エピソード・ゼロ 友達

「こんな風にね、平べったい石を選ぶんだ」


 結局のところ、ディアナの無茶苦茶な怪力は僕らを驚かせはしたのだけれど、そもそも竜種なんだから力が強いのは当然だよね、ということで、びっくりした後は失敗してしょげている彼女に正しい水切りの遊び方を教えることになった。

 もちろん教えるのは一番上手いと認定された僕の役割だ。


「ん!」


 ディアナはとてもうれしそうに僕の言葉に熱心に耳を傾けてくれて、神話級に有名な竜人の子にものを教えているという事実に僕は少し興奮気味だった。


 竜人、竜種が珍しいというのは、彼らが同じ種族だけで固まってコミュニティを作るタイプの種族だからだ。

 このタイプの種族は年々衰退する傾向にある、と、僕達は授業で習っていた。

 その衰退例の一つに出て来たのが竜種なのだ。

 もう一つ蝶の羽を持つ蝶人という種族の話も聞いて、それが衝撃的な内容だったこともその授業が印象的だった理由だろう。


 蝶人は森の奥にひっそりと暮らす種族だったのだけど、ある時、季節ごとに訪れる行商人が彼らの集落を訪れたら集落に人影は無く、家々にはミイラ化した死体が残っていたという話だ。

