1ー11

「なんか、寂しい風景だな。」

 荒れ果てた、というよりは、風化している遊園地を見てリュウトはボソッと呟く。お化け屋敷的な建屋や、フードコート的な建屋、あと室内アスレチック的な建屋が3棟程あるが、観覧車やジェットコースターの様ないわゆる『遊園地の大型アトラクション』的な施設はなく、言わば『小さな遊園地』と言ったところだ。敷地内外に広がる、コンクリートの地面は、あちこちでひび割れていて、その隙間から草が生い茂っている。随分と前に閉鎖されてしまっている様だ。おそらく、撤去に相当の金額がかかる為そのまま放置されているのだろう。

「ここに・・・いるの?」

 辺りを見渡しながら糸子はしおりに尋ねる。

「違うかな・・・かなり近いと思うけど。」

 少しうつむき、恐る恐る遊園地の中に目を向けているしおりは、この場所には昨日の2人は居ないと答える。・・・ここではないとすると、食堂のお姉さんが言っていたもう1つの場所。『古びた神社』か。

 3人は再び車に乗り込み、神社を目指す。


 新緑の芽吹く森の細道を、リュウトカーは徐行する。車の中は、いやに静かだ。女子達の口数が減ったからなのだが。おそらく、緊張しているのだろう。昨日の夜に起きたことが、今日もこれから起こらないとは限らない。何せ、その昨日の相手に、これから会いに行こうと言うのだから。まさか、今日中に会えるかもしれないとは・・・そんな油断もあるのだろう。緊張感が足りなかったという事が緊張感を増長させる事になったのだ。

 遊園地の駐車場を出てから、10分ほどした頃だろうか。石の階段が見えてきた。どうやらここから先は、車では行けそうにない。とりあえず階段の前で3人は車から降り、各々荷物を携え階段を見上げる。50段程はあるだろうか。比較的、急勾配ではなさそうだが、あちこちの段が割れていたり、部分的に崩れていたりしているので上るのが大変そうだ。そう思いつつも、3人は階段を上って行く。

 階段を上り切ると、神社が見えた。なるほど、確かに『古びた神社』と言われる訳だ。屋根、外壁共にかなり老朽化が進んでいる。屋根瓦は、およそ全体の5分の1程度は割れていて、これでは雨漏りは免れないだろう。そして、この木造の外壁だが・・・どれだけ手入れをしていないのだろう。長年の度重なる風雨の影響で、木がかなり傷んでいる。誰の目から見ても、それがわかる程にだ。これでは、とても人が住めるとは思えないのだが・・・

「ハズレか・・・」

 リュウトはボソッと呟く。しかし、しおりは少し震えていた。

「多分・・・ここ・・・」

 しおりの言葉にギョッとするリュウト。糸子も驚いている。流石にこの場所にあの2人が暮らしているとは思えない。というより、ここで人が生活出来るのか?

「これは、『茂みのシャチも骨握る』ってことか?」

 ?

 やはり頭に?が付いてしまうしおり。チラリと糸子に目をやると、口に掌を当て、驚いている様子だ。どうやら、きちんと意味を理解しているらしい。どうして糸ちゃんは、当たり前の様に分かるのだろう。どうしてあたしには分からないのだろう。今の現状と合わせて、色々と考えてしまうしおり。

 すると・・・

 ガサッ

 神社の裏から音が聞こえた。3人は恐る恐るその音の方へ近づいて行く。そして建屋の陰から、コッソリと覗くと・・・

 人影がある。

 !

 ・・・そこに居たのは、3人の知っている人物だった。

「ナイン・・・」

 そう、彼は、昨日リュウトと一戦を交わした、しおりと同じ『数字』を持つ者、ナインその人だった。

 ナインは薪を運んでいた。よく見ると、ナインの立つすぐ側の神社の一室の中から湯気が溢れている。

 ナインはこちらに気づいていない。よし。今のうちに少女の方を探そう。リュウトがそう考えているにも関わらず・・・

「あの〜・・・」

 姿を見せ、声をかけてしまうしおり。そして、やはりこちらに気付いてしまうナイン。

 うわ・・・マジか・・・

 リュウトはため息をつく。

 先陣を切ったしおりに続き、リュウトと糸子もナインの前に姿を現わす。

「お前、達、は、昨日、の。」

 お前達と言っておきながら、ナインの目線はリュウトに向けられている。

「俺、と、闘い、に、来たの、か。いい、ぞ。どれ、闘う、か。いくぞ。」

 持っていた薪を下に置き、有無を言わさず構えを取るナイン。そして昨日の様に、右半身に『生命エネルギー』を集中させる。いきなり始める気か!

