第21話 女魔法使い

 ほどなくして、クライトはギブライドの部下に呼ばれた。

 案内されて倉庫の外に出ると、ギブライドと頭巾付きの外套を纏った二人の男女が立っていた。男の方は箱のようなものを抱えている。

「クライト、この女を覚えてるか」

 ギブライドが言った。イビが声を上げる。

(最初の交渉の時にいた女か)

 それで思い出した。女の方は、あの時アストリートの後ろに控えていた魔法使いだ。

「なんとなくは。どうしたんですか」

「アストリートがグルピアリスの工作員と手を結んだことが不服らしい。それで、うちに寝返りたいそうだ」

 女がクライトに向き直った。

「ただで信用してもらえないのは理解している。だからその証拠を持ってきた。この人では確認できないので、あなたに確認してほしい」

 女が促すと、男が箱の蓋を開けた。

 毛のようなものが見えた。男が箱に手を入れて、それを掴み上げる。

 ウショウの生首だった。

 血の気は完全に失せている。臭いすらしなかった。

 喉を、何かが込み上げてきた気がした。唾を飲む。吐き気は直ぐに治まった。

 所詮、この程度だ。イビが首を振っている。

(血が流れていないのは大幅な減点。これじゃ飾りにしかならないよ)

 ギブライドが顎をしゃくった。

「どうだ、これはウショウの首か。アストリートの片腕とは俺も聞いてるが、顔は見たことがねえんだよ」

 疑問が一つ解消した。

 ウショウに捕まっていた筈のフォニーが自由の身だったのは、内紛があって逃げてきたからだろう。だから、ギブライドたちに捕まってしまった。

 クライトは、ウショウに感謝した。

 この男が死んだお蔭で、フォニーの嘘に振り回されることはなくなった。本当の意味でシアルを救う覚悟を決められた。結果的には良いことだったのかもしれない。

「最初から仕組まれていない限りは、これはウショウの首です」

 一瞬、男の表情が反応する。女に変化はなかった。

「良いだろう、お前たちを信用しよう。ただし、アストリートの隠れ家の場所について裏を取る必要がある。一度騙されてるんでな」

 女が頷いた。

「それで構わない。こちらも文句を言えた立場ではない」

「分かった。それと、アストリートは女だけで構成された魔法使いの集団を飼ってるか。別に女じゃなくても良いが」

 女は怪訝そうな顔をした。

「いや、そんな奴らはいないし、そんな奴らと手を組んでもいない」

「そうか。まあ良い、お前たちを歓迎しよう。着いて来い」

 ギブライドが身を翻す。寝返ってきた男女が続き、クライトはその後に着いた。倉庫に入り、三人が奥に消えていく。クライトは入り口近くに腰を下ろした。

「あの時は疑うようなことを言って悪かった」心持ち申し訳なさそうな顔をして、ナーノが近づいてきた。「膿は早い内に出した方が良いって性分なんだ。許してくれ」

「いえ、気にしてませんから」

 ナーノが短剣を差し出した。

「詫びの印ってつもりはないけど受け取ってくれ。魔法使いとはいえ護身用の武器はあった方が良いだろう」

「分かりました」

 短剣を受け取って懐に仕舞う。

 金属が触れ合う音がした。ギブライドから短剣を貰っていたことを思い出す。

 これで、自分は人殺しの道具を二振り手にしている。どちらも場所を取らないものだ。あって困るものでもない。それぞれ取りやすい位置に入れ替えた。

「じゃあ」

 ナーノが離れていく。クライトは外を眺めた。陽光は薄い雲に遮られて弱くなっていた。

「敵襲だ!」

 突然、男が叫んだ。傭兵たちが素早く構える。クライトも立ち上がった。

「女の魔法」

 そこで途切れた。

