12 Nice to meet you(3)

 ワイアットがルーイに波動機の扱い方を学んでいる時のこと。地上都市レガリアの最上階人間る支部長室。そこでクレアとエイラの二人が話し込んでいる。話題はエイラが指導している聖戦士、ワイアットのこと。


「支部長、どういうことですか? 今日だけ私が指導から外れるなんて、納得できません。しかもたかが新人にあのルーイさんを使うなんて……おかしいです」

「ごめんね、もう決まったことなんだよ。ルーイのことだし明日にはエネルギー変換が完璧になってるはずだよ。だから明日には手合わせして動きを確認、一日休ませてからエアとの実戦に行ってもらう」


 エイラが苦情を言っているのは、指導員である自分以外の者がワイアットを指導しているから。だがクレアはそれに対して理由を説明しようとしない。いや、出来ないのだ。


 エイラはワイアットとルーイが人造聖戦士であることを知らない。特殊な波動機のことも、エネルギー変換の方法が異なることも。何も知らないし、なるべく教えるべきではない。


「その代わりと言っちゃ良くないかもなんだけどさ、エイラにお願いがあるんだよね」

「何ですか?」

「エアとの実戦の時なんだけど。ワイアットの変化に注意してほしい。変化というより異変、になるのかな」

「支部長、わかりにくいです。それに注意ってどこまでです? 危なそうなら気絶させていいとか、そういう異変の対応までやるんですか?」


 エイラの疑問はもっともだ。漠然と異変に注意しろと言われても、何をどうすればいいのかわからない。対処するにしてもどこまでが良くてどこからがダメなのかの基準を明確にする必要がある。


 今回エイラがワイアットの指導員に選ばれたのは、このようなエイラの慎重さを買われたこらだった。また、エイラはエアとの戦闘中でも自分より他人の命を優先することが出来た。


 クレアは言葉に詰まってしまう。それは、エイラの質問に対応する適切な答えを持ち合わせていないから。エアを目の前にしたワイアットがどうなるかなんて、誰にもわからないのだ。だからこその注意を依頼しているのだ。


 なかなか答えないクレアにさらに詰め寄ろうとするエイラ。彼女を止めたのは支部長室に響き渡るノック音だった。新たな訪問者はクレアが許可するより早く扉を開ける。


「あら、エイラもいたのね」


 支部長室に姿を見せたのは赤紫色のくせっ毛をした女医、シェリファ。その手には何枚かの紙が入った布の入れ物を持っている。エイラを見つけると「丁度いいわ」と小さく声を出した。


「エイラ、お願いがあるの。もうクレアから聞いたかもしれないんだけど……もしワイアットが我を失って好き勝手行動し始めたら、遠慮なく気絶させなさい。それと、自分の身を守ることを最優先になさい」


 クレアと違ってやけにハッキリと告げるシェリファ。その黒い目に迷いはない。エイラはシェリファの雰囲気に圧倒され、小さく頷く。疑問はあえてしない。


(理由を聞いてもどうせ教えてくれないものね。ワイアットに何があるって言うのよ。ルーイさんが指導ってだけでも特例なのに、今度は異変に気をつけろ? 支部長はワイアットに甘い。でもシェリファ先生がわざわざ言うなら、ワイアットの身に何かあったのは確実ね。そもそも突然聖戦士としてのリハビリなんて、ルーイさん達以来のことよ?)


 エイラは声には出せない気持ちを胸の中で吐き出す。エイラの疑問はこの世界に生きる者、特に聖戦士であれば誰もが抱くであろうもの。故に答えないクレア達に疑念を抱くのも無理はない。


 聖戦士は遺伝子操作、書き換えをされている。だがそれは生まれつきではない。エネルギー放出量を操作出来る能力を持った者が遺伝子編集のための手術を受け、リハビリを経てようやくエアと戦える身体を得るのだ。


 突然リハビリ室に現れて。その一ヵ月後には聖戦士としての訓練を始める。そんなワイアットは新しい聖戦士にしてはペースがおかしいのである。波動機も妙な形だし、クレア達がその事情を知っているようなのである。