 リュウトと糸子は、急いで身構える。しかし、そんな一触即発の状態の間を、しおりは怯まず割って入っていく。

「ちょっと待って!あたし達はあの女の子に会いに来たの。いるんでしょ?」

 しおりはナインの目をジッと見据える。しばらく膠着するが、ナインは構えを解かない。そして、そのままニヤッと笑う。

「昨日は、気付か、なかったが、お前も、強いな。」

 強者を見抜く嗅覚。ナインの野生の勘が働いた。

 リュウトは焦る。

 しまった。バレてしまった!

 しおりも、リュウト程ではないが、かなりの戦闘センスを持っている。おそらく、警察官の親の影響もあるのだろう。護身術は、きっちりと叩き込まれていた。

 そして、この戦闘能力の高さのお陰で、あの『パープルクロウ』の魔の手にかからずに済んだのだが・・・

 ナインは『パープルクロウ』よりも確実に手強い。それは明らかだ。双方と闘ったことのあるリュウトには、それがよくわかる。そんな奴に目を付けられてしまっては・・・

「あんたの相手は俺だろ。まさか、か弱い女の子に勝負を挑むつもりか?」

 注意を引こうと、ナインを挑発するリュウト。

「ああ、そうだ、な。じゃあ、お前の、後、こいつだ。」

 くっ、これでどうしても負けるわけにはいかなくなった。しかし、リュウトも勝算が無いわけではなかった。一応の準備はできている。

「いく、ぞ!」

 くる・・・

「だから、あたし達は争いに来たわけじゃ・・・」

 諦めず、慌てて止めに入るしおり。そこに・・・

「ゴチャゴチャ外でうるさいぞえ!」

 湯煙の上がる一室から怒鳴り声が聞こえる。あの少女の声だ。

 ナインはビクッと体を震わせ、構えを解く。どうやら、少女のあの一声で戦意を失ってしまった様だ。余程あの少女を恐れているのだろうか。それとも・・・

「だって、先生。昨日の、奴らが、来たから、闘おう、と・・・」

 言い訳を言うナイン。

「昨日の?おお、そうかそうか。本当に来たのかえ。じゃあ、そ奴らは妾の客じゃ。手出しするなえ。」

 少女の声色は喜んでいる。しかし、ナインは悔しそうだ。

「中に案内しておいておくれ。妾もすぐにいくえ。」

 少女がそう言った後、しばし沈黙するナイン。そして、渋々3人を神社の中に案内する為歩き始める。

 4人は 正面に回ると、低い石段と木の階段を上がり、趣のある扉の前に辿り着く。

「中に、入ったら、あまり、あちこち、触るな、よ。」

 扉を横に、ガラガラと開けていくナイン。中の様子は・・・リュウトの予想を大幅に裏切っていた。しおり、糸子も驚いている。

 内装は、 決して近代的とは言えないが、ヨーロッパ系のアンティーク家具が部屋全体を美しく彩っている。とてもセンスのいいインテリアの数々。だが、その中に、この場では異質とも思える日本製の屏風が部屋の一角に置かれていて、いやに目立っている。なぜここにこれが?まあ、神社の中と考えれば、あってもおかしく無いのだが・・・

 そして、内壁や天井に至っては、全面に白い壁紙が貼ってあって、しかもシミ一つ無い。外と中のこのギャップ。そう、イメージ的には、神社の中に建屋を新たに建てたという感じだ。しかし、電気は来ていないのだろう。ランプやロウソクがあちらこちらに置かれている。灯りはこれでまかなっている様だ。

