第11話 憑依

月野マリアが、私の中に憑依する。


私は、この方法により次から次へと作品を世に送り出す事に成功した。


月野マリアが一部だけ、私に乗り移る。


憑依することにより、彼女の記憶を思い起こす。時折、彼女の過去の記憶からのトラウマなのか。激しいフラッシュバックに苛まれ、激しい頭痛を繰り返す。

トランス状態になりながら、私は筆をとり続ける。


勿論、片桐君と一緒に買った官能小説で表現方法も勉強したり。実際に、月野マリア出演のビデオも何本か見た。


しかし、月野マリアが出演した作品はどれもハードすぎて何度かトイレに駆け込んでは吐く状態だった私。


「おいっ、おめえ!だっ、大丈夫か?」と、片桐君に何度も背中をさすられ。水は、幽霊の月野マリアが汲んで運んで来てくれる。


「ごめんなさい・・。

咲子さん・・。刺激が強すぎて・・。


これは男性経験のある女性からしても、かなり気持ち悪いビデオだと思います。


「蛆虫ゲロンパ」は、全身蛆虫が這いずり回る中、ゲロ吐きながらオッさんに犯されるという意味不明な作品で。


まだ、単体(個人名でデビュー出来ること)でデビュー出来ずに、名前すら出して貰えない頃の作品です。


かなり複数の女性と共同で出演したのですが、殆どの女性が気絶しました。


一人は、途中で帰りたいと喚くし。

もう一人は、気絶したまま病院に担ぎ込まれるしで。


実は、この作品。

撮影に全くならない状態で撮った、不作だったんです。


私は、この頃「名前も知らない女たち」という企画AV女優のドキュメンタリーにも「ユメコの場合」という名前で登場していました。


その本を見た人から、更にオファーが殺到して単体でデビュー出来るまでに登りつめたのですが・・。」


月野マリアは、遠い目をして語る。


「実は、俺も。企画モノ見たの初めてなんだけど・・。


まさか、ここまで酷いと思わなかったぜ・・。

俺、マリアの事。

正直、好奇心とか同情心とかで見てた部分もあると思うんだ。


ごめん・・。


なんっつーか。

これ、見たら。

お前のこと、そんな風に見てはいけない気がしてきたんだ。


マリアはマリアで、この仕事に対して誇りももっていたし、体当たりなんだよな。


一生懸命取り組んでるんだなってのが、俺凄く伝わったんだよね。


だから、あんな迫力あるストーリーが描けるのかもしれないって。俺、そう思ったんだ!


