007

香港の観光名所の一つであるヒルサイド・エスカレーター。

高低差135メートル、全長約800メートルもある世界一長いエスカレーターとして有名な場所だ。

それだけでなく、その周辺には人気のレストランや昔ながらの喫茶店、雑貨屋やギャラリーなど、沢山の店で溢れている所でもあり、連日観光客等で賑わっている。


そんな場所に一人、サングラスをかけた日本人の男がいた。

男は、数メートル先を歩く中国人の男の後を追っているようだ。

人混みをかき分け、サングラス越しに中国人男性を凝視する。

見失わないよう、慎重に、気付かれずに……



「!」



神経を尖らせていた矢先、サングラス男のスマートフォンが鳴った。

どうやら電話のようだ。

集中力と緊張感が切れてしまったかのように、男は大きく溜息を吐く。

中国人男性から目を離さぬよう、革ジャンのポケットからスマートフォンを取り出し、応答ボタンを押すとそのまま耳に近づけた。


「…なんや?今仕事中…………」





《ーーーーーーーーーーーー。》





「……は?」



電話の相手は、もちろん知っている人物だったが…その相手の言葉に、男は酷く動揺した。

そして、スマートフォンを持っていない手で頭を抱えると、先程とは比べ物にならないくらいの盛大な溜息を吐いた。




「…うせやん…何でそないな面倒くさい事になっとんのや……………あーーわかった!行きゃええんやろ!ったく、やっと目ぇ付けてたターゲットが動き出したっちゅうのにもう……ほんで、今どこにおるんや。あの”馬鹿たれカモ”は!」










「まぁ座りな。お茶くらいは出してやるよ。」


情報屋のボス、ジジ=フォンファに連れられ、鴨居は事務所に招待された。

見張り役の巨漢男は何とも不服そうな顔をしていたが、ミスフォンファは至って涼しい顔で鴨居を出迎えた。

鴨居自信も、ここまですんなり事務所に入れてもらえるとは思ってもみなかった。

正直、拍子抜けしている程だ。


「…いえ、お構いな 「”女の出した茶と飯は、素直に貰うが男の嗜み”…。」

「…っ。」


そう発した彼女の目は、獲物を狙う蛇のように鋭かった。

鴨居は思わず、息を呑む。


「…つってね。遠慮する事ない。嘿、请提供一杯茶给他(ねぇ、彼にお茶を出してやりなさい)。」

「是的(はい)。」


ミスフォンファにそう命じられた部下は、そのまま部屋の奥へ向かった。




「…あれから2年か。随分といい男になったじゃないか、鴨居坊や。」


大きな革製のソファーに腰を掛け、ミスフォンファは嬉しそうにそう言った。


「…覚えていて下さったんですね、俺の事。」

「忘れる訳ないじゃないか………うちの組織に泥を塗った連中の一人だからね。」

「っ、」


冷たい目付きでそう言われ、鴨居は思わず背筋が伸びた。

そんな様子を見たミスフォンファは、思わず笑みを零す。


「……ふっ…ははははっ!冗談だよ。そんなに顔を強ばらせるな。」

「っ……いえ、貴女が腹を立てるのも無理は無い…俺達は、この業界で最もタブーな事を犯してしまった……この度は、本当に申し訳ありませんでした。」


そう言うと、鴨居はソファーに座ったまま深々と頭を下げた。


「…そんな事を言うために、わざわざここまで来たわけじゃないだろう……私の手を借りたいがため…そうだな?」

「……はい。」


顔を上げ、真剣な眼差して返事をすると、ミスフォンファは少し驚いたような顔をした。


「…ふっ、正直だな。」

「…すみません。」

「いや、正直な奴は嫌いじゃない…話くらいは聞いてやろう。ゆっくり、茶でも飲みながらな。」

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