 声は倉庫の裏口から上がっていた。瞬く間に騒がしくなっていく。クライトは倉庫の奥に走った。

 女が、三人いた。

 眼が合う。向かってきた。イビが興奮して叫んでいる。

 道は狭い。三人ごと魔法で吹き飛ばした。クライトの脇を二人の傭兵が駆け抜けていく。女たちが体勢を立て直した。そこに、傭兵たちが襲い掛かっていく。

 クライトは呪文を呟いた。女の一人に狙いを定める。右腕を素早く振った。

 女の首が飛んだ。

 首のない死体が頽れる。血が勢い良く噴き上がる。クライトの頭は冷えていた。

 さらに、女が二人現れた。三人の傭兵が対応に向かう。先頭の女が両手を前に出した。

 火の玉が転がってきた。核には岩がある。大きさは子供並み、とても止めきれない。クライトは魔法で水の壁を作る。即座に小部屋に飛び込んだ。

 水の弾ける音。ぬるい水が降ってきた。後方で重い音が響く。

「通路でまともに戦うな!」

 ギブライドが怒鳴る。二人の傭兵が向かいの小部屋に入った。材木の壁を乗り越えながら敵に向かっていく。

 ふと、焦げ臭さに気付いた。

 後方から漂ってくる。見ると、白煙が上がっていた。倉庫の入り口が燃えている。

 このままだと退路を塞がれる。幸いまだ火勢は弱い。クライトは魔法で水を飛ばして鎮火する。瞬間、燻る白煙から新たな女たちが飛び出してきた。

「材木を障害物にして戦え!」

 誰かが叫ぶ。前線で戦っていた傭兵たちが次々に小部屋に避難してくる。クライトのいる小部屋にもギブライドやギュラスたちが入ってきた。

 険しくなったギブライドの顔に、猛々しい笑みが浮かんだ。

「丁度良い。クライト、背中は任せたぞ。来い、ギュラス」

 ギブライドとギュラスが通路に出た。二人して裏口に走っていく。それに、数人の傭兵が続いた。入り口にいる女が手をかざす。クライトは呪文を呟いた。

 女が火の玉が作り出した。通路に向かって転がってくる。それを、クライトは魔法で吹き飛ばした。火の玉は壁にぶつかって動きを止める。

 しかし壁に火が移った。クライトは即座に水を飛ばして消火する。

「着いたぞ! 好きに戦え!」

 ギブライドの声がした。クライトは近くの女に眼を付ける。呪文を呟き腕を振った。

 一人を殺した。新たに四人の女が倉庫に入ってくる。

「クライト! 通路の入り口は塞げねえか!」

 ブソルの声。すぐさまクライトは呪文を口にした。女たちが通路に近づいてくる。クライトは通路の入り口の上空を指差した。

 巨大な岩が、空中に現れた。

 落下する。地が震えた。女たちの足が止まる。裏口からも似たような震動が起こった。

「これでどっちも塞がった。これ以上誰も入れるなよ!」

 ギブライドが嬉しそうに言った。女たちが外まで退いていく。クライトは呪文を呟いた。女の項に魔法を放つ。

 寸前で、女は倉庫を出て行った。空振りした見えない魔法の刃が、壁に深々と刃傷を刻み込む。

「通路内の残党を始末しろ!」

 戦闘音は落ち着いていた。少しして何度か激しい音が鳴り、女の甲高い苦悶の声が上がる。

 火の爆ぜる音が聞こえてきた。

 倉庫の天井に火が掛けられている。傭兵たちがざわつき始めた。

「貴様たちに猶予をやる!」女の低い声が響いた。「投降するか、焼き殺されるか。好きな方を選べ!」

 数人の傭兵が怒鳴り返す。長くは続かなかった。直ぐに調子が衰えていく。倉庫には煤が舞っていた。

「分かった! 俺の名はギブライド、この一件の首謀者だ。俺一人が投降する、それで勘弁してくれ」

 イビの形相が憤怒に染まった。

(ふざけんじゃねえぞハゲ! 全員殺せ! 全滅するまで戦い続けろ! それ以外に決着なんて付かねえんだよ!)

