第6話 最後の戦い

「なんだ・・。犯罪者の癖に生意気な・・。」と、警察官が言うと「生意気ですみません・・。」と、しおらしい事を言い出した。


さっきまで、私の頬に唾と暴言を吐いた女とはとても同一人物とは思えなかった。


さすがは女優という所だろうか。


何故か、警察官の頬がほんのり赤く染まる。


月野マリアは、警察官にウルウル瞳で上目遣い・・。


「おい!犯罪者が、媚を売って警察官に色気ついて逃れると思うな!お前も、何頬を染めてるんだ!公務とは何かを忘れたのかっ!」


と、コワモテそうな顔した警官の一人が彼を叱る。


「はっ・・あっ・・すっ・、すみませ・・つっ、ついタイプでしたので・・あっ、いや、ちっ、違いまして・・そんなつもりではなくてっ・・あのっ・・」


と、言い訳しようとするが。


その他の警察官は皆、彼を「裏切り者!」と言わんばかりの白い目で睨み続けた。


その状況により、月野マリアに幾ばくかの時間が設けられた。


そして、月野マリアは私達と警察官達に「最後のお願い」を言い放った。


「警察の皆さん・・私達一家を逮捕するのは構いません・・。ただ、どうか一つだけお願いがあるのです。


それは、月野マリアが逮捕されたという事実を世間に隠して頂きたいのです。


こんな事が、許されるとは思っていません。


ただ、ワタシ自身。

実は、余命幾ばくもない女という事を薄々感じているのです。


コカインだけではありません。

梅毒でもないですが、とある性病にかかっています。

ヒントは、レコード会社のHMVと一文字違いの病気です。


私のファンは、全国に沢山います。

その方達を悲しませたくはありません。


どうか、逮捕される変わりに。

その事を隠蔽して頂けないでしょうか?


それから、すみません。

片桐さん。咲子さん・・。


貴方達には、迷惑かけて申し訳ないですが。

どうか月野マリアの変わりに作品を書き続けて欲しいのです・・。


ネタは、この部屋に散乱した原稿で20年分のストーリーが作れると思います。


咲子さんなら、文章化出来るといった母(佐藤さん)の言葉を信じます。


どうか、差し支えなければお願いしても宜しいでしょうか?」


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月野マリアが、真っ直ぐな目で私を見る。


「貴方に唾を吐いて、喧嘩を煽ったのは・・。

実は、貴方に本当に私の作品達を任せていいのか試したかったのです。


貴方は、毅然とした態度で「書かせて下さい!」と、言ってくださいました。


正直、一回しか小説書いたこと無い癖に。

一体、何処から湧き上がるのか?その自信?

根拠の無い自信に溢れた女性・・。


私の作品は、並大抵の神経の人間では描けません。その位、世界観が病んでます。


なにせ、私がドラッグ決めながら脳内トランス状態で書いたような作品ばかりですからね。


貴方なら、きっと大丈夫です・・。」


月野マリアの瞳には、涙が溢れていた。


クスリ漬けになり、神経を擦り減らしてまでもなお命懸けで書き続けた大切な作品を私に任せようとしている。


私は、その熱い彼女の気持ちに答えたい・・。心の底から、そう思ったのだ・・。


「月野マリアさん・・。

貴方の気持ち、しっかり受け止めました・・。

私に・・私に・・貴方の世界を書かせて下さい!正直、まだ私もロクに小説なんて書いた事なくて。どうやって書いたらいいかさえもわからなくて・・。


でも、どうしても貴方の作品を書きたい・・。

月野マリアとして・・。


そして、月野さんが出所した頃には・・。

私の作品を読んで欲しい・・。


だから、それまで絶対生きて下さい!


こんな事で、月野さん!

貴方、死んじゃダメですよぉ!」


と、私は月野マリアに向かって叫んだ。


ダメです。月野さん。

こんな事で死んでしまっては。


まだまだ。貴方には。

生きなければならない理由があります。


ずっと、親のいいなりで自由も恋も奪われて育って来たんです。


親に騙されて飲まされ続けたクスリによって逮捕され、親の金の為に働いた仕事で性病貰って死ぬなんて。


駄目ですよ。

そんなの。月野さん。


貴方には、まだまだ・・

幸せになる権利だって沢山あるんです。


どうか、お願い・・生きて・・生きて・・

生きて帰って来て下さい・・。


気づけば、私の目にも涙が溢れていた。


片桐君が、無言でそっと指で涙を拭いてくれた。片桐君は、こういう所本当に気が利くし優しい人。


でも、その優しさが時として仇になることもある。


だって、私は諦めようとする度に貴方の優しさに呼び止められてしまうのだ。


そして、また貴方の事を諦められなくなり。

私は、貴方をまた追ってしまうのだ。


どうして、私に気がない癖にこんなに優しい事の?ねぇ、片桐君・・。


「月野・・。おめぇ、絶対生きて帰って来いよ・・。」


片桐君が、月野に言った。そして、少し優しく微笑んだ。


「咲子さん・・。片桐さん・・ありがとう・・。」


そう言って、月野マリアは優しく微笑んだ。

「もう、いいか?いい加減、もういいよな?」と、警官の一人に言われ、月野マリアは「はい」と頷いた。


そして、三人は警察官達に連行された。


佐藤さんの、


「貴様らぁぁぁ!


私を捕まえたら、どうなるかわかってんだろぉぉなぁぁぉ!


後で全員まとめてパンツズリ降ろさせて、チンチンの先っぽに生姜乗せてやるぅぅ!


