第4話 目覚め3

「人類の敵……ですか」


「ああ、正確には生物にとってのと言った方がいいか。――」


アレンが言うには、魔物とは人や獣が魔素に侵されて変質した姿らしい。

魔素とは魔法や力を使用するのに必要なものであり、どのような生き物も持っているものだ。通常は空気中に漂っていたり、生物の血液に含まれる物。


魔素に侵された人や獣は基本的に凶暴性が増し、体が大きくなったり等の変化が起きる。

そして、魔物は自らの核である魔石により大きな魔素を取り込むために人や獣を襲ったり、攫って交配する。

時には同じ魔物同士争ってその肉を食らい魔素を取り込むこともあるらしい。

獣の魔物はその傾向が大きく、魔素を取り込む事に貪欲であるそうだ。

人型の魔物はある程度の知性があり冒険者から奪った武器や石で作った武器を使う。また、人を積極的に攫い、数を増やす為、見つけた場合には直ぐに討伐隊が結成されるそうだ。


魔素を多く取り込んだ魔物は格が上がる。魔石が大きくなり、より強力になる。時には魔法を使うようになるものもいたり、人の言語を理解できるようになる魔物もいるとか。

ようするに、敵を倒して経験値を得て格を上げる。この場合、レベルアップするということだな。ちなみに、人にもレベルアップがあるのか聴いたがそんなことはないらしい。この世界は人には厳しい。


「つまり、先ほどの魔狼は私たちの魔素を目当てに襲ってきた、ということですかね」


「その認識で間違いないな」


なるほど。最初、剣を取り出して生き物を殺して笑っていた姿にかなり驚いてしまった。

いや、正直に言うとかなり引いてしまった。命を簡単に奪ってしまい爽やかな笑みを浮かべているのだ。常識を疑ったが、魔物は放っておけば際限なく増える害獣ということなのでこの世界の人にとっては良いことであって悪い事ではないのだ。


「ちなみに、野生の獣を狩るのは平気なのですか? 魔物に襲われるとなるとこの世界の獣はかなり数が減っていそうですが」


「野生の獣を狩るのはダメだ。だが、冬の始まりの季節には狩猟をしてもいい決まりになっている。当然、狩猟を認められた人だけが行えることで、密漁はいけないがな」


「では、野生の獣に襲われた場合はどうなんです?」


「その場合については狩ってしまって問題ない。人を襲った獣は人の血肉の味を覚える。殺さなくてはまた襲われることになる。また田畑を荒らしたりする獣も狩って良いことになっているんだ」


「なるほど。理解しました」


魔物は積極的に殺して、野生の獣については臨機応変に対応するってことか。


「ちなみに、魔物の魔石は魔道具の作成や燃料になったり魔法を使う媒体として使用されることもあるからかなり需要がある。結構、良い値で売れるんだぜ?」


「さっきの魔狼の魔石でどの程度の値段になるんですか?」


「ざっと、15~20コルってとこかな。毛皮や爪とかの素材も売れば40コルくらいにはなるか」


「コルですか?」


「ああ、それも忘れてしまったのか。そうだな、大体は食事処で飯を食べると1~3コル。宿屋に一泊で5コル。三食付きだと8コルってとこかな」


ふむ、貨幣については聴いてなかったな。話を聴いた限りだと先ほどの魔狼は大体、宿屋の8日分の宿泊費になるということか。命の危機に瀕したにしてはこの値段は安い気がするけど。


「大体わかりました。ありがとうございます」


「おう。それにしても、アランは言葉遣いが良いな。もしかして、貴族か商人だったりするのか」


「いえ、一般的な家庭で育ったのでそれは違いますね」


「じゃあ、俺と同じか。だったらそんな頭の痒くなるような言葉遣い止めて俺と同じように話してくれよ。照れくさくなっちまう」


「わかりまし、いや、わかったよ」


「それでいい。じゃあ、こいつの解体をしたらもう少し歩くぞ。ここにいたら血の匂いで他の魔物が出てくるかもしれないからな」


「そう、だね。そうだ、解体のやり方とか魔石の取り方を教えてよ」


「良いぞ。でも、そろそろ日が暮れるから実践は無しだ。俺のやり方を見て覚えてくれ」


「うん。わかった」


 アレンの解体が終わるころには夕焼け空に少し暗雲が漂いはじめる。私たちは、荷物をまとめて直ぐにその場を後にした。

その日の夜、私はアレンの背中を見ながら目を閉じる。思いのほか疲れていたのか直ぐに眠気が訪れて今日は夢を見ずに意識を失った。

 次の日、太陽が真上を射す頃にアレンを起こして、準備をした後に歩みを始める。昨日の夜には足に軽い筋肉痛と靴擦れがあったのだが、朝起きてみると何事もなかったかのように痛みは消えていた。そのことに不審には思えど、それよりも先を進むアレンについて行くことに必死でそれほど気にならなかった。


 二日目の道程には何も支障がなかった。昨日現れた魔狼の姿を見て、もう一度現れるかもしれないと危惧していたけどどうやら取り越し苦労という奴みたいだ。なにも問題がないならそれで良いのだ。魔狼が何匹も襲い掛かってきたらそれは恐ろしい。


 三日目も太陽が真上を射した頃から歩み始める。昨日と同様に問題なく進んでいる。辺りには鳥の囀りと河原の水が流れる音と自分たちの足音だけしか聞こえない。歩き始めて体感で2,3時間という頃に遠目に石橋が見えた。段々と大きくなるその景色に自然と心が弾む。