 この話は世界史の中に真っ赤な文字で色濃く残された種族滅亡の記録として必ず小等部の社会科で習う。

 授業中泣き出す子や夜に夢に見る子もいてとても怖い内容だけど、頭のやわらかい頃に知っておくべき内容だと大人たちは判断したのだ。

 彼らが滅んだ理由はその後の調査で流行り病のせいだとわかった。

 多様性を持たない閉鎖的な種族は簡単に滅んでしまう。

 この一つの種族の滅亡の歴史は、その後の多種族社会の大きな原動力になったと言われている。


 そしてそんな流れの中でもまだまだ単一種族のみで固まっている種族はいて、その代表的な種族が竜種だった。

 竜種は幻想種族と言って、獣族とはまた違う成り立ちの種族だ。

 言葉は似ているけど幻想種とは違う。ややっこしいよね。

 この辺りは長くなるので、とりあえず竜種というのはとんでもなく強い種族であることだけわかっていればいいだろう。

 その拳は山を砕くとすら言われているのが竜族なのだ。

 だからどんなに小さくても強いのは当たり前なのである。

 子ども達にとっては特別であるというのは尊敬の理由になるし、わかりやすい力というのも憧れだ。

 そういう訳で、殴っただけで僕達全員をぶっ殺すことも出来たであろうディアナを僕達は歓迎した。


「んで、フォームは出来るだけ低く構えるんだ、石を投げる位置はなるべく水面に近いほうがいい。水を掬い上げるような感じって言ったらわかる?」

「ん、ん!」


 コミュニケーションの取り方が不器用なのか、単に言葉を操るのが苦手なのか、ディアナとの会話は大体極端に短かった。

 しかし、彼女の嬉しそうな様子は明らかだったので、僕はかねがね満足して彼女にGOサインを出す。


「あ、投げる時は力を抜いて投げるんだ。力が強すぎるとうっかりすると地面をえぐっちゃうからね」

「わかった。難しいけど、やる」


 ディアナ程ではないけど、獣族にも力の強い子はいて、うっかり物を壊さないように力加減を求められることが多い。

 多種族社会で暮らすにはその辺も慣れておく必要がある。


 シュッと風を切る音がしてすごい勢いで水面を石が飛んでいった。

 ほとんど跳ねることなくひたすら水面と平行にまっすぐ飛んで、向こう岸の堤防にぶつかって止まる。

 ……よかった、堤防に穴は開いてないっぽい。

 僕はそこに安堵した。


「う~っ」


 それはそれですごい遠投だったが、ディアナ的には失敗だったのだろう、不満一杯の顔でディアナは唸った。


「あ~、惜しかったね。でもほら、一回水面をかすめたじゃないか、もうちょっとだよ」

「ん」


 僕が励ますとディアナは少しだけ気持ちを戻したらしい。

 再び決意に燃えた目をして石を選んだ。

 そんな風に僕らは仲良くなって、いつの間にか友達になっていた。

 子どもの頃の友達なんてそんな感じで増えるものだよね。


 そして夕方になるとディアナはまた飛んでどこかへと帰って行った。

 明日も河原で遊ぶ約束を僕らは交わしてさよならを言ったけれど、彼女がどこに住んでいるとかは誰も別に聞いたりはしない。

 誰も思い付かなかったというのが正しいだろう。


 暗くなって家に帰った僕はその日の出来事を日記に記した。

 後々、彼女との出会いを鮮明に思い出せるのはこの日記のおかげだったのかもしれない。

 その日両親は仕事が大詰めということで都市部に泊まり込んでいた。

 うちの両親の仕事は建築関係だったので、そういうことはよくあって、そんな日は暇を持て余していつもより詳細に日記を書いてしまうのが常だった。

 大人は都市部で仕事をして、子供は郊外の家で生活するというのはごく一般的なこの国の標準家庭の在り方なので、特別寂しいということもない。


 日記を付け終わった僕はいつものように大型の映像投影器テレビジョンを起動してニュースを観たり、バラエティ番組を観たりしながら学校の友達と会話チャットをした。

 その時、シラユキちゃんが僕に聞いた。


『イッキくん、あの子にチャット番号教えた?』


 シラユキちゃんと言うのは真っ白なふわっふわの毛並みの猫種の女の子で、僕らの仲間の一人だ。

 おとなしいおっとりした子で、本名は夢見ゆめみ芽衣めいと言う。


『あ!』


 そう言えばまだ教えていなかったなと僕は思った。


『おともだちになったんだから、そういうのよくないと思う。先生が言ってたよね、仲間はずれは駄目だって』


 おっとりしているけれど、シラユキちゃんは間違ったことが嫌いだ。

 僕のヘマを的確に指摘して来た。


『まーまーイッキくんだって悪気があった訳じゃないよ。いつも肝心なことは抜けてるもん』


 擁護しているようで更に僕に厳しい発言をしているのは石谷いしやめぐみ、メグと呼ばれている少女だ。


『また明日会うんだし、その時に教えるよ』

『うん、そうしてね』


 と言う訳で女子達の厳しい目もあって、次の日にまた遊びに来たディアナに、僕はチャット番号を教えようとしたのだけど……。


「チャットってなに?」


 と怪訝な顔をされてしまった。

 聞くと彼女の住んでいる所には広域回線ネットが無いということだった。


「え? ってことは国外から来てるの?」

「ん」


 ネットは文字通りこの国を覆うガードシステムの名前で、それに通信を乗せて国民はフリーに利用している。

 映像情報はテレビで観れるし、音楽も楽しめて、ゲームだって出来るのだ。

 それが無い生活なんて考えたことも無かった。


「じゃあやっぱりディアナは竜種の集落から来てるんだ」

「ん」


 僕達の暮らしている街は東部の茜崎地区という住居用の郊外都市なんだけど、大陸の中央寄りにある大きな国、「幸なる国」の東の端っこ近くにある。

 端っこ近くと言っても国境沿いには貿易都市の「東部竜水門」があってここは結構大きな都市だ。

 それより東はとても高い山が連なる竜峰連山があって、この山沿いに国境線があると聞いていた。


「山から来た」


 ディアナはそう答えた。


「山って竜峰の山?」

「名前は知らない」


 口にしてみて気づいたけど、竜種の集落があるからこの名前になったんじゃないかな? 竜峰山って。


「そっか、じゃあ家にいる時には連絡取れないんだ」

「ん」


 ディアナがしょんぼりしてしまったのを見て、僕は慌てた。

 まだ知り合って二日だけど、すっかり僕はディアナが好きになっていた。

 いや、好きと言っても友達としての好きであって、まだまだ恋愛的な意味は無かったけど、とにかく彼女が気に入っていたのだ。


「じゃあ、聖堂に行こうよ」


 まだ時間も早いこともあって、僕はそう提案した。

 そろそろ風も冷たくなって来ていて、友人達も賛成する。


「?」


 ディアナはなにがじゃあなのかわからないという顔をしていた。


「聖堂はディアナの所にもあるよね?」


 これで無いと言われたらお手上げだ。

 基本的に神様を祀る聖堂は、管理している組織は違っても世界中の人が住む所ならどこにでもある場所のはずだった。

 少なくとも僕達はそう習っていた。


「ん」


 よかった。

 さすがの希少種族でも、神様に対する気持ちは一緒らしいと、僕はホッとした。


「ならさ、何かあったら聖堂に伝言を頼めば伝わるよ。竜人に他にディアナっている?」

「いない」

「じゃあ竜人の集落のディアナで伝わるよね。僕は茜崎地区の逸水樹希。ええっと、メモして渡すよ」


 僕は学校の勉強用のカバンからノートを引っ張り出すと、その白紙のページを破って僕の住所と名前を記した。

 それを受け取ったディアナは嬉しそうに目をキラキラさせる。


「ね、これってこれって」

「ん?」


 ぴょんぴょん跳ねながら、そして羽をパタパタさせながら、ディアナは僕に聞いた。

 僕はついうっかりその羽に目が釘付けになってしまう。

 ディアナの羽ってすごく格好いい。僕はその思いで彼女に見惚れた。

 鳥のような翼もきれいで格好いいけど、ディアナの竜人の羽はシャープで硬質でキラキラしてて、すごく格好良かったのだ。


「友達ってこと? イッキと私、友達?」

「ん? ああ、もちろんさ。もう僕達友達だろ」

「やった! 友達! イッキも、ええっと、みんなも友達?」

「おう」「うん」「ええ」「そういうことね」


 そもそももう昨日の時点で友達気分だった僕達は嬉しそうなディアナに全員で頷いてみせた。


 後々思い出してみて不思議だったのが、この時、連絡先を交換したのが僕とディアナだけだったことだ。

 みんなもディアナとは友達であると思っていたし、竜人だからという偏見も無かったはずだ。

 それなのにみんなはディアナのことは僕担当と決めていたフシがあった。


 ……今度かっちゃん辺りに理由を聞いてみよう。

 まぁ僕に今度があればの話だけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る