一日目

―序章―


『昨日、あの有名な製薬会社「ミーミル」で爆発事故が発生しました』



 朝から物騒なニュースが各情報媒体を賑わせていた。


 比良坂市では今も警察のサイレンが鳴り響き、上空ではヘリが飛び回っている。なにせ事件の話題になっているミーミルの本社はこの比良坂町にあるからだ。


 少し町から離れた場所に大規模な敷地を持っているミーミルの施設が爆発事故を発生させて現在警察などが真相を調査中らしい。


(まっ俺には関係ないか――)


 荒木 将一は制服姿は携帯端末の画面を器用に片手で操作し、眼鏡のレンズ越しに深夜アニメを見ていた。今は朝の登校中の時間帯で少々周囲が騒がしいが制服姿の生徒がチラホラ見かける。


 行き先は皆大規模な学園、比良坂学園だ。

 小高い丘の上に建設され、何度かの改修工事を経て現在では他県からの生徒も受け入れている巨大な学び舎で学生寮や部活棟なども敷地内にある。

 

 設備が良い割にそこそこの学力があれば入れるので人気校の一つとして数えられており、比良坂町周辺の学園をほぼ吸収しきって現在に至る。

 こうなったのは少子高齢化社会による生徒の減少や拡大した学園のキャパシティを埋める為に幅広く生徒を受け入れているせいだろうが将一にとってはそんなの知った事ではない。真面目に勉強する方でもない将一からすればありがたい事だった。


『警察では比良坂市で起きている連続猟奇殺人事件との関連性を疑っており、調査を進めています』


 半ば盗み聞き状態で聞こえて来たニュースはそう締め括られた。


 連続猟奇殺人事件――通称ゾンビ事件の事を言っているのだろう。


 あまりにも凄惨な事件現場で内容は暈されているらしいが、インターネットの世界ではその情報は流出しており、何でも人間に食われる事件が起きてるとかなんとか。で、第三者が面白がって『実は製薬会社のミーミルがゾンビウイルスを作ってそれが漏れている』とかなんとかそんな噂が流れているが、将一は「昔のゾンビゲーかよ」とか思いつつ足を進めた


 海外でも似た様な事件があったが、あれは確かヤバいドラッグの影響だか何かが原因だった。


 今回の事件もそう言う現実的なオチなんだろうと思いながら(相変わらずの坂道だな――)と潮風に吹かれながら気だるげに歩を進める。


 小高い丘の上に建設されているため、坂道が続く通学路は文系の将一には堪える。小高い丘の上に学園を建設しているのは昔からだそうだが、地震大国の日本では津波対策の一環としての意味合いを持つ。


 緊急時には大規模な避難所としても機能する。特に過去に起きた震災で発生した津波によるあの大地震からより一層それに力を入れている節がある。噂ではシェルターの導入まで進めているらしい。なにせ比良坂町は海に面しているのだ。もしもあの東北を襲ったレベルの大地震が発生した場合、水没してまう可能性は大きいからだ。


「ここまでで良いですわ」


「かしこまりましたお嬢様」


 学園の正門まで辿り付き、丁度黒いリムジンが見えた。そこから執事がドアを明けるとそこからお嬢様が降り立つ。流石に縦ロールではないが金髪で気品漂い、美しく、そして気が強そうであんまり関わりたくない部類の綺麗なお嬢様だった。


 名前は城王院なんとかとか言ったが――相変わらず人生イージーモードそうで羨ましい限りだと思った。城王院の様ないいとこの育ちの学生もこの比良坂学園に通っているが、専用の校舎や設備が作られているため、顔を合わせる機会など滅多にない。また比良坂町全体がミーミルの影響を何らかを受けており、ここに通っている生徒にもミーミルの何らかの関係者は大勢いる。女王院も確かミーミルの重役の娘とかで他にもそう言う肩書の生徒が同じ設備に通っていた筈だ。


(……将来どうなるんだかな)


 ふと人生勝ち組の人間を見て進路希望調査の事を思い出す。


 将来。


 二年になった将一にとって無視できない言葉だ。


 今まではなんとなく生きて来た。


 趣味を仕事にして漫画家やラノベ作家、声優とか、はたまた自衛隊とか色々と考えたが結局そんな結論先延ばしにして大学に進学するんだろうなとか考えていた。


(……進学って埋めとくか)


 深く考えずにそうして置くことにした。


 どんな道に進むにしろ、何だかんだで学歴は大切な様に思える。保守的と言われたらそれまでだが自分の人生だ。博打を打つような生き方だけはしたくない。



 そうこうしているウチに教室に辿りついた。



「何か今日騒がしいよね」


「職員室で先生が集まって何か相談している」


「よく分からないけど自習らしいぜ」 


 自分のクラス、二年F組の教室は騒がしかった。


 教室の三階の窓からは町の全体が見えて発達した街並みや自衛隊の駐屯地、地平線に海も確認できる。ここは正門から真っすぐに歩けば辿りつける西校舎で、逆L字の東校舎は主に副教科のための施設が並んでいる。更に西側には体育館。他にもプールや食堂、学生寮、部室棟、そして成金専用の校舎まである。


(うん?)


