第23話 処女、30歳になる

私は、あれから結局何の色恋沙汰もないまま30歳になってしまった。


女として、このまま処女のまま廃人になっていいのだろうか。官能小説を書いて、妄想世界へトリップしドキドキ感を楽しんだとしても。結局は、妄想の世界だ。


どんどん、作品だけが評価されてゆき次から次へとヒット作を連発する。ドラマ化されれば、「これが、自分が作った作品なんだ」と満足感を得る事もあった。


しかし、そんな事も最初のうちだけだった。こんな事が、何度も続けば「また、作品を締め切りまでに納品しないといけない。」という日々に戻る。


最初は、楽しんで仕事していたが。やがて、義務感さえ感じるようになる。


人を楽しませるために、作品ばかり書く人生なんてもう辞めたい。ドラマではない、自分自身が主役の人生を歩みたい。


誰かに愛され、抱かれ。心からの幸せを味わいたい・・。


相変わらず、月野マリアの霊が私には取り憑いたままだ。しかし、彼女がいることによって、より良い作品が作れる事も確かだった。

彼女がいなければ、ネタ切れに苛まれる日々に襲われる事もある。


時折、うっとおしいと思うこともあったが。この年になると、彼女の存在を割り切るようにもなっていた。仕事の為には、彼女の存在が結局必要なのだ。


そんなある日。私は、以前大きな賞を受賞した小説「僕は文鳥」が映画化される事になり、作品のインタビューの為に出版社から取材に呼ばれる事になった。


普段は、全てのインタビュー取材を断っていたが、今回はお世話になっている出版社の方のオファーという事もあり、仕方なく参加せざるを得なかったのだ。


どうも、主演俳優の古池巧が私の大ファンで、どうしても会いたいという事からだった。

勿論、雑誌の写真には若い頃のマリアの画像をCG加工して使うことになる。


私は、あくまでゴーストライターの身。

実は、私が月野マリアではないことを知ったら、ガッカリするだけじゃないのだろうか?


そんな不安を抱えての雑誌記事だったのだ。


俳優の古池巧は、まだ二十歳になったばかりだった。


16歳の時に、イケメンコンテストでグランプリを獲得した古池は、デビュー作の演技力があまりに大根だった為にほぼ干された状態で4年の時を過ごしていた。


その4年間は、ミュージカルや舞台経験を積み着実に演技力をつけるように努力してきた。そして、ようやく初出演が決まったのだ。

しかし、その内容がまさかのR18指定で激しい濡れ場もある作品・・。


彼も、正直後が無かったのだ。このチャンスを逃せば、もう二度と来ないかもしれない。


物語の内容は、ある女性が飼っている文鳥に恋をされるという奇想天外な内容だ。ある日、文鳥は人間の子供に転生し好きな女性を守る為に復讐するといったサスペンスホラー小説だ。


古池は、女性の恋人で暴力男を演じる事が決まっていた。転生した文鳥に復讐される男という難しい役所を演じる事が決まっていた。映画の内容がかなりハードだった事もあり演じるにあたり、何度か激しい心の葛藤があったそうだ。


勿論、今までの爽やかな古池のイメージを大きく覆す事になるような役でもあるし、彼にとってもこの役を演じる事はかなり大きな決意だったのではないか。


私からすれば、古池は10歳も年の離れた男であり、いくらイケメンとはいえドキドキするとかとは少し違う。いや、ドキドキなんてしてはいけない。理性で、気持ちを抑える。


古池は、目のシュッとした端正な顔立ちのイケメンだった。少し、表情に少し乏しい所があったが・・。


しかし、古池をみて思う。私が恋した片桐君は、古池ほどのイケメンではないにしても味がある男だった。


ダメ男。なのに、女が放っておけないような愛嬌、屈託のない笑顔があった。


私は、この作品を「若い頃のヤンチャな片桐」を想像しながら書いたのだが、何故か片桐とはまるでかけ離れたバイオレンス男を描いてしまったようだ。片桐の事を悪い男として小説で消化する事で、片桐への思いを消化しようとしていたのかもしれない。今振り返ると、何て浅はかな発想だったのかと自分で自分を恥じた程だ。


