第4話 ヴァレンタインの失敗2

父の比較的最近の失敗を語ります。と言っても今からもう十年近く前にはなりますが。


時節柄、またまたヴァレンタインのお話しになってしまうのを許して下さい。それだけ父は、異性関係に対して不器用だったということです。


あれは父が社会人になった頃のこと。父は二十三歳くらいになっていました。詳しい時期は覚えていません。あまりのことに鮮明に思い出そうとすると頭に鈍痛が走るので。


当時、とある会社に勤めていました。そこでAさんという女性の先輩がいました。


Aさんは可愛くて頭も良く、行動力と社交性もありながらユーモアのセンスも抜群という完璧な女性でした。


父はAさんに好意を寄せていました。ただこれは、単に異性としてというより先輩として、人間として敬う気持ちが大きく先行していました。ある意味では、密かに崇拝していたと言っても過言ではありません。こうして文字に起こしてみると、実に気持ちが悪いです。


父はそんなAさんを中心とした先輩方に囲まれながら和気あいあいと過ごしていました。


さて、普段からAさんを崇拝していた父ですがそう言ったそぶりはおくびにも出していませんでした。露骨に好意を剥き出しすることは恥ずかしいことと思っていたからです。今考えてみると必ずしもそうだとは言い切れませんが、何しろ異性との関係構築が上手でなかったのは断言できます。


Aさんは父に優しく接してくれましたが、それはあくまでその他大勢に対する態度と同じ。それは父も重々承知していましたが、どこかで「もしかしたらAさんも憎からず思っているのでは」と淡くもキモい感情を抱いていました。


そして、父の勘違いを発動させる一大事件が起きます。


父がAさんたちグループと交際し始めて二年目の冬。父はAさんからヴァレンタインのチョコレートを貰いました。しかも個別に呼び出され、人気のない場所でこっそり。


これには普段恋愛に対してネガティブな父でも舞い上がりブレイクダンスを踊ってしまうレベルでした(※実際は踊っていません)


父は思いました。


「絶対じゃないか!もうこれ、絶対SUKIじゃないか!」


絶対ではありませんでした。ですがそれは今にしてみればの話。当時の父は盲目になっていたのです。


これから紡ぐであろうAさんとの日々をさんざん妄想したのち、父はあることを思いつきます。


「そうだ!ホワイトデーには是非Aさんの気持ちに応えなくては!」


前回の話を参照してもらえれば分かると思いますが、人間とは単純かつ極端な生き物です。いえ、これは父だけでしょう。情けない話です。


そうと決まれば善は急げ。父は自分の持つあらゆる情報網を使って最善のお返しは何がいいかを探しました。


その結果辿りついた答え。


まず大人として、三倍返しは基本(値段的な意味で)。


意中の相手には心のこもったアイテムが良し。


そして男性から女性への場合、消え物よりも残るものが良い(この情報を寄越した奴を父は一生忘れません)。


以上のことを踏まえた上で、一か月の綿密な調査を経た父は一つの商品に行き当たりました。


それは、前々からAさんが好きだと公言していた某有名キャラクターの大きめなぬいぐるみでした(嘔吐)。


値段も三倍。キャラクターチョイスも間違いない。敢えて言うなら、少し大きすぎるかなくらいに父は思っていました。


うら若き乙女たち(精神的な意味で)で溢れかえる某キャラクターストアに赴き、父は迷うことなく件のぬいぐるみを購入しました。


これで、これで自分の思いも通じる。両想い間違いなし。これにて大団円。そう信じて疑いませんでした。


迎えた当日。父はAさんをいつかと同じ場所に呼び出しました。


「いやぁ参ったよぉ、みんな色々なとこでお返ししてるからさぁ。なんか気恥ずかしくて」


Aさんは少しハニカミながらそう言っていたと記憶しています。


父は「ありがとうございました」とだけ言ってぬいぐるみを渡しました。


あの時のAさんの表情は今でも忘れません。


「えぇ!こんな!‥あっ‥あり‥が‥とう」


Aさんは見たことがないような迷惑そうな顔をしていました。口ではありがとうと言っていたものの、目では完全に一線を引いていました。


その表情を見て父は瞬時に悟ったのです。


あっ、やっちまった。と。


ああコレ完全にやっちまったな。と。


そこで瞬時に空気を察知し、下手に交際を申し込んだりしなかったことが不幸中の幸いだと今でも思っています。


その後、Aさんや他の先輩たちとは父が退職するまで変わらずの付き合いが続きました。そこから察するにAさんは父のこの行動をあまり周りには言わなかったと考えられます。本当に感謝しています。


その後、父がAさんからヴァレンタインチョコをもらわなくなったことは言うまでもありません。


この失敗から父が学んだのは二つ。


「返さないこともいけないが、返し過ぎるものいけない」


ということと


「どんな聖人君子でも、好きでもない相手から気持ちの詰まり過ぎた物をもらうと思わず顔に出てしまう」


ということです。


以上で終わります。


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