第2話 悲痛の叫び

やがて、男は君に手を上げるようになったんだ。


僕は、びっくりしたよ。最初は、その男はいつも君に申し訳なさそうに接していたからさ。でも、君はどうやら彼の暴力に慣れているのか言葉や体の暴力を当たり前のように受け入れていたんだ。僕には、その事実が全く信じられなかったよ。


君の綺麗な顔、体には、無数のアザや傷ができるようになった。それでも、君は「どこにも行かないで」と、男に言ったんだ。


僕は、我慢できなかった。ずっと声を押し殺してきたけど、ある日、男が君を殴っていた時に僕は柵いっぱいにすっかり弱りきった羽で、精一杯羽ばたき既にカラカラになった腹に力いっぱい込めて、ピイィィと鳴いたんだ。


男は「うるさい!邪魔するな!」と言って僕を柵から出し、乱暴に掴んで僕を思い切り窓に投げたんだ。


君は、か細い声で泣きながら「やめて。やめて。」と、言っていたけど・・・。その時には、既に窓は男の手により閉められどうすることも出来なかったんだ。


それでも僕は、すでに重たい羽をなんとかパタパタしながら探したんだ。彼女を、男から助けてくれる人を。


窓の外に放り出された僕は、すっかり重たくなった羽をパタパタさせながら必死で鳴いたんだ。


「誰か、助けて!」だけど、すでにお腹も空っぽで動く力も無い僕には、いつまでも鳴き続けることも飛ぶことも出来ない・・・。僕はアスファルトの下に倒れ、やがて動けなくなったんだ。


かすかな意識の中で、ジリジリと照りつける大きな太陽に僕は、最後の願いを託したんだ。いまの僕に出来ることは願うことだけなんだ。彼女をこのままほっておく訳にはいかないんだ。


彼女には、浮気癖と暴力癖のある男が今住み着いている。このままいくと、彼女は大変なことになると思うんだ。だから、助けてあげたいんだ。


だから、太陽。お願いだ。どうか、彼女を僕の命と引き換えに。助けておくれ!


すると、太陽はこう伝えたんだ。「君をこんな姿にしたのは、あの女だぞ。男に振られ、人恋しさから君を金で手に入れた。さみしい時には可愛がり、いらなくなったらポイ捨て。餌も与えない。おまけに、君は外に放り投げられて瀕死の状態だ。こんな状態になっても。一体何故、君はあの女を救おうとするんだ?」


僕はすぐさま、「理由などありません。僕もずっと、柵の中で模索し続けてきたんです。一体何故この世に生まれてきたのか・・。そして、気づいたんです。理由なんて所詮どうでもいい。


僕は、きっと彼女を一目みた時からずっと決めていたんだと思うんです。僕は、この人に何があっても。僕は、この人の側にいたいんだって。


彼女に突つかれたり、撫でられたり。そんな時が、理屈なんてなくて。ただ幸せだったんです。だから、僕はその幸せを与えてくれた人を守りたいんです。例え、僕がどんなにボロボロになっても。」と伝えた。


やがて、太陽に全てを伝えた頃、僕はアスファルトに体が少しずつ溶けてゆくのを感じたんだ。


遠くから車のエンジンのような爆音が聞こえてきたけど、僕にはすでに殆ど聞こえてこなかった。やがて、爆音は一瞬で僕を飲み込んだ。


僕は破片となり、あたり一面に砕け散った。僕の破片は少しずつアスファルトが吸収していった。


僕の羽は、少しずつタンポポの綿毛のようにフワリフワリと舞っていった。


やがて、僕の全てはこの世から消えたんだ。




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