その為、爽やかで何の汚れもない古池を見ても「なんか、イメージと違うな」という感覚しか思えなかったのだ。


しかし、彼は既に事務所にゴリ押しされていた頃の終わった俳優である。


この作品を期に、役者として大きくブレイクしてくれたらいい。悪役を思い切り演じきって、新ジャンルを開拓して欲しい。私は、心の底からそう思った。


「咲子さん。今日は、会えて嬉しかったです。

ずっと、月野マリアさんの小説のファンだったので、こうして作品に出演出来るの嬉しかったです。


でも、まさか月野マリアさんて既に亡くなっていた事も知らなかったし。咲子さんが代わりにゴーストライターやっていたって事も知りませんでした。


きっと、この事を世間が知ったらビックリするんだと思います・・・。


だって、月野さんって伝説のAV女優って言われていた人じゃないですか。僕は、あまり知らない人なんですけど、そういうネームバリューもあってこの人の作品って売れているんだと思っていたんです。


だけど、実際本を読むと本当に面白い。

こんな素晴らしい作品を、本当に元AV女優が書いているなんてと思って僕は感心していたんです・・・。


だけど、実は違う人が書いていたのですね。まぁ、こんな事だろうとは思ってはいました。芸能界では、よくあることです。


でも、本当に咲子さんの才能は凄いですよね。

いつも、次の展開はどうなるんだろう?ってドキドキしながらいつも作品を見ているんです。


もしよかったら、僕。もっと咲子さんと仲良くなれたらいいなと思います。

あのう、連絡先教えてもらってもいいですか?


