相互理解

 人類は戦場跡でいくつものサンプルを回収した。ネイバーの体組織はこれまで何度も回収され研究が行われてきたが、結果は芳しくなかった。彼らの肉体の構造は、地球の生命とそこまで大きな違いは見受けられない。だからこそわからないのだ。彼らのあの常識外れの強靭さや生命力、それらがどこから来るのか、どういう仕組みなのか、まったくもってわからなかった。

 彼だったものも人類に回収され、研究所へと運びこまれた。砲撃を受けながらもかろうじて原型をとどめた遺体は、身につけていたものの残骸から元は人間の兵士であったことがわかった。それは人類に大きな衝撃を与えた。人のようなネイバーのような奇妙な遺体。様々な方法で分析が行われ、確かにそれが元は人間であったことがわかった。変わり果てた姿でありながらも、遺伝子検査などの分析結果はそれが紛れもなく地球人類であることを示していた。消化器官の内容物から、ネイバーの肉を摂取していたこともわかった。

 ネイバーを食らえばネイバーの力を得られる。何一つ進展のなかったネイバー研究において、初めての成果だった。これを受け、早速実験が行われた。まずは動物実験だったが、これらはことごとく失敗に終わる。マウスやチンパンジーなど複数の動物を被験体としたが、いずれもネイバーの肉を摂取して間もなく死に至った。その死にざまはどれも尋常ならざるものであった。あるマウスは全身の穴という穴から体液を撒き散らして死んだ。あるチンパンジーは壁に自らの頭を何度も何度も激しく打ちつけて死んだ。

 またしても研究は行き詰った。残るは人体実験しかない。成功例、と言えるかは微妙なところだが、既に実例はあるのだ。どんなリスクがあろうと、人類には現状を打開できる何かが必要だった。

 実験は志望者を募って行われた。命の保証ができない以上、そうせざるを得なかった。しかし、少なくない被験者が集まった。皆、仲間の仇を取るため、自らや人類を守るため、勝たねばならない理由があった。

 満を持しての人体実験、その結果は凄惨を極めた。ある者はマウスと同じように、急激な変化に体が耐え切れずに自壊した。ある者は荒れ狂う感情に精神が耐え切れず狂死した。なんとか生きながらえた者も、廃人になるか、血に飢えて味方に襲いかかるかする者がほとんどだった。

 成功といえる者は全体の一割を切っていた。過酷な心身の異変を耐え抜き、ネイバーの力を手に入れた者……この新たな兵士達は、ネイバリアンと呼ばれた。


 こうして生まれたネイバリアン達は、驚異的な戦闘力でネイバーと互角以上に戦ってみせた。砲撃で遠距離からネイバーを吹き飛ばし、突破して接近してくる相手はネイバリアンが迎撃する。この兵達には、巨大な鉄塊のごとき大剣や戦槌が配備された。その有り余る膂力を活かすには、こういった原始的な武器の方が都合がよかった。開戦後初めて、人類はネイバー相手の有効な戦術を編み出し、ただ圧倒されるだけだった人類が逆にネイバー達を狩り立てていく。ついに勝利への道筋が見えた、そう思えた。

 しかし、問題もあった。ネイバリアンの不安定さだ。最初の変化を耐え切ればそれで終わり、というわけではなかったのだ。兵達の肉体と精神は、常に蝕まれ続けた。長く持ってせいぜい一か月、短ければ数日と持たずに死に至る。ただ死ぬだけならばまだマシだった。戦場で、あるいは基地内で、味方と思っていた兵が突然暴れ出すのだ。それもネイバーをも倒すほどの力で。

 様々なリスクを鑑みると、ネイバリアンを運用し続けるのは得策ではないのではないか、という意見もあったが、しかしそれでも人類はこれに頼らざるを得なかった。ネイバーは依然、その数を増やし続けていたからだ。そもそも、最初の封じこめに失敗したのが致命的だった。彼らは手始めに大都市の住民を食い尽くし、一気にその数を増やした。それからも、貪欲に兵と市民とを食らい続け、彼らは今も増え続けている。後手に回った人類は彼らに勢力圏を奪われ続け、少しずつ追いつめられていた。人類の軍事力も当然、無尽蔵ではない。交戦するたびに人員にも兵器にも大量の損失が出てしまう。通常の戦力では彼らの侵攻を留め続けるのは困難であった。追いつめられた人類は、ついには核兵器すら持ち出した。人類の持つ、最強最悪の兵器。その威力の前には、さしものネイバーもひとたまりもない。それは間違いではなかった。だが、遅すぎた。増え続け、広がり続けるネイバー全てを焼き尽くすなど、到底不可能だった。それこそ、人類と地球の全てをもろともに焼き尽くすつもりでもなければ……。

 結局人類は、ネイバリアンの危険性を考慮してもなお、これを使う必要があった。


 そうして痛ましい犠牲を出しながらも人類は奮戦し、ついにはネイバーの侵攻と拮抗することができた。だがそれも、ほんの一時のものに過ぎなかった。彼らも、ただ座して待っているだけではなかったのだ。当初彼らは、その卓越した身体能力で人類を圧倒していた。しかしそこに、戦略や戦術はない。ただただ突撃し、力任せに破壊する。それで十分だった。だがネイバリアンが投入され、人類が彼らと互角に戦えるようになると、彼らもまた戦い方を変えた。彼らは、武器を取ったのだ。戦場跡や、彼らに蹂躙された軍事基地、そこに放置されていた人類側の兵器を使用し始めた。素手でも人類を圧倒していただった彼らの脅威度が更に上がり、その上、統率の取れた戦闘行動を取り始めた。それまで個々でバラバラに動いていただけだった彼らが、連携し、援護しあいながら、さながら人類の軍隊のような戦い方をするようになった。再び、人類は彼らに翻弄された。武器を取り結束した彼らの前では、通常兵器とネイバリアンの連携でも対抗するのは困難だった。ネイバリアンも奮戦したが、所詮は多勢に無勢。ただ突撃してくるだけのネイバーならばさばくのは容易かったが、今の彼らはそうではない。ネイバリアンの危険性を知った彼らは、多数の連携で以って迅速に敵を殲滅した。対応が困難な超長距離からのミサイル攻撃や航空機による爆撃は焼け石に水だった。彼らを食い止めるべき前線の兵力はたちまち壊滅し、後方の基地や艦船もあっという間に壊滅させられてしまった。

 ただただ、無為な犠牲だけが積み重なっていった。やぶれかぶれで核を使い、味方ごとネイバーを焼き払った国が滅びた。起死回生を狙い、大量にネイバリアンを量産した国は、自らの生み出した兵達の暴走で滅びた。戦いで全ての軍事力を喪失した国は、何もできずに国民を食い尽くされて滅びた。人類はその数と勢力圏を減らし続け、ネイバーはどこまでも増えていく。

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