第2話 巣鴨少年は拘留された。

「だから! 俺はただ面接に来ただけの一般人なんです!」

「それは分かるんだけどね、一応無関係が証明されないと出してあげられないんだよ」


 日ノ本の都市、東響。その治安と安寧を守るために設立された政府直属の国家憲兵隊「ハヤブサ」。その詰所である東響第九地区「申」に、巣鴨は拘留されていた。大崎に拘束されていた両手は既に解放されていたが、建物内に常駐している警備員の銃がそれ以上の圧となって彼の自由を許そうとしない。


 「ハヤブサ」の詰所の一室にいるのは、反政府組織との関わりが疑われている巣鴨少年、そしてその組織が根城にしていた建物が爆破された際に現場にいた大崎と駒込だ。部屋の外には警備員が二人立っているが、そんなことを巣鴨少年は知る由もない。

簡素な部屋には小さなアルミ製の机が一台と、それに合わせた椅子が二脚あるだけだ。椅子に座っているのは巣鴨だけで、大崎は扉の横に、駒込は壁に寄りかかっていた。


「その証明ってのはいつ終わるんですか?」


 巣鴨が尋ねるが、駒込はただ困ったように笑いながら首を傾げるばかりだ。大崎に至っては我関せずといった態度で自分の爪ばかり気にしている。答えを待つ巣鴨の前に沈黙が広がるばかりで、結局返事はなかった。


「大体、その反政府組織ってなんですか。俺全然知らないんですけど」

「巣鴨さん、もしかして東響の外から来ました?」

「えぇ、はい。さっきも言った通り、職探しのために今日田舎から来たばかりです」

「なるほど。だから「瑪瑙のカケラ」について知らないんだね。東響にいる者なら知ってて然るべきだけれど、まぁそれなら仕方ないか」


 駒込はスラックスのポケットに突っ込んでいた手を出し、そのまま空いている椅子を引いて腰かけた。よっこらせ、なんて年寄りじみた声に大崎が顔をしかめたが駒込は気にする様子も無い。


「あそこの事務所爆破しちゃって、証明まで時間がかかるだろうから話してあげるよ。この東響の話をね」


 駒込はそう前置きをして、目を伏せながら話を始めた。




 東響は日ノ本にエネルギーを供給している大型蒸気機関「紅鏡こうけい」を取り巻くように位置している都市だ。中央の紅鏡から放射線状に、十二区に分けられた東響はそれぞれ干支の名を冠した区名で呼ばれていた。どの地区も治安維持のため国家憲兵隊「ハヤブサ」が常駐していて、住人の日々を守っている。


 東響という地区が設立されたのは、ひとえに大型蒸気機関「紅鏡」のためだ。

 「紅鏡」が生み出すエネルギーは計り知れない。一つの国家が毎日消費するエネルギーを賄える蒸気機関は「紅鏡」一基のみで、日ノ本にはこれ以上この蒸気機関を量産する技術を持たなかった。東響は、その日ノ本の生命線も言える「紅鏡」を様々な角度から見て、人を集めて住まわせ守るために存在する都市なのだ。


 そして、それ程までに力を持つ「紅鏡」を狙う輩も多い。テロリズムを企てる連中はそれこそ腐る程いるため、「ハヤブサ」の仕事は増える一方だ。その「ハヤブサ」の中でも特に言霊の扱いに長けた人間を集めて組織されたのが。


「俺たち「長月」ってわけ。どうかな、理解してくれた?」

「そ、そうなんですか……」


 巣鴨は若干の怯えを見せながら目の前の二人を見た。想像以上にとんでもない人物だったようだ、と顔を青くする。


「駒込さん。無駄話はそこらへんにしてください」

「そんなこと言ったって、巣鴨くん何も知らない田舎者でしょ? 教えてあげた方が親切かなって」

「そういう駒込さんの偽善者ぶるところ本当に嫌いです。死んでください」

「相変わらず辛辣だね、大崎さん」


 呑気にかわす駒込は暴言を気にも留めずに笑っている。大崎はその反応が気に入らなかったらしく、端整な顔に似合わない険悪な表情を浮かべて舌打ちをした。

 突然、とんとんと軽い音が響く。音の出所は部屋の扉だ。


「はいはーい」

「駒込さん、遅くなってすいません! 復元完了しました!」

「はいよー。入って入って」


 駒込が扉を開けると、そこから一人の少年が姿を現した。燃えるような赤毛で、服装は白いシャツとサスペンダーが付いた半ズボンだ。首に巻かれたループタイと足元の磨き抜かれた革靴が眩しい。少年は罪悪感を水に溶かして顔に吹きかけたように申し訳なさそうにしている。


