第6話 目覚め5

 扉からアレンの声が聴こえた。古代人の生き残り? 意味が良く分からなかった。私は異世界の人間だろう。明らかに剣と魔法のRPGな世界に恐らく呼び出されたのが本当の所だろうに。古代人の生き残りなんて見当違いも良いところだ。


 さて、一先ず先ほどの話は忘れよう。今は身分証という名の冒険者証を作ってもらうのだ。なんというかRPGの醍醐味というか少しワクワクしてきた。私は意気揚々と二階の階段から一階の受付のお姉さんのとこまで向かう。


「あの、冒険者になりたいのですが」


「はい、冒険者ですね。初めての方でしたら、この紙に出身地、名前、希望する職業に特技等を書いてください」


最初、私の恰好に驚きはしたようだが、受付嬢は紙が保険証や免許証程度の大きさの羊皮紙と筆にインクを渡してくる。わかりやすく平仮名で出身地、名前、職業、特技にルビが降ってある。どうやら文字に関しても違いはないようで安心した。しかし、なぜ異世界なのに言葉も通じるし文字も漢字や平仮名が使われているのだろうか。羊皮紙を見ながら唸っていると受付嬢が声を掛けてきた。


「あ、申し訳ありません。文字が書けませんでしたか? でしたら私の方で受け答えして記入することも可能ですが」


「いえ、文字はかけます。ただ、ちょっと田舎ものでして、この文字とかって世界共通の言語だったりしますか?」


受付嬢は不思議そうに顎に指をのせて考える。


「んーそうですね。この言語はこの国。龍の国の共通語で、外国では古龍語と言います。会話の一部には外国語も交じって使用されていますね。平仮名やカタカナは農民や市民に分かりやすく言語を覚えてもらうために作られたと言われていますね」


「いつ頃から使われているかは、知りませんが」


といって、舌を出す。その姿は身長の低さと10代半ばくらいの年齢だろうか年相応可愛らしく見えた。

それにしても龍の国に古龍語ね。やっと、今の自分のいる国の名前を知ることができた。まだしらない事は多い。本で知識を蓄えないといけないな。


「ありがとうございます。勉強になりました」


私はそう言って、手元の羊皮紙に目を移す。出身地、名前、職業に特技だ。正直言って、全然わからん。とりあえず、名前だけ書いておこう。


「あの、受付嬢さん。記入しようにもわからない項目があるのですが……」


「はい、どこでしょうか?」


「この出身地と職業に特技です」


「ああ、なるほど。冒険者証には名前は絶対書いてもらっておりますが、それ以外の項目の記入については自由でして絶対ではないのです。書きたくないなら書かなくても全然問題ありません。ただ、同じ冒険者と依頼をする場合や仲間を組んで依頼をする場合に便利だというものです」