「駄目だ! 一人では足りない」

「なら何人必要だ!」

「クライトだ! あの魔法使いも加えろ。それで投降を認める」

 何故、自分に用がある。

 頭に疑問が浮かんだ瞬間、クライトは周りの傭兵に見られていることに気付いた。

「良いだろう。お前ら! クライトを捕まえろ。今までの給料は出してやる」

 傭兵たちが剣を向けてきた。数人が慎重に近づいてくる。

 ここで逃げても、外には女の魔法使いたちがいる。逃げ切るのは難しい。抵抗はしなかった。クライトは大人しく両手を挙げる。イビは興味深そうに腕を組んでいた。

「二人一緒に裏口に来い」

 傭兵たちに押されて裏口に歩いていく。天井の燃えさしが落ちてきた。材木に火が移る。傭兵たちが興奮してきた。

「お前たちはまだだ! 大人しくしていろ」

 女に舐められてたまるかよ、男が獲物を握り締めている。それを隣の男が宥めていた。近くでは、数人が必死になって材木に移った火を消している。

 また、倉庫が騒々しくなってきた。

 ギブライドは通路を出て待っていた。その顔を見た途端、クライトの頭が熱くなった。

 不意に、雨が降ってきた。

 外から魔法を使って水が撒かれている。火が消えていき傭兵たちが静まっていく。クライトの頭も冷えてきた。

「お前ら! 今日で解散だ! 金を受け取ったらどこへでも行っちまえ!」

 叫び、ギブライドは身を翻した。傭兵に急かされてクライトも倉庫の裏口に進んでいく。外に出ると傭兵は倉庫の中に戻らされ、クライトとギブライドは両腕を縄で縛られた。

「抵抗はするな。大人しく着いて来い」

 頭に袋を被せられた。縄を引かれて歩き出す。途中、何度もその場で回転させられた。

(楽しみだねぇ、クライト。今度こそ拷問されるかな?)

(かもな。でも、あの男にまた会えるかもしれない)

 拷問されている様子を思い浮かべても恐怖は感じなかった。レスダムールに繋がるあの男に会えるかもしれない。想像するだけで気力が漲ってくる。

(やだ、格好良い。うん、これはこれでつまんない)

 しばらく歩き、風の流れが止まった。どこかの建物に入ったのか。いくつのかの足音が離れていく。少し、歩く時間が長かった。大きい建物なのか。扉の開く音がした。

 椅子らしきものに座らされ、胴と足を縛られる。二人分の足音が背後に回った。

「私を殺しても後ろの二人がお前を殺す。余計な動きはするな」

 正面から女の掠れた声がした。倉庫でギブライドと交渉をしていた女だ。

(乾物去ってまた乾物。今度は全身ババアかよ!)

