第2話 夏休みの宿題の失敗

拝啓 愛しのわが子様


初めまして。父です。男の子かな女の子かな。どちらでも嬉しいです。生まれてきてくれてありがとう。


まえがきは読んでくれましたか?読んでませんか?あり得ますね。


父は貴方の前では大層偉ぶっていますが実は人よりも失敗の多い男です。相当失敗しています。ですからここに書くことは全て実話であり父の実体験です。だけど約束して下さい。ここに書かれた話を、決して夕飯の席で話したり家族の団らんでお茶のお供にはしないでください。これは父と貴方の秘密です。


いいですね。




さて、貴方は今いくつですか?中学生?高校生?ひょっとして小学生ですか?読めない漢字があったら調べてくださいね。


最初に書く失敗談は長期休暇の宿題についてです。


長期休暇、分かりますか?いわゆる、夏休みとか冬休み。そういった長いお休みのことです。そこで宿題が出ていますね。しかもかなり多く。今回はそれについての父の失敗談です。


父の失敗を告白する前に世の宿題事情を教えておかねばなりません。


夏休み(今回は夏休みと仮定します)の宿題に対し、世の中の人は大きく分けて二種類の行動をとります。


A、キチンと計画をたてて毎日少しずつ無理なくこなしていく。


B、ほぼ毎日遊びほうけ、ギリギリになってから焦ってやりだす。


大体の人はこの二種類です。貴方はどちらでしょうか?父はどちらだと思いますか?考えてみてください。


正解はC。


C、ほぼ毎日遊んだうえに最後は「どーせ間に合わない」と開き直り、最終的に二学期が始まってから泣きながらやる。


です。


選択肢が二つしかない様に書きましたが、そうとは限りません。社会ではよくあることです。覚えておいてください。



AもBも形どうあれ宿題を納期までに終わらせているという事実に変わりはありません。やり方は人それぞれ自由です。親としては今後の為にAタイプを推奨したいですが、多くは望みません。母の姉(貴方の伯母おばです)に聞いたところ母もBタイプだったのでなんとなく察しています。ですからBでもいいと思います。Cでなければ。


さて父についてです。父は中学二年までCタイプでした。父は勉強が嫌いでした。学校での授業はもちろん、無理矢理行かされていた学習塾も反吐へどが出るくらい嫌いでした。


だから宿題もしませんでした。反吐が出るくらい嫌いな勉強を家にいてまで、ましてや休みの日にする理由が分からなかったのです。


ですが中学二年の時、父は考えを改めます。


数学のカトウ先生(仮)の存在が父を大きく変えたのでした。


先生との最初の出会いは中学一年の時です。


先生はそれはそれは嫌味なクソババアでした。


父が数学が苦手なことありましたが、カトウ先生は何かにつけて父をツネってくるのでした。


小テストの結果が悪いと


「オマエわあ」ツネッ


日々の宿題を忘れると


「オマエわあ」ツネッ


夏休みの宿題が遅れた時は特に酷いツネりをしてきました。


「オマエというやつわあ」ツネツネッ


その時の先生の活き活きした顔、今でも忘れません。


先生は父が夏休みの宿題を提出するまで執拗にツネり続け、その恐怖により父はさらに宿題の進みが遅れ、遂にはもうあと少しで冬休みというところにきてしまったのです。さすがに冬休みの前には提出しましたが、先生は提出した後もしばらく父をツネりました。わき腹の、ごく柔らかいところを執拗に。


信じがたい話ですが、当時の父はバラ色のほっぺをした小柄で愛嬌のある少年でした。色々な経験をした父が今だからこそ思うことですが、先生は決して個人的な趣味で父をツネっていたわけではないと信じています。根拠はありません。


さて、絶望に満ちた中学一年を終えて父は大きく成長しました。しかし夏休みの宿題という悪夢がすぐにやって来るのは明白です。


父は悩みました。


先生のツネりも相変わらず続いています。


遂に父は夏休みを前にして学校に行くのが嫌になり、水風呂に入ったあと全裸でクーラーをあび続けるという奇行に走りました。目的はもちろん風邪をひくことでしたが「馬鹿は風邪をひかない」という名言を体現した以外、目ぼしい成果は得られませんでした。


そして父は「夏休みなんか来なきゃいい」という極論にいたってしまうほど、精神を病んでしまいました。


子供にとって、夏休みが嫌いになるというのは極限の状態です。それほどに父は勉強とカトウ先生が嫌いでした。


そんなある日、親せきのおじさんが家にやって来ました。おじさんはいつもしこたま酒を飲んで陽気に笑う人でしたが、特にお小遣いをくれたりするわけではなかったので父は好きでも嫌いでもありませんでした。


それでも、おじさんの笑い声を聞いていると少しの間だけ嫌なことを忘れられました。


そんな父の心情を知ってか知らずか、おじさんは学校での近況を父にたずねました。


父は決壊するダムのようにペラペラと悩みを打ち明けます。するとおじさんは妙に真剣な顔でこう答えました。


「なるほどな。ところでオマエ、その先生のことは嫌いかい?」


父は光より若干遅いくらいの速さで首を縦にふります。


「大っ嫌いさ」


そう言うとおじさんは豪快に笑いました。


「そうかそうか。なら話は早いな。おい。その先生が一番嫌がることを教えてやろうか」


「なに!?」


父は目を輝かせます。


「オマエが宿題をちゃんとやってくることさ」


父はその一言で目から鱗が落ちる思いでした。


「おじさんは先生が楽しんでオマエをイジメているように思うね。だが宿題をやらないのはオマエがいけない。だったら先生にツネられないように宿題をやりゃあいい。そうすりゃ先生はガッカリだ。簡単だろ?」


おじさんの先生に対する考え方は少々歪んでいましたが、今考えるとそうやって父を焚きつける為にワザと言ったのかもしれません。直球に「いいから宿題をやれ!」というよりも「宿題をやって先生を困らせろ」という言い方をすることにより、自然と父を導いてくれたのかもしれません。


とにかくその一言で父は必死に宿題に取り組むようになりました。


そうしてきたる中学二年の新学期。


父はいつにも増して晴れやかな顔で登校しました。父は気付きます。宿題ひとつやってくるだけで、こんなに心が軽いものなのか、と。


いよいよ数学の授業初日。父は自身に満ちた顔で宿題を提出しました。その時のカトウ先生の表情は今でも忘れません。悔しさと驚きが混じった、なんとも情けない大人の顔でした。


それ以来、父はもう夏休みの宿題を新学期まで残すようなことはしませんでした。カトウ先生からのツネりも、自然になくなり父はまた夏休みが待ち遠しいものになりました。


高校に進学した父は夏休みの宿題に対し、B寄りのAタイプで対応する立派な学生になっていたのです。



父の失敗は「夏休みの宿題しなかった」ことよりも「頑なに現実から逃げていたこと」です。ツネりの恐怖に怯え、とにかくそれから逃れたい一心で根本的な解決を見失っていたのです。


覚えておいてください。


宿題は時間が経っても決してなくならない。むしろ増える。ということを。


長期休暇の宿題はお早めに始末することをオススメしますよ。内容はひとまず置いておいて。


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