 スマフォを見ると着信が鳴り響いた。画面には――【闇の使徒】と言うHNが表示されている。現在引き籠もり中の暗い雰囲気の少女だ。


(どうしたもんか・・・・・・)


 むかしほどではないが、何だかんだで学歴は重要だ。このまま引き籠もり続けると将来詰んでしまう。


 いっそ高校変えるぐらいの事も視野に入れておくように言っておいた方がいいかも知れないとか思いつつメールを開けた。


【今すぐ安全な場所に逃げて!! 大変な事になってる!!】


 との事だった。


(ジョークのたぐいは言わない性格のはずなんだがな……)


 闇の使徒さんとの付き合いは長い。ワザと中二病を演じているがバレバレな冗談は言わない性格だった。メールに動画のリンクが貼ってあるのに気が付く。それをクリックした。


(画像が荒いな……)


 たぶん誰かが携帯の撮影機能を使って動画サイトだが何だかにUPし、それを闇の使徒が拾ったのだろう。

 場所は住宅街の二階とかの室内から撮影しているんだろう。悲鳴やサイレンが鳴り響いていてとても耳障りだが信じられない光景だった。


「何だこれ――」 


 新しいゾンビ映画の撮影か何かだろうか。

 人体が血塗れで何処かしら体が欠損した人間達が女性を襲って食べていた。皮や臓器の類が血渋きと共に舞い散る。夜中の地上波映画じゃ絶対流せないグロいシーンだ。

 画質や暴力的シーン食われている女性の悲鳴と相俟って一気に気分が悪くなる。視界がぶれて頭がクラクラする。小説とかでよく言う頭から血の気が引いたとか言うたとえは今のこの状態を言うのかもしれない。


 結局最後まで動画を見ずに途中で目を離した。


「ちょっと、大丈夫ですか?」


「ああ、瞬か――」


 そこでクラスメイトに声が掛けられた。


 加々美 瞬だ。


 背が高く、身嗜みも整えていて、それでいて甘いマスクを被った優男と言った感じの風貌の男だ。何時もニコニコしていて何を考えているか分からない変な奴。だけど成績優秀でスポーツもできる。

 クラス内カーストでは間違いなく上位に位置していて自分とは全く違う正反対の属性ながら色々あって奇妙な縁が続いている。


「使徒さんからやたらグロイ動画が送られて来てな――たぶんC級ゾンビ映画の撮影か何かだろう」


「ゾンビ――ですか?」


 瞬が目を見開いた。


(珍しいな……瞬がこんな顔するのは――)


「それよりも早く学園から逃げてください。もうすぐここは――」


「ちょっ、何言ってんだ?」


 瞬とは何だかんだで結構長い付き合いをしていたが、必死の形相で肩を掴んで訴えかけてくる。何時もニコニコと笑みを崩さない奴だと思っていたが――


『感染者の存在を確認――比良坂学園は隔離されます――』


 なんの前触れもなく放送が鳴り響いた。


「遅かった!!」


「ちょ、どう言う事だ瞬!?」


 すると、あちこちでザワメキが広がり始める。


「見ろ!! 正門から何か出てるぞ!!」


 クラスの誰かの一声で、すかさず瞬と一緒に窓の方へ駆け出した。他のクラスメイトたちも同じ行動をする。


「何だありゃ……」 


 自分たちが入って来た学園の正門に戦車砲でも撃ち抜けなさそうな分厚い鉄の塊がせり出す。そして左右にも同じような分厚い鉄の塊が出て来た。校舎を覆う塀よりも高い――大体二階分ぐらいはあるだろう高さだ。それが延々と学園を取り囲むように出て来ている。


「――発射音?」


 何か重たい物を空気で押し出したかのような重低音が耳に響いた。白い線がミーミルの事件関係で空中を飛び回っていたヘリだろう――に直撃して爆発した。それも一つや二つじゃない。全てだ。この光景に皆言葉を失った。現実感がまるで無いのだ。何か映画の撮影でも見ているような気分だ。


