episode6 I want to protect you

16 I want to protect you(1)

 ワイアットがレガリアの聖戦士として登録されてから一ヶ月が経過した。地上都市レガリアの四階にある聖戦士の個室。そこで一人暮らしを始めてからも一ヶ月が経過した。今ではすっかり生活に慣れている。


 ワイアットの朝は、起床後に一時間の日課をこなすことから始まる。その日課は、波動を使いこなすためにとかつて聖戦士ルーイに教わった言葉を復唱すること。


「ウィンド、風。フレイム、炎。サンダー、雷。アイス、氷……」


 その言葉と共に波動機の黒いボタンを押せば、言葉に対応した属性のエネルギーが発動される。この言葉を覚え、具体的にイメージすることは波動の扱いの効率化に繋がるのだ。


 日課をこなすワイアットの両手には、指先のないグローブがはめられている。手の平の部分に赤い模様が描かれたそのグローブはかつてエイラから貰ったもの。波動を発動するために欠かせないもの。


 一ヶ月経過した今でも、ワイアットは素手での波動機の扱いはできなかった。グローブがないとエネルギーを手のひらに集めるイメージが出来ないのだ。そのため、今でもエイラから貰ったグローブを愛用している。


 ワイアットの自室には必要最低限のものしかない。クローゼットには何着かの軍服と普段着しか入っていない。部屋に私物らしきものはほとんど無いし、あるのは聖戦士としての活動に必要なものばかり。


 ワイアットは身一つでこのレガリアに運ばれた。そのため、昔の所有物は何一つない。現在部屋にある衣類や家具の類だって自分で選んだものではない。クレアが必要だからと見繕って与えたものか、アリアンという組織共通で支給されているものだ。


 普段なら日課を終えると食堂に向かい朝食を取る。だがこの日は違った。朝食の前に野暮用が出来たからだ。それは、鈴のような音から始まった。


 鈴のような音はベッドの枕元から鳴っていた。音の正体は小型化された簡易通話機器、通称フォン。文字通り通話のために作られた機械で、薄い長方形の形をしている。地上都市では誰もがこのフォンを通じて連絡を行う。


 ワイアットは慣れた手つきでフォンの操作を行う。その小さな画面には発信者の名前とその番号が、簡易的な黒いドット文字で表記されている。発信者を見るとすぐにフォンのスピーカーに耳を当てた。


「もしもし?」

「やぁ、ワイアット。朝早くに申し訳ないんだけど、朝食を終えたらエイラと一緒に支部長室に来てくれるかい?」

「任務、だよね。了解」


 ワイアットに連絡してきたのは地上都市レガリアのトップにしてアリアンレガリア支部の支部長、クレア。彼はワイアット達が起きて朝食を食べる時間にはすでに仕事を始めている。その一つが聖戦士への任務の依頼だ。


 任務の連絡を受けたワイアットはすぐさま、さほど荷物のない部屋で身支度を整える。初任務の時はクレアが用意してくれていた専用のカバンに必要なものを詰め込むのだ。これは聖戦士の義務になる。


 外の世界は広い。一度迷えば何日も外で野宿することになる。ワイアットはこの一ヶ月の間に、そういった聖戦士の過酷さを身につけた。だからこそ、身支度の時から顔つきが真剣だ。


「食料とかは食堂の人にもらうとして。地図と方位磁石は必須でしょ。換えの軍服は入れてあるし、波動靴の部品は……」


 この一ヶ月で学んだこと。それは聖戦士としての経験やルールだけではない。任務のために自分なりに装備品を改良すること、波動機や波動靴を自力で簡単に修理すること。そういった実践的なことも身につけた。


 今のワイアットが任務に持参するのは波動機などの必須装備の他に大きく三つ。食料などの入った大きめのウエストポーチと、修理道具の入った二つのレッグポーチ。波動機である輪刀は専用のベルトで背負うことにしている。


 身支度を整えるワイアットの部屋に、再び鈴のような音が響く。フォンが誰かからの着信を告げているのだ。慌ててスピーカーに耳を近付けて着信に応じる。


「ねぇ、ワイアット。支部長から電話きた? 支部長からさっき電話があって、今回の任務は――」

「落ち着いてよ、エイラ。言いたいことはわかるけど。とりあえず落ち着こう。で、本題は何?」

「十時にワイアットと一緒に来るよう言われたの。だから、その……よかったら朝食、一緒に食べない? どうせ一緒に行くなら一緒に朝食食べた方が早いかなって」


 フォン越しのエイラの申し出。それを断る理由もない。ワイアットはすぐさま言葉を返すと、身支度のスピードを上げた。


 支部長室に呼び出された二人の聖戦士。一人雪のように白い髪をハーフアップにしたワイアット。もう一人はエメラルドブルーの巻き髪をポニーテールにしたエイラ。二人は話を聞くと全く同じリアクションを見せた。