「ねぇ、クレア。エイラには教えない? ワイアットを直接教えてるんだもの。違和感に気付かない方がおかしいわよ」


 エイラが無言で顔を歪めたまま俯いているのに気付いたのだろう。シェリファがクレアに告げる。一瞬、支部長室の中の時が止まった気がした。


 心臓は動いてる。呼吸する度に胸が動いてる。だが支部長室にいた三人は僅かな間、生存に必要なもの以外の全ての動きを止めた。それほどまでの衝撃が走ったのだ。最初に口火を切ったのはクレア。


「シェリファ、ダメだよ。それは――」

「クレア、エイラをよく見なさい。隠せないわよ。だいたい、この子は見ちゃってる。ワイアットのエネルギー変換のトラブルも、波動発動の手際の良さも、全部見てる。これ以上下手に言わないのは逆効果よ。現実を見なさい。あなた、一応支部長でしょ? こういう時にこそ決断しなさい!」


 シェリファの方が立場上はクレアの下である。が、シェリファはクレアに堂々と意見する。時に励まし時に叱り、クレアに決断を促す。それは二人の関係がただの部下上司でないからこそ出来ること。


 クレアはシェリファの言葉に小さく呻いた。人造聖戦士の情報はあまり公表すべきでない。だが普通の聖戦士でないこと、元々聖戦士であったこと程度なら伝えてもさほど問題にはならない。


「ワイアットに何かあるんですか?」

「……ワイアットは、元々聖戦士なんだよ。本人が覚えてないだけで、ね。ルーイ、ジーカウェン、ミュート、ティファニーの四人と一緒に戦ってた。そんな特殊な聖戦士なんだ」

「それって――」

「四人と同じで特注の波動機を持ってる。だからルーイに頼んだんだ。あの波動機の扱い方は四人にしかわからないからね。手術だって必要ない。必要なのは、聖戦士としての感覚を取り戻すことだった」

「どうして覚えてないんですか?」


 エイラの問いにクレアは言葉を返せない。その代わりにシェリファが言葉を紡ぐ。


「記憶喪失なの。二ヶ月半前に目覚めたばかりで、昔の記憶のほとんどが抜け落ちてるのよ。だから、四人と知り合いだったことも覚えてないの。さっき言った異変はその記憶喪失に関係してるわ。エアと戦うことで記憶を思い出すかもしれない。その時に倒れたりするかもしれない。そうなった時に、あなたに対処してほしいの」


 シェリファは人造聖戦士のことを隠して事情を簡潔に説明する。記憶喪失であるのは事実だ。記憶を思い出し始めてるのも事実。ただ、ワイアットの身体の作りが普通の聖戦士と違うだけで。


 シェリファの言葉を聞き、エイラはワイアットと初めて会った時のことを思い出す。リハビリ室で初めてあった時、彼は言ったのだ。


『なんで、そんな焦ってんのか気になった。ただ――それだけだよ』


 軍服を見ても聖戦士と分からなかった。なんでそこまで焦るのかと問うた。その時の彼は、エイラがなぜ他人のために必死なのかわからなかったのだろう。それが今なら痛いほどわかる。


『君は、リハビリの一つもまともに出来ないの?』


 リハビリ室でずっと見られることに違和感を感じて、最初にしたのは頬を叩くことだった。でも今ならわかる。記憶がないがために見知らぬことが気になりやすかったのだろう、と。


 リハビリ室では聖戦士のことを何も知らなかった。そんなワイアットが食堂では、まるでエイラの気持ちがわかるように人に説教をしていた。よく考えればおかしかったのだ。


 短時間でそこまで自分への認識が変わるはずがない。きっとあの時、何かのきっかけで聖戦士であったことを思い出したのだろう。そう考えれば全ての辻褄が会う。


「シェリファ先生、支部長。事情は把握しました。いざと言う時には対処します。それが、初対面でしたことの償いになるので」

「償い? エイラ、君はワイアットに何をしたんだい?」

「ちょっとリハビリ室でトラブルがあったのよ。ね、エイラ? もう終わったことだからクレアは気にしなくて大丈夫」

「ならいいんだけど。とりあえず、ワイアットのことをお願いするね」

「はい。任せてください、支部長!」


 クレアの言葉に素早く返事をするエイラ。そのアメジスト色の瞳はもう、迷いを映してはいなかった。エイラがお辞儀をすればエメラルドブルーの髪が揺れる。エイラを眺めるクレアの目は、エイラを通して別の誰かを見ているようだった。

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