ついに人里まで辿り着いたのだ。気持ちが逸る。石橋を眺めていると、馬車が橋を渡る姿や如何にもRPG風の戦士のような屈強な冒険者の男たちが、歩んでいる姿が見えた。


「そろそろカラエドに着く。門まで着いたら冒険者ギルドに報告して来るから少しの間、門番の所で待っててくれ」


「ん、いったいどうして冒険者ギルドに報告する必要があるんだい?」


「身分証のない変わった服装をした相手を簡単には通してくれないだろ。だから、冒険者ギルドに報告して通行許可を貰わないと行けないんだよ」


そう言われればその通りだ。身分証もない。それに、スーツと革靴という格好だ。ファンタジーなこの世界ではこんな格好はあまりにも異色に見えるだろう。見るからに怪しい奴だ。私が門番だとしても絶対に通さないだろうな。


「まぁ、確かに私の恰好は怪しいからね。それは仕方ないかな」


「すまんな。こればっかしは俺にもどうにもならねぇ。アランには悪いが、冒険者ギルドに話を付けてきたらすぐに戻る。だから、大人しく待っててくれ」


「大丈夫。自分の今の状況くらいわかってるつもりさ。のんびりと待たせてもらうよ」


 石橋まであと少しというところまで近づくと、こちらを眺める視線が多く見える。冒険者の恰好も布の服に皮の胸当てや布のズボンにブーツ。それと金属の脛当てや肘当てという姿だ。明らかに浮いた格好だ。どうやら、まずはスーツと革靴というこの服装を一般市民と同じ目立たないようにしないとな。

石橋に到着すると左手に大きな外壁が目に入る。圧倒的な大きさと外壁の長さに圧倒される。端の方では土方の人たちが煉瓦らしき物を積み上げていく姿が見えた。また、ざっと50人程だろうか。門から人の姿が列になって並んでいる姿も伺える。

私たちは石橋を渡り、門から伸びる人の列の最後尾に並ぶのかと思ったのだが。列を無視して門まで進む。並んでいる人たちから不満げな視線を受けるが、構わずアレンの後ろについていった。


アレンは門の目の前まで到着すると二人組の門番の一人に何かしら声をかけた後、詰所の戸を開けると中に入った。続いて私も中に入る。中には休憩中であろう兵士が一名、寛いでいた。


「悪いが兵士さんよ。こいつは込み入った事情があって身分証も何もないんだ。冒険者ギルドの方で話を付けてくるからそれまで預かっててくれないか」


休憩中の兵士が、めんどくさそうに私を一瞥する。


「あぁ、わかった。こいつは預かっておくから早めに冒険者ギルドに行ってこい」


「ありがとよ。んじゃ、アラン悪いが待っててくれな」


「うん。なるべく早く頼むよ」


「おう。じゃ、またな」


そういうとアレンは戸を開けて去っていく。戸が閉まると静寂が訪れて、それから珍しいものを見るかのような視線をなげかけられる。


「んで、お前さん珍しい服装しているけど、一体何者なんだ?」


「いえ、何者と言われますと困りますがアランという一市民です」


「一市民が冒険者ギルドに事情を説明しなきゃ町に入れないのか?」


「それを言われますと痛いですが。……実は私、記憶喪失でして」


「それ本当に言ってるのか……?」


兵士は呆れたような顔を浮かべて問いかけてくる。うぅ、そりゃ私だって同じ立場だったらそんなこと言われても簡単には納得しないよ。


「ですが、事実なんです。新しく発見された洞窟でアレンが私を救出したそうで、私が目を覚ました時にはもう何も覚えていなかったんです」


「ふむ。まぁ、あの華麗のアレンが冒険者ギルドに駆け込むくらいの事だ。確かにお前さんの話にもある程度、信憑性があるか」


「ええ、そうなんです。って、華麗のアレンって何ですか?」


そう尋ねると、兵士は子供のような笑みを浮かべる。なんか嫌な予感がする。


「そりゃ、アレンの戦闘時の華麗な剣裁きと、あいつがほれ込んでるカレー粉から付けられた二つ名だ。華麗とカレーで華麗のアレンってな」


そう言うと兵士は含み笑いを一つした。あぁ、なんだただの駄洒落か・・・。まぁ、魔狼を相手取っていた時の剣裁きはかなりの迫力があったし、毎食の様に食べたカレー粉のことを考えればそんな二つ名。この場合は悪名と言った方が良いのか。それがつけられるのも納得といったところだ。


「それ、あいつの前で言うなよ。カレー粉で仲間と仲違いを繰り返したことはこの町では誰もが知ってるくらい有名でな。これの事言うと手が付けられないくらい激しく暴れるからな」


「はい、わかりました……」


兵士のにやにやした笑みをやり過ごして机の空席に座らせてもらって、兵士の他愛もない日常会話に相槌をするのだった。


 そうして、彼の話に飽き出した頃に戸が開けられた。そこ先には、アレンが立っている。


「待たせたなーアラン。ちょっと手こずっちまって遅れちまった」


「いや、ちょうどよかったよ」


「そうか? なら良かった。じゃあ、すぐに町に入ろう。まずは冒険者ギルドで合わせたい人がいるんでなちょっとばかし時間をくれ」


「合わせたい人? いったいどんな人なんだい」


「ああ、冒険者ギルドのマスターとこの町の領主様。つまり、お偉いさん達だ」

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