ほうほう。では、今の一般市民の私は名前くらいで身分証が作られるってことか。これだとなんだか悪用されそうな気がするけど良いのかな。


「書き終わりました。お願いします」


「はい承りました。名前はアランさんですね」


彼女はふんふんと頷きながら冒険者証に書かれた名前を手元の羊皮紙に記載し始める。


「では、アランさん。冒険者証をどうぞお受け取りください」


彼女は金属のカードに先ほど私が書いた羊皮紙を何かの液体で貼り付けると、笑顔で渡してきた。

接着剤かなにかなのかな? 結構雑な作り方だな。


「ありがとうございます」


「ぅんっんん! こほん」


「冒険者アランさん。あなたの旅路に女神の祝福があらんことを祈っております」


彼女はスカートの両端を摘まんで一礼すると真っ赤になってこっちを見てくる。


「これは、どの冒険者にも行っていることなんですか?」


「違います! サ、サービスです。アランさんだけ特別なんですからね!」


「あ、ありがとうございます」


「お、どうしたアラン。早速、ちみっこの受付嬢をナンパか?」


後ろを見ると階段から降りてくるアレンの姿が見えた。どうやら領主様とギルド長との話は終わったようだ。


「アレンさんはそろそろ名前を覚えてください。私は、アンです!」


「もう少し、色々と大きくなってからな」


アレンは下卑た顔でアンさんを覗き込んでいる。明らかにセクハラにしか見えない。


「もう! サイテーです!」


アンさんはその視線に怒って受付のカウンターから消えてしまった。


「おい、仕事ほっぽり出して良いのかよー?」


「休憩だから良いんです!」


「アレン。あれじゃあ、アンさんに失礼だよ」


「お前まで言うのか。良いんだよあれで。んで、冒険者証は受け取ったのか?」


「うん。ちゃんと作ったよ」


「よし、ならこれで身分証も出来たし。何とか生活できそうだな。じゃあアランの冒険者祝いに飲むか! 着いてきな!」


そう言って、腕を引っ張りギルドの左側の食事処まで進む。2人用のテーブル席に座り込むと給仕のお姉さんを呼んで「エールと適当なつまみを2人分」と頼んでしまった。


「あの、私はお金ないんだけど……」


「いや、いいって気にするな。ここは俺のおごりだ」


「ありがとう。アレン」


給仕のお姉さんから矢継ぎ早にエールと枝豆らしきものと野菜の炒め物に野菜の漬物を渡される。


「じゃあ、アランの冒険者登録に乾杯!」


「何もしてないのに恥ずかしいな」


私は一口エールを飲んだが、アレンは一気にエールを飲み干していた。


「――うはぁ~~! 沁みるぜー」


アレンは給仕のお姉さんにまたエールをおかわりしていた。

私はアレンのエールが届くのを待ってから言う。


「アレン。実は相談があるんだ」


「ん? なんだ。水臭いななんでも話してくれよ」


アレンはエールで少し顔を赤くしながらエールを少しづつの見ながら陽気な様子で聴いてくる。


「私に、戦う術を教えてほしいんだ」


その時、場が凍った。陽気だったアレンからは喉が張り付く程の気迫が漏れている。周りもその空気にあてられたのか静まり返っている。


「本気だ。私の目的は、アレンも知っているよね。そのためには力が必要なんだ。一人でも魔物を倒せるような力が」


「……なあ、アラン。冒険者にも色々あるがどうして力が必要なんだ。情報だったら、領主様とギルド長が探してくれる。生活するためだったら、日雇いの土木作業もすれば生きていくこともできるだろうに。なんでそんな死に急ぐ必要があるんだ」


アレンの言葉は最もだった。確かに、日雇いの仕事をしてその日暮らしの生活をして、領主様とギルド長からの情報を待っていればいつかは見つかるかもしれない。



「確かに、三年後か五年後かはたまた十年後には見つかるかもしれない。でも、そんな他人任せにしたくないんだ! 大切なんだ。彼女を思うと辛いんだ。今すぐにも見つけ出したい……自分の手で。でも、私には戦う力も術もなにもない。だから! 教えてほしいんだ! 戦う術を!」


私は懇願するようにアレンの瞳を覗き込むが、アレンは冷めた目でこちらを見返す。そうして、時が経った後、アレンは一つため息をついてからエールを飲む。


「はぁ、正直な。アランには危ない事はしてほしくなかった。でも、確かに。他人任せでずっと待ち続けるなんてつれえよなぁ。俺でもそう思うんだ。アランはもっとずっと辛いだろうよ。・・・わかった。稽古をつけてやる」


「ありがとうアレン! 何から何まで君には頼りっぱなしで……」


「良いんだよ。乗りかかった船だ。ここまできたら気の済むまでやらせてもらうさ。んで、何か剣とか槍とか得物は使えるものはあるのか?」


得物と言われても現代日本で武器を持つことも使うこともなかった。強いて言うなら剣道や柔道を学校の授業でやったことがある程度だろうか。


「使ったものはないけど……剣かな」


そう思ったのは魔狼と戦うアレンの姿。魔狼の体当たりを躱し、剣で胴体を人薙ぎにする姿は今でも鮮烈に覚えている。あの姿は美しささえあった。


「剣か。そうだな。俺も剣は使えるが、邪流だ。覚えるならちゃんとした剣技を覚えたほうが良いだろう。俺がなんとか話を付けておこう。他にも俺は野伏だから、サバイバル生活とか投擲術なんかを教えることにするか」


「よし、じゃあ明日の昼にまた冒険者ギルドに来いよ。下に修練所があるからそこでまずは剣技と投擲術をやることにするか」


決めたとなったらアレンは話すと、嫌な笑みを浮かべてエールを飲み干した。


「いやー、楽しみだな」


アレンの笑みに嫌な予感をしながら、私もエールを飲み干しておかわりを頼んだ。その日は気分も上がってしまい、二人して飲み過ぎてしまった。



 窓から入る朝日に目に入り、ぼんやりと目を開けた。気づいたら横にアレンがいた。余りの驚きに悲鳴を上げるところだったが何とか堪えた。私はホモではない。それだけは断じて断っておきたかった。


「……お、おう。おはよう」


アレンが目を覚ました。彼もこの状況に驚いているようだった。体に少し怠さはあったが、頭は痛くない。二日酔いにはなってないようだった。立ち上がると、どうやらここは冒険者ギルドの食事処のようだ。昨日はここで丸一日夜を開けてしまったみたいだ。

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