しかし・・。


世の中には、ロクな事考えない奴がいるもんだ・・。


こんなビデオ、本当に出たいと思って出演してる子ばかりじゃないだろうし・・。」


片桐君も「ふぅ」と、ため息をついた。


「そうですね。


中には、女優やアイドルになれると騙されて出演している女の子も沢山いました。


連れて来られた先が、突然撮影現場で・・。


泣き叫んで暴れる女の子も沢山いましたけど、本当にエグい世界ですよ。


まぁ、好きでやってる輩もいますけどね。」


世の中には、私の知らない世界がまだまだ沢山あるんだ。


国語、算数、理解、社会。

体育。音楽。美術。


それから・・


学校では、絶対に教えてくれない世界が。

世の中には、まだまだ沢山ある。


知らなくても、ずっと幸せに暮らしていける世界だし。


いや、むしろ知らなくったっていい世界だ。


しかし、人間の好奇心とは。


見てはいけないモノほど、そそられてしまうのだろうか。


こんなゲテモノビデオ。

正直、見たくもないし、見たら見たでゲロ吐きたくなるだけ。


わかってる。

わかってるけど。


それでも。


月野マリアが、一体どういう気持ちで。どんな思いで、この仕事を続けてきたのか。


ワタシには、全く理解も真似も出来ない反対側の世界だからこそ、あえて知りたいのだろうか。


私の中に、イケナイ好奇心が芽生えだした・・。


やがて、月野マリアを私の中に憑依させる度に。私は、数々の月野マリアの真実を知ることになった・・。


月野マリアは、両親に暴力を振るわれたり性的虐待を受ける度に辛い出来事から回避させる為に、様々な人格を作り出していたのだ。


初めて会った時の、共謀だった月野マリア。

あれは、母親に殴られた頃に彼女の心の中で生まれた「サリナ」という女だ。


「てめぇーばっきゃろーっ。」など、ヤンキー口調で、荒っぽいのが特徴である。


「ごめん。俺が悪かった。」と、性的虐待をした後で父親はふと我に返ってマリアを慰めはじめる。


その時、マリアの中に淑女のキャラクターが生まれる。「ハルカ」という女だ。


ちょっと天然で、ゆったり口調の癒し系であることが特徴だ。


「片桐さん。咲子さん、いつもありがとうございます。」と言っているのは、ハルカという人格だ。


ストーリーを想像している時の人格は、「ヒトミ」という女。


企画女優をしていた時、吊るし上げられて肥溜めに突き落とされる撮影をした頃に、精神的ショックからこの人格は生まれた。


もしかしたら、私や片桐君が見てきた月野マリアは。


全て、辛い過去から回避させる為に作りあげられたキャラクターばかりで・・。


本物の、月野マリア。

いや、本名・・佐藤由芽子とはまだ出会ってないのではないだろうか。


月野マリア。お願い。

本当の事を教えて欲しい。


どうか、本当の貴方に会わせて欲しいの。

貴方という人を、もっともっと知りたい。

貴方が、本当に求める作品を描きたいの。


だから。ねえ。教えて。お願い。


私は、体内に憑依した月野に交信する。


すると月野マリアは、


「嫌です。本当の私は、誰にも会わせたくありません。


いや、本当の私は12の頃に死にました。

父と初体験したあの日から。


私は、あの日から「自分は死んだ」事にしました。そして、今私の体にいるのは別の人間凶暴なサリナ。穏やかなハルカ。


学校や家で、このキャラクターを使い分け続ける事で、私は現実から回避してきたのです。


サリナやハルカいうキャラクターの人生や、キャラクター像を想像する。


そうすることで、私の目の前にある現実は全て私に起きた事ではない。全て、別の誰かが体験していることなんだ。


そう言い聞かせて生きることにしたのです。


だから、無理です。

変な事言うの、やめてもらえますか?」


貴方は、ずっとそうやって現実逃避してきた。しかし、現実はずっと逃げずに貴方に災難として降りかかってきた。


我慢などせずに、警察にもっと早く訴えていれたなら。こんな事にならなかったのではないか。


それとも、処女の私の言うことは説得力ないだろうか?


貴方に、何がわかるのよ?と、しか思えないよね。


でも、このままでは。貴方は、結局現実逃避したまま被害を受け続けて・・。


何の解決にもなるどころか、むしろどんどん酷い結果を招いていったのでは無いだろうか・・。


「月野マリア。いや、佐藤由芽子さん。


実は私。

今回、あなた自身のドキュメンタリーを書きたいと思ってるの。」


「咲子さん。


あんなに、私が渡した原稿があるじゃない。

お願い、無茶言わないで・・。

私には、ドキュメンタリーなんて無いの。


佐藤由芽子は、12の時に死にました。


その後、佐藤由芽子の体内に取り憑いた人格達が私の変わりに生きてくれたのです。


私の第三の人格「ヒトミ」が作った作品は、かなり天才的だと思うのです。

ヒトミには、誰にも思いつかない才能があります・・。」


違う。違うのよ。由芽子!


凶暴な人格サリナも、天然癒し系人格ハルカも、天才ストーリー作家のヒトミも。


みんな、みんな。

貴方なのよ。


私は、貴方を自分の体内に取り組んだ事で。

はじめて、本当の貴方を少し読む事が出来たのだ。


もしかしたら・・。

貴方は、本当は多重人格者なんかじゃないのでは?


最初、貴方を体内に取り入れた時。

あまりに複雑な人格すぎて、脳内がハチャメチャになり思考回路がストップしかけたのだ。


徐々に時間が経つことで、ゆっくり自分の意識とのバランスをとることが出来るようになった。


隣で「大丈夫か?おい!?」と、心配そうに頷きこむ片桐君の顔が見える度にホッとしたのだ。


片桐君は、私の異変に気付き何度か病院に連絡しようとした。その度に私は「待って」と言った。


片桐は、震える私を心配そうに何度も優しく抱きしめた。


「やっぱり、お前には・・難しいチャレンジなのかもしれない。もうリタイアしてもいいんだぜ・・。咲子・・。」


だけど、私は首を横に振った。

リタイアだけは、絶対にしたくなかった。


だって、マリアは私にこの命がけで書いた仕事を任せたいって言ってくれたんだよ?


そして、死んでしまった月野マリア・・いや、佐藤由芽子に。


せめて、天国に成仏させてあげたい。


彼女は、本当は佐藤由芽子自身の心のトラウマを浄化させたいのだ。ずっと。


でも、心のトラウマを認めたくなくて。

自分の中で、他の人格を作る。


多重人格を演じることで、親の気持ちを引こうとした。でも、親にいいように利用されるだけだった。


やがて、AV女優になった彼女は益々自分の中でキャラクターを作り上げる事に喜びを感じるようになった。


脳内で、彼女の過去の記憶が映像として流れるのだ。


処女で何も知らないで生きてきた私には、あまりにも激しい映像ばかりで、吐き気ばかり催した。


その度に、片桐君に介抱された。


その映像を繰り返して見る度に、私は思ったのだ。


どうか、この映像をすべて作品に出来ないだろうかと。


そして、本当は彼女自身もそれを願っているのではないか。


だから、私にこんな映像を沢山見せるのではないかと・・。




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