第4話すんばらしいスマイル

 木造造りの高い天井、石の床、広々といかにも集会所といった内装。

 間違いなく、ギルドの内装だった。それもよく知る『Noah』に似ていてマイホームのような安堵を与えてくれた。

 取り敢えずギルドが存在していたことに全員喜び、それぞれが観賞しだした。


ゼウス「まるで『Noah』だな」


 安心感が漏れた表情をするゼウスさんは、入口の柱を手で撫でる。

 この人のこんな顔は見たことない俺だが、ゼウスさんの心情的に考えることは理解できた。


ロイオ「まあ『Noah』してる最中だったから、その中に入ったってことかも……あくまで、仮説ですけど」


神隠しや念能力の類、という可能性しか考えられない。リアルに絶対起こらないと諦めていた奇跡の現象に未だ驚いているが、それを表に出して動揺すれば仲間内に広がり、全員の動きが鈍くなる。その光景は容易に想像できるからこそ、四人とも笑い、はしゃぎ、誤魔化しているのだろう。


山田「お、あそこが受付じゃね? なあねこね……っていねぇし!」


 山田の指差した方を見るなり、目を光らせたねこねこが一目散に駆けだしていた。

 宣言通り、美人のおねえさん目当てだ。

 …………ねこねこは素ではしゃいでる節があるけどな。アイツが羨ましい。


ゼウス「受付が美人、しかも女とは限らんだろうに……」


 ゼウスさんが呆れてため息交じりにツッコむ。

 それより、アイツが走るなんて、家にクモが出た時以来(半年ぶり)だ……。

 その驚きもあり、夢も希望もない現実主義な声なんて拾わない。

 シャットアウト!


ねこねこ「見てくるよ!」


ロイオ「あ、おい、ねこねこ!」


 遅れて声を出すアイツを一人にするのが不安だった俺は、その後を追う。まあ、かわいい弟分の面倒見るのも俺の役目だ。とかいいつつ、俺も美人な受付嬢を拝みたいだけだがな! これは本音だ!


***

 

 時間帯的なことなのか、列を成す人がほとんどいない。

 日の傾きからして、昼前。恐らく、クエストを受注するラッシュが過ぎたなり。次は帰宅ラッシュ的なやつが来るんだろう。

 三つある窓口の中でもねこねこが選んだのは、俺が見ても一番の美人さんだ。因みに後の二つはおばさんとフツメンのお姉さん。どうでもいいな。


ねこねこ「こんにちは、おねーさん」


美人さんは手に持っていた羽付きペンらしきもの(ハリ○タのアレ)を止めて、正面に現れたねこねこに焦点を合わせる。


顔は言わずもがな、整っていた。例えるならクール系年上美人といったところか。


 切り揃えられたショートカットの黒髪。はねやうねりは全くなく手入れが行き届いているのがわかる。OLのようなピシッとした姿勢はできる女という印象を与えて、若干の近寄りがたさがある。加えて二重のツリ目は威圧感があり、職場とかにいても話しかけにくい上司のような印象を受ける。


 しかし、見た目は無邪気な少年のねこねこに向けられた穏やかな微笑は、癒し効果でもあるのか、近くにいた俺まで癒されるほどだ。ギャップもあったが元の素材が良いからか。

 とにかく、美人の笑顔、すんごい。


ギルドのおねえさん「こんにちは。ぼく、どうしたの?」


 カウンターに両肘をついて顔を両手で支えるねこねこの視線は、お姉さんの顔しか見てない。このヤラしい目線に気付いていないのか、おねえさんは笑顔。


ねこねこ「ぼくたちね、今困ってるの。おねえさんに色々聞きたいんだけど……ダメ?」


 あー、出た。ねこねこの秘技・年上殺し『涙目上目遣い』。

 名前通りのネコ被りは、初対面の女の前でよくやってる。

 大抵の女性は、こいつの餌食になってしまうので俺が食べられる前にストップをかけるのだが……この人にその必要はないらしい。


ギルドのおねえさん「いいですよ」


 先程の笑顔とまったく同じだったからだ。ズキューンやドキッとした効果音も無ければ、頬が紅くなってたり、声が上擦ってたりしてない。

 パァーフェクトフェイクスマイル(完全無欠の社交辞令)。


ねこねこ「……あーうん。ありがとう。ロイオ、あとお願いね……」


ロイオ「お、おう……ねこねこ、大丈夫か? 随分、凹んでるな……」


ねこねこ「……ぼくになびかない女の人は、ゆりゆりかおじさん好きだから」


ロイオ「それは偏見だと思うぞ……で、おねえさん?」


 後ろで肩を落としているねこねこに代わり、俺がカウンターに片肘をつく。


ロイオ「俺たちは異世界から来た者なんですが、この世界ではどうやって生計を立てればいいんですか?」


 俺の言葉におねえさんは何かに気付いたようでハッとした顔になり、手を打った。


ギルドのおねえさん「ああ! もしかして、『Noah』から来たんですか?」


 この世界でその名前を聞くとは思わなかった俺は、驚きを隠せず目を見開く。

 ねこねこも後ろから俺の肩に驚愕顔を乗せている。


ロイオ「なっ……知ってるんですか?」


ギルドのおねえさん「はい。これにサインしてください」


 手渡されたのは、日本語で書かれた一枚の誓約書だった。


ギルドのおねえさん「サインをして、またいらしてください」


 彼女は四本のペンと四枚の誓約書を俺に手渡すと受付の奥に行ってしまう。


ねこねこ「おねーさん、なんで四枚もくれたんだろ?」


ロイオ「ああ……俺たち、四人で来たなんて一言も言ってないよな?」


 不思議なおねえさんを怪しみつつ、俺とねこねこは掲示板の前でガヤガヤと騒いでいる二人のところに向かった。

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