また、ご飯食べに行きましょう!」


正直。三谷君や片桐君で男には散々懲りている。

しかも、もう一度花を咲かせようと思っている男優なんて。なおさら信用出来ない。


「ごめんなさい・・・。流石に、私はもう30歳だし。あなたとご飯なんて食べるのも悪いと思うし・・・。」


と、私が言うと。古池は、途端に大きな目をウルウルさせて涙を浮かべる。

流石に、若い男の涙目には叶わない。「連絡先位なら、いいですよ」と言って交換する事にした。


しかし、この油断がまさかの事態を引き起こすとは当時は、知る由もなかったのだ・・・。


古池と携帯を交換したのは、ほんの軽い気持ちからだった。

どうせ、モノ好きな若者の事だ。ほんのちょっとからかってみようと思ってるだけに違いない。


しかし、古池からのメール音は常に鳴り止まぬ程だった。

それは、まるでチャットをしているような感覚だった。メールラリーが終わった頃には、「直接話した方が早いから」といって電話がかかってくるのがお決まりのコースだった。


最近売り出し中とはいえ、忙しい合間をぬって10分でも電話をかけてくれる気持ちが嬉しかった。


古池は、ブログ執筆も行っており「古池のダラダラですみません」というタイトルのブログは、地味にランキング100位以内には必ず入っていた。


時々、ブログ記事とは関係ない化粧水やボディローション、歯磨き粉などの宣伝記事が写メと同時にアップされている事以外は、殆ど違和感なく読めるブログだった。


「いつか会えるといいな」と、メールや電話では言うけど、実際には会う事は殆ど無かった。


ただ、メールや電話で話した内容が時々ブログにアップされるとドキドキした。私は、このスターと繋がりがある人間なんだって。誇らしく思えたのだ。


ある日、古池は信頼していたマネージャーに逃げられて困っていると泣いて電話がかかってきた。


「どういう事?ちゃんと説明して?」と、私は古池に尋ねる。しかし、古池は泣きながら話している為、何を言っているかわからない状況だった。


「わかった。うん。辛いのはわかるよ。」と言いながらも、正直何でコイツこんなに泣いてるの?という不思議な感覚だった。

正直、当事者じゃないと相手の辛さなど解るわけがないのだ。


「実は、マネージャーが財産を持ち逃げして逃げたんだ・・・。


しかもその上、マネージャーがこれから新しい事務所を立ちあげて俺と一緒にやっていこうって言うから、事務所の建設費用の連帯保証人になったんだけど。


マネージャーがそのまま逃げちゃって。


結局、借金を肩代わりさせられてしまって・・・もうどうしたらいいかわからないんだ・・・。


情緒不安定な古池を、何故か私は放っておけなかった。

10も年の離れた若い男が、私なんかみたいな処女を頼ってきてくれているのだ。


「とにかく、古池君。今、会えるかな?ゆっくり落ち着いて話を聞かせて。わかった?」


と、何度も優しく伝えるようにした。

少しでも、彼を不安にさせるような事はしてはいけないと察したのだ。


私たちは、近場のファミレスで待ち合わせした。古池の顔は、少し青ざめてやつれていたようにも見えた。


「今日は、私が奢るから。」と私が言うと、


「いえ・・どうせミラノドリア位300円以内で買えますし。むしろ、こんな金額で奢ってやった感とか出されるの、正直困ります。」と、古池は答えた。


「いいの?本当に?あなた、これからお金に困るんでしょう?ほんの少しでも、節約しないといけないんじゃないの?」


「いや、なんかもう。そういうレベルの借金じゃないんですよ。


ミラノドリアを奢る奢らない位でどうにかなる位の金額なら、何もこんなに困ることもないですよ。


正直、金額は自己破産レベルです。というか、自己破産考えてます。正直、いつか有名になってローン組んでマイホームとか、マンション買うの夢でした。


そして、可愛い奥さんに囲まれて。

子供は一姫二太郎で・・。


名前だって、決めてたんです。男なら流星で、女ならカスミです。そして、ミニチュアダックスを飼って・・。


でも、もうそういう夢は諦めようと思います。」


古池は、俯いてわなわなと震えだした。


どうして。こんな何の関係もない未来に溢れた若者がこんな借金地獄に巻き込まれて人生棒に振らないといけないのか。

彼は、まだ何もやっていないのに。どうして。


古池を、このまま放っていける訳にはいかない。何とかしなくては。


「借金・・いくらあるの?」


「はい・・5億円です・・。」


小説で稼いだ印税は、全て古池に貢いでスッカラカンになってしまった。


その後、古池は若くて綺麗な女優とできちゃった婚。しかも、2人で都内の高級マンションを購入して幸せに暮らしているとか…。


私、また騙されちゃった。


どうして、私ってこんなにダメ男に懲りないんだろう。

泣きながら、一心不乱にパソコンで小説を打ち続ける私。


しかし不幸が訪れる度に、どういう訳か小説はヒットする。

不思議な事に、お金を使い果たしてもなお、また巨額のお金が入って来るのだ。

「お金は循環するもの」というが、時には正確な判断を鈍らせてしまう恐ろしいものなのかもしれない。


巨万の富を得れば得るほど、私には危険な誘惑が訪れるようになった。


誰を信じたら良いのか。何を信じたら良いのか。

富と成功の先には、揺らぐ情報と誘惑が氾濫している。

どの道を選んでも、結局誰のせいにも出来ないし責める事もできない。


古池にお金を騙し取られた事も、片桐君に長年片想いをして騙されたのも全ては私の選択が原因だ。


私は書き続ける。これからも、ずっとずっと書き続ける。

ずっと狭い部屋で1人黙々と作業をこなし、異性と会う機会もなく悶々とする日々の中で「このまま、処女のままでいいのか?」と悩む事もある。


けど、30歳過ぎて思う事がある。それはね、無理して焦って大切なものを捨てる必要もないじゃないって思うようになれた気がするの。


無理をするより、ありのままの葛藤を記して提供できる作品を作れたら、もっと私らしく生きていけるんじゃないかって思う。


私はこれからも葛藤がある限り書き続ける。ずっと。ずっと。




(第一編 処女、官能小説家になる。終)

次に続くのは、この小説内で咲子が書いて映画化された小説「僕は文鳥」編になります。






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