百合ケ丘サンライズvsフライングジャガーズ

第27話 vsジャガーズ【1回表】プレイボール

 ジャガーズの守備練習が終わり、サンライズナインがグラウンドに散らばる。 


「死んでもタマ獲ったるわ!」八重歯を光らせて猛る不動冥子。

「あらメーコ、そんなの当然じゃない」ジョーがきょとんと首を傾げる。胸と金髪が揺れた。

「ジョー、冥子の言う“タマ”ってのはたまじゃなくて“タマ”のことだから」

 急造ショートの剛力さららが冷たい声で指摘する。

「おーし、締まっていくぞ!」

 俺はベンチからありったけの大声を出した。初夏の晴天に吸い込まれていく。

「プレイボール!」

 今から俺たちは、女子9人でアメリカ合衆国に戦いを挑む。

 空は晴れ渡っている。絶好の野球日和だ。


「――あのお嬢ちゃんが“サジタリウス”か。よろしくな! 噂の“じゃじゃ馬娘アンルーリー”。軍のほうじゃおまえさんの話でもちきりだぜ。それはそうと――」

 ジャガーズの1番打者が打席に入った。見るからに陽気そうな黒人兵。

「その名で呼ぶのはやめてちょうだい。渚、投げていいわよ」

「Ooops! 人が喋ってるってのに――」

 ビュッ、と空を切り渚の1球目が投じられる。右打者の外角ギリギリに決まるストライク。

「いいぞ渚!」俺はベンチからありったけの大声を出す。

「ム、悪くないコントロールだ。ベースボールの経験はハイスクールまでだが、これでも俺は大学時代に陸上……ちょ投げんなって!」

 ジョーのサイン通り淡々と投げ込む渚。何せジョーは、わずか数日でキリエのデータをすべて手作業で複写コピーしていたのだ。渚の持ち球はすべて頭に入っている。

 しかし黒人兵は様子見なのか、なかなか打つ気配を見せない。4球目で追い込まれた彼は、ニヤリと笑ってジョーに声をかけた。

「アレックスが買いかぶってるようだからどんなものかと思ったが、案外大したことないみたいだな。所詮お嬢ちゃんだ、球筋が素直すぎる」

「さあ、それはどうかしら」

「次はスタンドまで運ばせてもらうぜ」

 白い歯を見せニカッと笑うバッターを横目に、ジョーが渚に球を返す。

 振りかぶる渚。2ストライク2ボールから投じられた5球目。どまんなか高め、速度もない打ちごろの直球――


「!!?」


 白球はストレートの軌道から一転、打者の膝下に向かって不規則にブレながら沈んだ。

 豪快に空振ったバッターは尻もちをつき、目を白黒させている。

「クソッ!」

「ストライク! バッターアウト!」

 審判が片手を突き上げ宣言。

「やった!」「さすがじゃ!」俺と所長はふたりきりのベンチで抱き合う。記念すべきワンアウトを、三振という最高の形で奪い取った。

「なんだ今のボールは……」訝しげな顔でベンチに戻る黒人兵に、2番打者が声をかける。

「おいおいどうしたんだよボビー。ゆうべ飲みすぎたのか? 闇市ヤミイチの酒は粗悪だからな」

「違うんだクリス」いまだ納得いかないというふうに黒人兵が首をひねる。

「“サジタリウス”のヤツ、おかしな変化をするから気をつけろ」

「安心しとけ。俺がホームランの打ち方を教えてやるからよ」

 力強い宣言をした2番打者はしかし、2球目のジャイロボールを引っかけ力ないゴロ。

「ガッデム!」

 セカンド・キリエが落ち着いて処理。一塁の八重ちゃんに転送し、2アウト。

「いいぞ渚! キリエ!」

 俺はベンチでありったけの声援を送る。考えらえる最高の滑り出しだ。――少なくともここまでは。


 ゆっくりと左打席に向かうバッターを見て、俺と所長はゴクリと唾を飲み込んだ。


「……あいつが、アレックス・バーンバスター」

 鍛え上げられた両の腕、戦車のような下半身。仏頂面から放たれる鋭い眼光は、これまでのバッターとは明らかに違う。

 凡打に倒れた2番打者がアレックスに声をかける。

「おいアレックス頼むぞ。“サジタリウス”は思ったより厄介だ」

「ナメてなどいないが、忠告は受け取っておく」

 冷徹な返事を返し、アレックスが打席に入った。オーソドックスなオープンスタンスだが、どこへ投げてもスタンドインしそうな雰囲気を醸し出している。

 俺はキャッチャー・ジョーにブロックサイン。

(初球から、アレでいこう)

(ラジャー)ジョーが腰の後ろで親指を立てた。

 渚が顎の前に両腕を上げる。左足が土を蹴り、力強く投げ込んだ初球――

 アレックスが迷いないフルスイング。


「!?」


 ガキィンと耳をつんざく衝撃音とともに、痛烈な打球が青空に舞った。

「うわやっば」

 舞い上がった打球は見る見るうちに小さくなる。角度は間違いなくスタンド・イン。ジャガーズベンチから野太い歓声が上がった。

「まずいまずいまずい」ベンチで身を乗り出し、打球の行方を追う俺。米粒のように見えていた白球がようやく落下してくる。その落下地点は――

「きゃあー!」

 ――大方の予想を覆しボールはフェンス手前で急激に失速。レフト・麗麗華のグラブに収まった。3アウト。

「やった!」「Yes!」バッテリーが小さく拳を握る。

「おっしゃあ!」

 俺もベンチで右手を突き上げた。三者凡退――しかも主砲、アレックス・バーンバスターも含めてわずか8球で仕留めてみせたのだ。 

 アレックスは打席で立ったまま、何かを思案している。

「Hmm……」

「あんたいつまでちんたらしてんのよ。とっととベンチに戻りなさいよね」

 マスクを脱いだジョーがアレックスに毒づく。

「“サジタリウス”――いいコントロールをしているとは思っていたが、おかしなボールを投げるんだな。『ナックルボーラー』が日本にもいたのか……?」

「え?」ジョーの瞳が不安げに揺れた。

「だが、次は仕留める」

 表情ひとつ変えずに告げると、巨漢のブレインはベンチへと下がっていった。

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