22話【嵐】

蒼亜、灯を除いたメンバーはNOAHの会議室に集まっていた。

雅と千尋は律の言葉に動揺したまま、ぼんやりと席に着いている。

そんな2人の様子を見て、因幡は端末を睨みつけながら言った。


「気にするな。誰からも恨まれない仕事なんて無い」

「NOAHも…恨まれるんだな」


ぽつりと千尋が言う。

NOAHは雅が加わる以前から、字持ちと人の間に立ち尽力してきた。だが、その裏にはも確かにいるのだ。


(あの当時、遠藤さんの先生を助けるには?どうすればもっといい結果で終われたの…?どうすれば…)

「雅、あまり考え過ぎるな。大丈夫だ」


因幡が大丈夫と言うと、なぜか大丈夫になったような気がする。雅は少しほっとした。

いつものように端末をこちらへ向け、因幡が言った。


「遠藤が言っていた言葉が気になって調べてみた」


端末の検索窓には『方舟 嵐』と入力されている。雅達はようやくディスプレイを覗き込んだ。その下に続くウェブサイトには、大手百科事典サイトのリンクが表示されていた。


「手っ取り早くこのサイトで見てみるが―」


リンクを踏み、因幡が言う。


「ノアの方舟」

「ああ、遠藤が例えに出したのはこの事だと思う。方舟は私達NOAH、そして…」

テンペストは遠藤…いや、遠藤が属する組織を指しているんだろう」

「…アイツの兄貴もテンペスト側か。やりずれぇだろうな」

「蒼亜なら大丈夫だ。それにまだ浅井紅麗の本心だって聞いていない」

「何かの間違いだといいけどなぁ」


先程と打って変わって黒宮はあくびをかみ殺しながらそう言うと、テーブルで大分ぬるくなったコーヒーを啜った。

空になったカップを壁に嵌め込まれたダストボックスに投げ入れ、長い前髪を弄りながら黒宮は言った。


「ま、今日は解散して、俺らで上に報告行っときますか」

「…そうだな。皆ご苦労だった―学生達はテスト間近なんだろう?学生の本分は勉強、義務教育と言えど全力で取り組んで欲しい」

「テスト終わるまでNOAH来なくていいってさー」


黒宮はさらに付け加えた。


「ひとまずこの件は保留になるだろうから、また別の任務来たらそっち頑張ろうな。下で寝てる2人にもよろしく。んじゃ、おつかれい」

「…班長は私なんだがなぁ。まあいいか、黒宮もこの班では年長組だからな」

「幼稚園児みたいな言い方。ちゅーりっぷ?それともたんぽぽ?」


黒宮が因幡をからかいながら、因幡は呆れつつも小さく笑いながら。二人は会議室を出ていった。

しんと静まる会議室に残された雅と千尋は何を話すでもなく二人はただ時間を共有し続けていた。その沈黙に耐えかねた雅が口を開く。


「…千尋くん」

「あ?なんだ?」

「私…守りたい。NOAHを―私達の居場所を」


「けど、怖くて…悔しい…」


唇をぐっと噛み締め、雅はよく磨かれたテーブルに映る自分を恨めしそうに睨みつけた。


「…人の為に字を使うのが、こんなに怖ぇことだって知らなかった」

「…助ける、って言葉は……こんなに重かったんだ…」


雅の言葉に、千尋は同意の視線を向けた。


「…本当は、誰かの為に動くのって誇らしい事のはずなのにね」

「何なんだろうな。この感じ…」


答えは出ない。二人はいくつかの呼吸を終え、蒼亜と灯の元へ向かうことにした。



*



NOAHの最上階に構えられた局長室。そこへ因幡と黒宮はやってきた。

電子キーを解除し、因幡は中にいるであろう彼に声を掛けた。


「失礼します。局長、よろしいですか?」

「うん、どうしたの」


NOAHの現局長、加賀聖は因幡と黒宮へ顔を向けた。背後の窓から夕刻の陽射しが三人を赤く照らしていた。

思わず因幡は目を細めた。


「遠藤律の件です」


聖はブラインドを下げ、因幡の続きを促した。


と仮称しておきます。―NOAHを脅かす存在が確認されました」

「…嵐…?」


聖はぴくりと眉を顰めた。


「規模はまだ分かんないっすけど、反社会的な字持ちが集まっているはずです」


黒宮が補足すると、聖は更に顔色を暗くしぽつりと呟いた。


「…ついに動き出したか」


聖は横に控えていた青年に声を掛けた。


燐司りんじ

「はい」


燐司と呼ばれた赤銅色の髪を持つ青年はあどけない顔つきをしていたが、局長である聖の側近で、その実力も相当らしい。


を使う」

「分かりました。もし失敗したらその時は―」

「僕に見る目が無かったって事だね。…いいよ、燐司に任せる」

「はい」


聖は彼に全幅の信頼を寄せている様だ。

燐司を下がらせると、聖は因幡達に向かって手短に返答した。


「二人共、報告ありがとう。ご苦労様」

「失礼します」

「はい、失礼します」


因幡と黒宮は局長室を出て顔を見合わせた。元々背の高い上にハイヒールを履いていることもあり、因幡は黒宮とほとんど同じ身長に見えた。

黒宮は因幡の背が高いことに対し、どこかの国とのハーフもしくはクォーターなのではないかと予想していた。それを遮るかのように因幡が口を開いた。


「…局長は何か知っている様子だったな。それに、カラスとは一体……」


上の事は上にしか分からないと割り切っている黒宮は既に先程の件について頭の端に追いやっていたため、不意に言われたことで少々返答に詰まった。

慌てて思考の中央へ引っ張り戻す。


「ん、そうっすね。俺はNOAHに後から来たんでよく分かんないけどあの人元の局長じゃないんでしょ?訳ありなんじゃないっすかね」

「局長の手腕…というか、冷静さはあの若さでは不自然な程だからな。―いや、すまない。あまり考えても仕方がないな」


二人は消化しきれないものを抱えながらエレベーターへ乗り込んだ。



*



「あの…灯ちゃん達は…」


雅と千尋の二人はもう何度も通った(本来は常連にならないのが望ましいが)医務室へやって来た。中にいる灯と蒼亜に気遣って小さな声で訊ねる。

医師はその気遣いに気付いているのかいないのか、普段とそう変わらない大きさで話した。


「ああ、二人ならもう起きているよ。灯くん、蒼亜くん、お迎え来たよ」

「はーい!」

「灯ちゃん!もう平気?」


灯は元気そうに言った。


「うん。特に怪我とかもしてなかったみたい」


そんなどことなく和やかな雰囲気を壊したのは千尋だった。


「青いの、お前なんでまた逃がした」

「…」

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