「そこに、座って、待て。」

 2人がけのソファーが2つ置いてあり、そこに座っていろと言うナイン。そう命じた当の本人は、少し離れた床にどしっと座る。とりあえず、しおりと糸子2人が同じソファー、リュウトは1人で2人がけのソファーにデンと座る。

 少しして・・・

 部屋の外の廊下から、足音が聞こえてくる。きっと、あの少女だろう。近づいてくるその足音は、この部屋のすぐ前で止まる。そして、ガチャッとゆっくり扉を押し開いていく。

「待たせたなえ。それにしても、よう来たのう。さて、何から話すかえ?」

 姿を現した少女。早速本題に入ってくれるのはいいのだが・・・

 思わず、咄嗟的に視線を少女から逸らすリュウト。しおりと糸子は目を丸くし、顔を赤らめている。それもそのはず。ボディタオルで身体の前面はギリギリ隠しているものの、ほぼ裸同然の状態だ。たった今まで風呂に入っていたのは間違いない。何故なら、肩の辺りから湯気が上がっているし、眉の下辺りで切り揃えられた前髪と 、腰まである長い髪はしっとりと濡れているのが見てとれるからだ。まったく!若い娘が何て格好してるんだ!

「話の前に、まずは服を着てきなさい。」

 リュウトは、視線を少女から逸らしたまま、少し怒り口調で言う。若い女性が犯罪に巻き込まれることが多い昨今、心底心配で言っているのだ。例え、それが敵か味方かわからない者であろうとも。

 そんなリュウトの気持ちを知ってか知らずか、少女はコロコロと笑う。

「なんじゃ、照れておるのかえ?かわいいのう。」

 からかう少女。リュウトはちょっとムッとする。

「しかしな、着替えようにも妾の衣服はその屏風の裏にあるのじゃ。少し待っておれ。」

 そう言うと、なんの恥ずかしげもなく、リュウト達の前を通り、屏風の裏に身を隠す少女。そうか、あそこは少女の着替え場だったのか。しかし・・・今までの間、ナインは特に何のリアクションもしなかった。これが日常なのか?だとしたら、とてもけしからんのだが。


 ・・・

 2分程たった頃

 バッチリと着替えが済んでいる状態で、4人の前に現れる少女。いやいや、いくらなんでも早すぎるだろ。赤、黄、白の彩であしらわれた着物を羽織り、その下には丈の短い薄灰色のシャツと、若草色の膝上20㎝位のスカートを着ている。そして、長く艶のある髪は、やはりあの大きなかんざしで留められていた。昨日会った時と同じ様な格好なのだが。この着替えをこの短時間で済ませたのか?とても人間技とは思えない。

「待たせたなえ。それではおしゃべりを始めようぞえ。」

 言いながら少女はつかつかとリュウトら3人に向かって歩いていく。そして、ちょこんとリュウトの隣に座る。

 !

 !!

「ななな、なんでリュウ兄の隣に座ったの?」

 驚きと、 嫉妬を隠せないしおり。糸子も、じとっと少女を睨む。

「なぜ?それはの、妾はいつもこの椅子に座っておって、たまたまこの坊やが隣にいるからじゃ。」

 なるほど。たまたまなのか。悔しいが、なんとか自分を納得させるしおりと糸子。

「とにかく、本題に入る前にまずは自己紹介でもするかえ。まず、妾の名は『ミタマ』。そして、そこに座っておる男はの名は、『ショウリ』じゃえ。」

 そう言うと、リュウト達3人を見渡すミタマ。

「して、お主らは?」

 さすがに、相手が名乗った以上、こちらも名乗らない訳にはいかないと思ったリュウト達。

「俺の名前はリュウト。会社員だ。」

 普通に言うリュウト。

「あたしはしおり。高校生だよ。」

 元気よく言うしおり。

「私は糸子ともうします。研究者です。」

 丁寧に言う糸子。

 各々が名乗りをあげた。

「そうか、そうか。どれも良い名前じゃのう。」

 ミタマは、何故か嬉しそうだ。3人も、名前を誉められることなど早々あることでは無いので、悪い気はしない。むしろ、いい気分だ。

 そして、微笑みながら3人に問いかけるミタマ。

「どれ、それでは何を聞きたいのかえ?」

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