「また、あの男が来るんですか」

「黙れ」

 胸に、硬いものが押し付けられた。小刻みに動きながら圧迫される。

「聞かれたことだけ正直に答えろ」

「分かりました」

 恐怖も怒りもなかった。

 レスダムールに近づいている。シアルの健康が近づいてる。あるのは、期待だけだ。

「レスダムールとはどういう関係だ」

「魔法を教わった師匠です」

「何故、レスダムールはお前に魔法──地法を教えた」

 虚を衝かれた。言われてみればその通りだ。

 レスムダールが自分に魔法を教える必然性はどこにあるのか。自分は天の世界の人間でありながら、地の世界の魔法である地法を使う。そこに理由があるのか。

 どれにしろ、女たちに正直に答えるつもりはなかった。

「知りません」

「ただで教える奴がいるか!」

 腹に衝撃が食い込んだ。

 喉に力を入れる。僅かに漏れた胃液を飲み込んだ。胸に鈍い痛みが張り付いている。

 忘れていた筈の恐怖が、ちらりと頭を覗かせた。

「……最初は、名前を隠して近づいてきました」

 気付けば、クライトは無意識に喋っていた。舌が勝手に動き出し、微かに震える声を絞り出す。

「それだ、続けろ」

「そいつはレスダムールに恨みがあると言って、俺に魔法を教えようとしました」

 シアルの名を出すべきか、一瞬迷った。

 女たちの狙いは何なのか。シアルの名を出すことは事態の好転に繋がるのか、シアルの身の危険に繋がるのか。分からない。

 理性は隠せと言っている。口は勝手に喋ろうとする。歯を食いしばり、理性に従った。

「俺の方は魔法に興味があったんで、こっちから頼みました。それが二年前です。それからつい最近まで魔法を習っていました」

「それが何故、この街に来た?」

「師匠は自分の名前がレスダムールだと明かして、この街で自分を探せと言って姿を消しました。だからこの街に来たんです」

 また、胸に硬いものが押し当てられた。

「ソーウィンにペナン花を渡した女を知らないか、そう聞き回っていたそうだな」

「何度か師匠の命令でこの街に来ていました。それで唯一、師匠を探す手掛かりと言えそうなものがそれだったんです」

「それ以外に街に来た理由を言え」

 行商から買ったものを、クライトは事実通りに伝えた。

「何故、レスダムールはそれを命じた?」

「師匠の命令に従うのも修行の内、そう言っていました」

 少し、胸の圧迫が強くなった。

「ギブライドと言ったか。あの男とはどういう関係だ。レスダムールの関係者なのか」

「約束をしたんです。ソーウィンにペナン花を渡した女を知っているという人が、ギブライドに借金をしていた。その借金を返す代わりに、情報を教えてもらうという約束です。それで金を稼ぐ為に、ギブライドの傭兵となったわけです」

「情報は聞けたのか」

 胃に痛みが走る。イビが思い出したように笑った。

「……いえ、全てその人の嘘でした」

「なら何故、今もギブライドの傭兵をしている?」

「その人を守る為に、アストリートに寝返ったことがばれたからです。自分の命を守る為には、ギブライドの傭兵を続けるしかありませんでした」

 硬いものが胸から離れた。

「お前たち、しばらく任せたぞ」

 足音が遠ざかり、扉の開く音がした。扉が閉じ、足音が消える。

 ようやく恐怖が治まった。頭が冷静になっていく。

 前回と似たような展開だ。また、あの男が来るのか。あの男こそが、女魔法使いの集団の頭なのか。アストリートやグルピアリスの工作員とも違う、あの男の目的は何なのか。自分、レスダムール、シアル、それとも他に何かあるのか。

 考えても分かりそうになかった。頭を切り替える。

(イビ、部屋の様子はどんな感じだ)

(普通、前よりは少し広いかな。それでやるの、ずばっとやっちゃうの?)

(見張りはどうなってる)

(二人二人。右後ろは座ってて、左後ろは立ってる)

(具体的な場所を教えてくれ。見張りのいる方向で声を出せば分かる)

(こっちと、こっち。距離は私の移動距離の倍ぐらい)

 大よその位置は分かった。腕を縛られたことで満足に魂に働きかけられない分魔法の威力は落ちるが、殺傷に支障はない。

(見張りが動いたら教えてくれ)

(えっ、直ぐに殺さないの?)

 殺す覚悟はできている。今直ぐにでも可能だ。しかし、一番の目的が残っている。

(俺はあの男に用がある。まだ見張りを殺すわけにはいかない)

 イビがわざとらしく溜息を吐いた。

(ほんと期待外れだわ。糞女からなんか移ったか、あん? ん? いや、そうか)含み笑いが聞こえてきた。(右の女が髪を触った。親指と人差し指で弄ってる。手を離した。あ、また触った。おいおい、枝毛の手入れしてやがるぞ)

(それは言わなくて良い)

(いやいや言うね。何て言ったって、クライトの頼みだからね! 躰の形から顔の形、生活習慣が分かるぐらいまでしっかりと伝えてあげる)

 イビが大声で話している。クライトは無視して待った。

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