「本当に遅くなりました……」

「代々木くんにしては珍しいね」

「だって! 田町さんが事務所木っ端みじんにするから! 本当に直すの大変だったんですよ!」


 頭から湯気が出そうになっている少年を見て、その変わりように巣鴨は唖然とした。きっとこの人も、その長月のうちの一人なのだろう。


「代々木さんまでいい加減にしてください。それで、この巣鴨さんの処遇はどうなるんですか」

「あ、はい! 修復した資料の中に「巣鴨哉太」という名前はありませんでした。表向きに存在していた企業の事務候補としての名簿には載っていましたが、それ自体は瑪瑙のカケラの中枢に直結しているわけではなく、本当にただのフェイクだったみたいです」


 すらすらとよどみなく答える代々木に、駒込と大崎はため息を吐いた。その表情は喜びとは程遠く、仕事終わりのサラリィマンのように酷く疲れている。


「あー……やっちゃったなぁこれ」

「どうするんですか。これ記者に嗅ぎつけられたらまた一面に載りますよ。「長月、またも無実の市民を拘束」とかって」

「俺もうあの新聞社にお金持っていくの嫌なんだけどさあ」

「僕だって嫌です。というか、隊長にお金催促しに行くのも嫌です」


 二人の重苦しい空気は、しかし次の代々木の一言によって一転した。


「あ、でもそこの巣鴨哉太さんは街中で言霊使ってますね。それ条例違反ですよ」

「その話ほんと!? この子犯罪者!? じゃあしょっぴいてもいいよね!?」

「えっ、東響って言霊使っちゃいけないんですか!」


 先ほどまで解放される喜びに顔をほころばせていた巣鴨はすっかり青くなっている。せっかく冤罪が証明されたところに、また新しい罪状が追加されてしまったのだ。しかも、それには自覚がある。


「知らないんですか? 基本的に東響は言霊使用許可証が無ければ街中での使用は条例違反です。人通りが多い場所もたくさんありますし、何か事故が起きてからでは遅いですから」

「そんなぁ……」

「よかった! これで始末書騒ぎにならなくて済んだ!」

「ほんとです。僕もあのクソ記者に頭下げずに済んでよかったです」

「お二人って本当に不謹慎ですよねえ」


 からからと代々木は年相応の笑い声をあげた。この部屋の中で顔色が悪いのはもはや巣鴨少年だけだ。


「そうと決まれば、さっさとハヤブサに引き渡してこよう!」

「待ってください! 知らなかった場合は処罰を免れたりって……」


 恐る恐るといった様子で巣鴨が手を挙げる。何とかして無事にここから出て行きたいといった思いがありありと顔に浮かんでいた。だが、その淡い期待も、大崎が簡単に踏み散らした。


「無理ですね。そんな言葉がまかり通るなら東響はとっくに犯罪者の巣窟です。何のためにハヤブサが東響を護ってると思ってるんですか」

「ですよね……」


 がっくりと肩を落とし、巣鴨が俯く。もうこれは諦めて大人しく罪を償おうと目をつぶったその時、突如部屋の外で爆音が轟いた。強い振動も部屋を襲うが、これは地震が原因でないのは明らかだ。


「何でしょう? また田町さんかな」

「おい待て代々木、危な」


 駒込の制止も聞かずに扉から一番近かった代々木が外の様子をうかがう。次の瞬間、外側から強い力で扉が吹き飛ばされた。瓦礫と砂ぼこりが押し寄せ、部屋の中は一気に白く煙ってしまう。煽られて椅子ごと倒れた巣鴨は、咳き込みながら辺りを見渡した。


 惨状。それ以外に言葉が見つからない。


 部屋の隅で倒れこむ大崎、辛うじて瓦礫の直撃を免れたのか肩で息をする駒込。そして。


「うっ……うぁあ……」

「ひっ……! だ、大丈夫ですか!」


 爆風をもろに受けた代々木が、あおむけの状態で痛みで呻き声を上げていた。その細腕は、ひと際大きなコンクリートの塊の下敷きになっている。撤去するのには時間がかかりそうだ。

 床には血だまりが広がり、このままでは彼が死んでしまうのが容易に分かる。


「ど、どうしよう……!」


 パニックに陥る巣鴨だったが、すぐ背後で誰かの足音がすることに気がついた。はっとして振り返ると、そこには気だるそうな青年が瓦礫をまたいで歩いてきているではないか。


「ちゃーっす。瑪瑙のカケラでーす」


 青年は悪戯に成功した子供のような笑顔で、一言そう言い放った。

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