 ワイアットの血のように赤い目が目の前の人物を睨む。エイラの宝石のように綺麗なアメジスト色の目も、目の前の人物を睨みつける。二人の眼差しに威圧され、話を切り出した人物の顔が曇る。


「ルー君を助けに?」

「ルーイさんを助けに?」


 ワイアットとエイラの声が見事なまでに重なる。たった今目の前の人物――支部長クレアから告げられた任務の内容が、耳を疑うような内容だったから。


「そう。正確にはルーイの援護、になるんだけどさ。本人から連絡があったんだよ。ちょっと厄介なエアでね、一人じゃ討伐は無理なんだよ。しかも、一緒にいた聖戦士達は皆死んでしまったらしい」

「し、ぬ?」

「そう、死んだ。君たちには大量にあるであろうエアの死骸と聖戦士の遺体、そして死んだ聖戦士の波動機。この三つの回収を頼みたい。こっちも、間に合えばまた人を送る」


 クレアの口から淡々と紡がれるは主要戦力である聖戦士の死。生き残っているのは、ワイアットに波動機の扱い方を教えた聖戦士ルーイただ一人。それが何を意味するのか、二人は瞬時に理解した。


 それほど過酷な環境なのだ。クレアの話からルーイがエイラと同じ隊長クラスの聖戦士であるとわかる。つまり、隊長クラスでないと生き残れない、油断の出来ない戦場だということ。


「私はわかります。でも、何故ワイアットも? ワイアットはまだ、隊員クラスですよね?」

「うん。でも、この一ヶ月で急成長した。今、隊長クラスに一番近い。そう判断したんだよ。ワイアットは、元々聖戦士だから、ね」


 クレアが些細ながら触れたのはワイアットの昔。今回はワイアットではなく必要な人材を優先したようだ。この決断からクレアの覚悟が伺える。


「ワイアットは、記憶を思い出したいんだよね。なら……僕も、覚悟を決める。死ぬかもしれないけど、それでも――」

「行くよ。それに僕は、ルー君に会いたい。なんでだろうね。ルー君のことが、頭から離れないんだ」

「よし、決まりだ。準備は終えてるみたいだし、そのまま直行してくれ。レガリア西門から北西に進むと森がある。その森が問題の場所だ。合流は難しいかもしれないけれど……いや、何とかなるかもしれないな。ワイアット、よく聞いて。もし微かでもを捉えたら、迷わずそこを目指すんだ」


 クレアは場所を告げると、ワイアットに妙なアドバイスをする。エイラもワイアットもそのアドバイスに思わず首を傾げるがとりあえず承諾。そのまま、部屋に戻らずレガリアの西側の扉から目的地を目指すことになった。


 西門から外へ出るとそこには、東門と同じ光景が広がる。白みがかった黄土色の土で形成された平地だ。足場はレガリアから離れるに連れて緩やかに低くなっている。それはレガリアが高台に作られた地上都市だから。


 一歩レガリアから外に出れば、そこはもうエアが暮らす世界。空を見上げれば鳥の姿をしたエアがいるし、高台を降りた先には四足歩行のエアの姿が見える。だが地上都市内部と外の世界の一番の違いはそこではない。


 レガリア内部は機械の音、人の声、そして人々の生活音しか聞こえなかった。だが外の世界は違う。生活音は何一つしない。代わりに、エアの鳴き声や風の音、木々が揺れる音や水の流れる音、様々な自然の音がする。


 エイラとワイアットはすぐさま腕時計を模した方位磁針で方角を確認。目的地である北西にある森を目指して、さっそく移動を始める。ここまではいい。異変が起きたのは、移動を始めてから七分ほどが過ぎた時だった。


「ねぇ。さっきから変な音がしない?」

「どんな音?」

「なんて言うのかな。耳が痛くなりそうなくらい高い、キンキンした音が聞こえる」

「そんな音聞こえな――もしかして、支部長の言ってた物音ってそれかしら。ワイアット、音の方向に連れて行って」


 ワイアットが突然、音が聞こえると言い出した。しかしエイラの耳にはワイアットの言う音など聞こえない。ワイアットにしか聞こえないらしい、妙な物音。それこそがクレアの言っていた物音あった。


 ワイアットは自分にしか聞こえないことに疑問を感じながらも、とりあえず音のする方向を目指して走る。クレアの言われたことであり、それが最善だと本能的に感じたから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る