「放送?」


 今度は何だと思いながら将一達は放送に耳を傾ける。


『こ、これより緊急集会を始めます!! 皆さん落ち着いて順序良く運動場へ――』


 続いて教室外から悲鳴が挙がり始めた。 


「キャー!!」


「な、なんだ――」


「うわぁあああ!! 何やってるんだ!?」


 そして放送も――


『うわ、な、なにをする、痛い痛い!! やめ、やめぇええええええええ――――』


 男性教員の断末魔と共に放送が途切れた。


「何よ!? 何が起きてるの!?」


「おいおい、まずいんじゃねえのか!?」


「警察に連絡しようよ――」


 二年F組の教室もパニックになって来た。瞬は顔を手で覆って何やら考え事をしていた。


「委員長!! どうすればいいんだ!?」


「こんな時にかぎって私に頼らないで!!」


 委員長の言う事ももっともである。


「――今直ぐ逃げて!! ここは危険だよ!!」


「先生――」



 するとF組の担任である合法ロリ教師「宮里 萌」先生が入って来た。どう見ても小学生ぐらいにしか見えないが立派な教師だ。マイナンバーカードや運転免許証が無ければ酒も飲めないとか愚痴ってる教師だ。


 ゼエゼエと息を切らしている。


「アァ〝――――」


 少し遅れて重低音の声と共に後ろのドアから聞こえてきた。


「とにかく逃げて!!」


 先生の必死の訴えに呼応するように奴は後ろのドアの窓ガラスを突き破って来た。偶々近くにいた女子生徒を青白い手で掴んで引き寄せ、白目で青白い肌の何かが首元へ歯を突き立てようと――


 ――そして乾いた銃声が鳴り響いた。


 何時の間にか瞬は手に銀色の銃を握り占めている。銃口から煙が立ち上がり、何故か排莢された薬莢が教室の床に転がる音がよく聞こえる。

 青白い人間は額から鮮血を撒き散らしながら倒れた。ナニかに噛まれかけていた女生徒は目を丸くして呆然としてその場に崩れ落ちた。


「いや、いや………いやぁああああああああああああああああああ!!」


 女生徒は自分の体に降り掛かった血を見て叫び声をあげた。  


 いったい何が起きているのか把握するのも間もなく、瞬が女生徒に駆け寄り、強引に扉から引き剥がす。

 遅れて青白い顔をした――見た覚えのある顔をした生徒がいる。目から生気は失っており、口元は真っ赤に染まり、制服は赤黒く染まっている。人体の一部が欠けていてとってもグロテスクだ。


「もう感染がここまで広まっているのか!!」


 瞬はすかさず銃を発砲する。


 将一はただ呆然と見ているだけしか出来なかった。皆、教室から逃げ出していく。あるいは教室の隅の方へ固まる。先生は落ち着くように行ったが無理だった。その間にもドンドン教室に何かが入り込んで来ている。


「私はここで引き付けます!! 皆さんは一先ず出来るだけ人気が少ない場所へと逃げて下さい!」  


「ッ!!」


 瞬は力の限り、大声でそう言いつつ予備のカートリッジを装填した。


 だが逃げると言う選択肢は何故だか思い浮かばなかった。


 そうすると昔の自分に逆戻りしたようで――


「こっちからも!!」


「チッ!!」


 反射的に将一は椅子を持って黒板側のドアから出て来た青白い何かの頭部に叩き付けた。グシャと言う音と共に何かが倒れ込む。それでも何かが起き上がって来ようとして――


「とにかく頭を狙ってください!! 脳に大きな損傷を与えれば倒せる筈です!!」  


「ッ!!」


 将一は躊躇いなく椅子を何度も何度も頭部目がけて振り落とした。やがて将一は肩で息をしながら痙攣している何かを見詰める。たぶん可愛らしいかったであろう女生徒のゾンビだった。もう顔がグシャグシャでどんな顔だったか分からない状態だ。


「皆さん、一緒についてくるですよ!! はぐれないように注意して――」


 萌先生の一言で皆おそるおそる動き出す。何故だか将一や瞬は率先して廊下へ出た。


「人間を食ってやがる――」


 闇の使徒から送られて来た画像通りの光景だ。人が人を食べている。食べ終えられたら生気を失い、立ち上がって次の無傷な人間を求めて彷徨い出す。


「まさか……ゾンビなのか……」


「そのまさかです――」


「ありえねえ。中学生の妄想が具現化したみたいだ……」


 その将一の愚痴に返事をするかのように呻き声が複数聞こえる。グロテスクな死者の群れだ。両手を突き出し、ノロノロと覚束ない足取りで口元から涎を垂らしながら此方に迫りくる。


「皆さんこっちへ!!」


 瞬が先導して銃を発砲する。


 チラッと他の教室も見たがそこはもうゾンビだらけの地獄絵図だった。 


 ともかく将一達は生きるために走り続けた。


【序章END】  

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