イーシアさんと出会った時点でもう手遅れなので諦めるしかない。


 ならば少しでも前向きに考えて異世界へと想いを馳せても良いだろう。

 昨今のファンタジー物語のように完全なチート能力を貰ったわけではないが、神様の全面バックアップを受けているのだから、多少のことで死ぬことはないと思う。

 多分…………



「では、行きます。

 物資の件はくれぐれも宜しくお願いします」


「うむ、任せておけ。

 神がお主の後ろ盾をしておるんじゃ。

 大船どころか、不沈空母に乗った気で安心して『ウル』行くと良い」


「勿論、イーシア先輩だけではなく私も全面的にサポートしますので、安心して下さいね」



 うーむ、まあ……神様がこうやって直に言っているんだから大丈夫か。

 ダッフルコートを羽織り、自動小銃を肩から提げ直して防刃繊維が編み込まれた革製の手袋を両手に嵌めてから玄関の扉を開ける。

 向こう側は淡い光に溢れており、景色は見えないため、果たして『ウル』の何処に繋がっているのか見当が付かない。



「では……お世話になりました!」


「うむ。 達者でな!」


「頑張って下さい! 孝司さん!」



 何処に出るのか判らないが、もう後戻りはできない。

 まだ見ぬ異世界へのワクワクと地球の常識が通じない世界へと行く不安がごちゃ混ぜになった気持ちのまま、俺は自分の記憶に深く刻まれることになる一歩を踏み出した。

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