第3話 中編

 私と彼は幼なじみだった。

 といっても、家が近かったわけじゃなく、単に保育園からずっと一緒だったってだけ。

 でも、何故か私達はウマが合って、彼とは高校生になっても仲が良かった。

 高校も同じで、クラスも一緒になった。

 それを周囲に話すと「おしどり夫婦」なんて冷やかされたけど、私達はそんな関係じゃない。

 そんな関係じゃなかったけど……私は彼のことが好きだった。


朱里じゅり、おはよう!」


 毎朝、通学途中に会うと必ず私に挨拶をしてくれる。

 挨拶なんて当たり前だとは思うけど、それだけで私は嬉しかった。

 彼の笑顔を毎朝見れるのが、何より嬉しかったんだ。


「おはよう、蒼太そうた。今日も元気だね」

「元気だけが取り柄だからな!」

「元気だけって、他にもあるでしょ。多分」

「多分ってひどくね?」


 そんな他愛もない会話をしながら、一緒に登校する。

 下校する時も途中まで一緒に帰っている。

 そんな毎日が何より幸せで、大好きだった。

 そんな幸せを壊したくなくて、私は今までずっと彼への想いを隠してきた。

 でも、私は遂に、告白する決心をした。

 私達は今高校二年生。

 来年には大学受験で恋愛ごとにうつつを抜かしている暇なんてなくなるだろう。

 そして、その後は別々の道を歩むことになる。

 大学も一緒とは限らないし、違っててもまた会えるなんて保証も無い。

 これからもずっと一緒にいたいなら、告白するしかない。

 ……でも、決心したはいいけど、肝心の告白するタイミングがわからなかった。

 今更「好きだ」と伝えるのが辛いのもあるけど、タイミングを間違えるとふざけて言っているのだと思われるかもしれない。

 どうしようかと悩んでいる時、少女漫画でヒロインがクリスマスの日に手編みのマフラーをプレゼントしているシーンを読んだ。

 なんてベタなんだと思ったけど、同時に「これだ!」とも思った。

 手編みのマフラーを編んで、彼への想いと共に渡す。

 クリスマスの日に雰囲気のある場所でそれを手渡したら、流石の彼でも本当だと思ってくれるはず。

 そんなことを考えて、私はこっそりマフラーを編み始めた。

 初めての編み物だったから、何度も失敗してはやり直してを繰り返した。

 約一年かけて何とか完成させたマフラーは、お世辞にも上手とは言えないものになってしまった。

 だけど、もうクリスマス目前で、やり直すのは難しい。

 ……ま、まあ、ちょっと解れてるだけで目立たないし、いいでしょ別に。愛情は篭ってるから。見た目じゃないから。

 そう自分に言い聞かせて、私はクリスマス当日を迎えた。

 イルミネーションを見に行こうと誘って、彼とクリスマスに会う約束を取り付けた。

 今日この日まで、何度も渡す時のシミュレーションをした。

 ――大丈夫、大丈夫……。

 彼が来るまで、呪文のように心の中でそう唱えた。

 遅刻してきた彼がやって来ると、私の心臓が壊れそうなほど早い鼓動を刻む。


「やっ! 見事なホワイトクリスマスだな!」


 いつもと変わらない笑顔。

 私が何を思ってイルミネーションを見に行こうと誘ったかなんて、微塵も考えていないんだろう。

 そんな彼と、私はイルミネーションを見て回る。

 彼と会話を楽しみ振りをしつつ、タイミングをうかがう。

 ――今かな? いや、まだダメだ……。

 ずっとタイミングをうかがっていたせいで、気がつけばこのイルミネーションイベントの目玉である巨大なクリスマスツリーの前にいた。


「うぉぉ、すっげー! やっぱ近くで見た方が迫力もあって綺麗だな!」

「そ、そうだね……」


 ツリーを見て興奮する彼とは裏腹に、私は焦っていた。

 きっと、このタイミングを逃すともう二度と渡せない。

 どうやって渡そうと思ってたんだっけ?

 ああ、何度もシミュレーションしたのに……!


「おい、朱里? 大丈夫か?」

「えっ!?」

「なんか、さっきからボーッとしてる気がするんだけど、具合でも悪いのか?」


 彼の綺麗な瞳が私を覗き込む。

 その瞬間、私の緊張がピークに達した。


「こ、ここ、これっ!」


 色々と渡す時のことを考えていたのに、それを忘れて、私はカバンの中からラッピングしたマフラーを取りだした。

 彼は目を瞬かせて、それを受け取った。


「これ、もしかしてクリスマスプレゼント?」

「……うん」

「開けていい?」

「むしろ、開けてくれないと困るんだけど」


 彼は器用な方じゃないのに、ラッピングを綺麗に剥がそうとしているためか、開けるのがちょっともたついている。

 痺れを切らしそうになったけど、押し留まって彼が開けるのを待った。

 ようやく開かれた袋から、彼がマフラーを取り出して広げた。


「……おお、マフラーだ」


 彼はそう言うと、しげしげとマフラーを眺め始めた。

 待って、あんまりジロジロ見ないで。

 ああ、そことか、めっちゃ縫い目が変になった所なのに……!


「ちょうど新しいマフラー欲しかったんだよね。ありがとう、朱里!」


 ニヘッと笑う彼。

 でも、それ以上の感想はなかった。

 もしかして……気づいてない?

 え、あんなにじっくり見てたのに、糸のほつれとかわかんないもんなの?