地獄に全員突き落として、熱い鉄板の上で「アチチアチ!燃えてるんだろうかー」と郷ひろみのヒット曲を歌わせながら、裸踊りさせてやるうううう!」


という、訳のわからない寄声を聞きながら・・。


恐らく、佐藤さん自身もクスリ漬けだったのだろうと。


私と片桐君は、この時察したのだった。


「すみません・・貴方達も目撃者と言うことで事情聴取させて貰えないでしょうか?」


と、警官の一人が言った途端。


片桐君が、私を突然抱きしめてきたのだ。


え、何で?どうして?このタイミングで?


私が、何が何だかよくわかないままキョロキョロしていると耳元でボソッと「いいからいいから・・」と囁く。


そして、片桐君は警察官に


「すみません・・。

実は僕達、見てわかると思いますが・・カップルなんです・・。


たまたま二人で道を歩いてたら、佐藤雪さんに呼び止められたんです。


佐藤さんに「いい仕事があるから」って言われたんです。バイト代も、10万円あげるって言われて・・。


で、いざ呼ばれて来たら「ここで、小説のネタを作るために性行為して下さい」って言われたんです。


でも、僕達。

嫌だから断ったんです。


そしたら、あの佐藤さんって人が発狂して怒って来たんです。


そして、困ってた所に佐藤登さんと、警察官の方達が沢山来たんです・・。


僕達、本当はこれからデートの一番良い所だったのに・・。」


長い睫毛。アーモンド形の綺麗で澄んだ瞳。スッと通った鼻筋。キリッとした口元。


どれを取っても、黄金比率のような端正な顔。


そんな片桐君のイケメンフェイスが、私の至近距離2cmの所にあるのだ。


いつも、片桐君の事は遠くから眺めてるだけだった。


いざ近くに来たと思えば、他の女との武勇伝聞かされるだけ。


「こないだホテル行った女、マジ顔と巨乳ってだけで最悪だったわー。


風呂に入るにしても、服脱ぐ所から全部俺がやらないといけなくてさー。


俺は、オマエの召使いかっつーのぉー。


しかも、タバコ吸いすぎてマンコも臭くて勘弁してくれって思ったわー。


早く終わらせてぇーって思ったから、

途中から居留守使って行為の手前でボイコットしちまった。


ま、と言っても。

オマエの貧乳処女よりは、多分マシだけどな。」


「こないださぁー。


俺の事が好きだって告白して来た夏美って女がいたんだけどさぁ。


垢抜けた感じの可愛い子だったから、とりあえず一晩だけ寝たんだよねぇー。


そしたらさぁ。

その女が、マジ最悪で!


なんと一晩寝ただけなのにストーカー化して、俺の家の前で毎日待ってるんだけどぉー!


「てめぇ!何やってんだよ!マジ迷惑だから、本当辞めてくんない?」


って言うと「ひどい・・。あの時は、好きだよ・・肌スベスベやなぁ・・夏美可愛いよ・・って言ってくれたのに・・。」とか言ってくんの。


ばーか!

そんなもん、俺がお前とヤル為のお世辞みたいなもんだろーが。


豚足白豚みたいな足の褒め言葉、こっちは必死に探したんだっつーの!


ベットでの男の台詞なんて、マジにしてんじゃねーわって思ったわ!


しかも、親父の出社時といつも被るもんだから、「オマエっ!何やってんだっ!女の子を泣かせてぇぇ!」って、毎朝怒られる訳・・。ホント、迷惑・・。


でも、夏美はさぁ。

一応、見た目は垢抜けててオシャレな感じだったんだよねぇ。


まっ。お前みたいに、冴えない女よりはずっとマシだわな。」


そんな話を、片桐君から散々聞かされる。


親友のマリコからは、


「なんでそんな話、咲子にしてくるんだろうね。片桐、ホント最低。


咲子のこと、馬鹿にしてるとしか思えない!


いくらイケメンだからって。

そんな男を好きになるなんて勿体無いよ!


咲子。


もっと、自分を大事にしてくれる人を好きになりなよ。


そうしないと、幸せになれないよ!咲子という自分が可哀想だよ・・。

もっと、自分を大事にしなくっちゃ・・。」


と、いつも止められた。


それでもいい。

ただ、近くで貴方の顔が見れたなら。

話が出来たなら。って、思ってしまう私。

正直、片桐君を見てるだけで幸せなのだ。

ああ。今日も片桐君が、幸せそうに笑ってる。それを見てるだけで、私は幸せだ。


他にも、いくらでも男はいるのに。なのに。


どんなに沢山の男がいても、片桐君にしか目がいかないのだ。


この片思いが、苦しいのはわかってる・・。

わかってるけど・・。


だけど、そんな片桐君が。


今は、私だけを真っ直ぐ見つめてくれているのだ。

例え、警察官からの事情聴取から逃れる為の演技とはいえ・・。


こんな事は夢だろうか。


頬を抓ったらやっぱり痛くないのだろうか。

私の心臓の高まりが、大きく鳴って止まらない。


こんな風に突然なるなんて、まさか想像してなかったから。ああ。どうしよう。


どうやってリアクション取ったらいいの?


出川哲朗みたいに「ヤバいよヤバいよ」って言ったら駄目?


ずっと、このまま時が止まってくれたらいい。そのまま永遠に、この状態のまま年を取って死んでもいい。


片桐君・・。

貴方の性格が、ヤリチンで最低最悪クズ男ってわかってるけど・・。


それでも、どうしようもなく。

片桐君が好きだ。好きだ。好きだ。

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