 鈍すぎて気づかないとか、酷すぎない?

 私の口から手作りだって言うのは恥ずかしいし……。

 あ、彼が袋の中にマフラー戻そうとしてる!


「――待って!」

「うわっ!?」


 私は彼の手を掴んだ。

 危うく、彼の手からマフラーが落ちそうになる。


「あっぶな。せっかくのプレゼント落としそうになったじゃないか」

「ご、ごめん。でも、まだしまってほしくないんだ」


 私は一つ深呼吸して、思い切って告げた。


「それね……手作り、なの」

「へ?」

「だ、だから、あんたのために縫ったの!」


 うう、言ってしまった……。

 私はどんどん熱くなる顔を隠すように下を向いた。


「俺のために……?」

「……うん」


 私が返事をすると、彼は黙り込んでしまった。

 どうしよう……重い女だって思われたかな?

 彼にドン引きされて、敬遠されたら……。


「……朱里。どう?」

「え?」


 顔を上げると、そこには私の下手くそなマフラーを身につけた彼がいた。


「まさか朱里がこんなプレゼント用意してくれてるとは思わなかった。本当にすっげー嬉しい」


 彼が優しくマフラーを撫でる。


「でも、先越されちゃったな」

「え?」


 彼はカバンの中から可愛らしくラッピングされた袋を取り出した。


「開けてみて」


 彼がそう言うので、差し出されたそれを受け取り、丁寧にラッピングを剥がす。

 すると、その下から現れたのは。


「……赤い、マフラー」

「朱里に似合うなって思って買ったんだ。その……もし良かったら、俺に巻かせてくれない?」

「……う、うん」


 私は首振り人形のようにコクコクと頷いた。

 彼は私からマフラーを受け取ると、優しく私の首にマフラーを巻いた。

 私が作ったものよりも断然綺麗なそれと、私の顔は同じ色になっているに違いない。


「どう……かな?」

「……すげー似合ってるよ。可愛い」

「ちょっと、からかわないで」

「からかってなんかない」


 彼が私の肩を掴み、ぐいっと顔を近づけてくる。

 いつになく真面目な顔をする彼に、私の心臓は大きく跳ね上がる。


「俺、朱里のこと、本気で可愛いと思ってる。こんなに可愛い子と幼なじみだなんて信じられないくらいに」

「ちょ、何を言って……」

「好きだ」


 驚いて彼の顔を見つめると、彼は真っ赤になっていた。

 決して首に巻いたマフラーによって温められたからでは無い。

 明らかに感情の昂りから来ているその表情に、心拍数がどんどん上昇する。


「ずっと昔から、朱里のことが好きだった。手作りのマフラーもらえてすげー嬉しいし、今日こうやって誘われた時も実は『もしかして……』なんて期待してた」

「じゃあ、なんであんな反応を?」

「それは……その、何となく恥ずかしくて」

「私の方が恥ずかしかったわよ! 折角色々考えながらずっと準備して、嫌われたらどうしようとかめちゃくちゃ悩んでたのに!」

「ご、ごめん」


 彼は申し訳なさそうな顔をしたけど、ふと何かに気づいて目を瞬かせた。


「あれ、もしかして朱里も俺のこと……?」

「……何よ。女の口から言わせるつもり?」


 どうしてここで素直に「好き」って言えないんだ私は!

 でも、その言葉で彼が不機嫌になることはなかった。

 むしろ、少し嬉しそうに見えた。


「そうだね。ここは男がちゃんと言わないと」


 彼はそう言うと、改まって私を正面に見据えた。


「好きです。俺と付き合ってください」


 ペコッと腰を折り、手を差し出す彼。

 少々ふざけているようにも見えるけど、これは照れ隠しみたいなものなんだろう。

 その証拠に、彼の耳は真っ赤だ。

 それが寒さのせいでないのは、もうわかっている。


「……はい。こちらこそよろしくお願いします」


 思わず口をついて出そうになったからかう言葉を全て飲み込み、私はそう言って彼の手を握った。

 ゆっくりと顔を上げた彼はやっぱり真っ赤になっていて、でも、私の顔も同じくらい赤いんだろうなと思った。

 しばらく二人で向かい合ったまま手を握っていたけど、どちらからともなく笑い出した。


「はは、クラスの奴らにまたからかわれるネタが増えたな」

「ホントにね。誰かさんが意気地無しだったせいで」

「なんだよそれ」

「冗談だって。私はこうやってちゃんと想いが通じあっただけで嬉しいよ」


 私が握っていた彼の手を離すと、彼はもう一方の手で私の手を握った。

 握った、というか、恋人繋ぎをされた。


「へ!?」

「別に恋人同士になったんだから問題ないだろ?」

「そりゃあ、そうだけど……」

「まだイルミネーション終了までは時間があるし、もう少し見て回らないか? まあ、朱里が疲れたって言うなら、そこら辺のカフェとかで休んでもいいけど」


 それは暗に、まだ私と一緒にいたいと言っていた。

 私も同じ気持ちだったので、断るなんてことはしない。


「ん……そうだね。私は疲れてないから、もう少し見て回ろうよ」


 私はそう言って、恋人繋ぎしている手に力を入れる。

 驚いたけど、恋人繋ぎが嫌なわけじゃない。

 むしろ、ずっとこうしていたいと思った。

 そうして、私達はまたイルミネーションを見て回っていたのだった。




 それが、あんな悲劇に繋がるとは知らずに。

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