フォーク・ロア

春乃寒太郎

序談  草条智里と都市伝説

 じりじり・・・・・・。

 じりじりじりじり・・・・・・。

 

 わたしは夏の夕焼けが嫌いだ。

 人に、街に、なにもかもに降り注ぐ赤い熱戦。

 灼熱に照らされ、見渡す限りの赤、紅 朱。

 これはまるで電子レンジ。

 わたしは、ぐるぐる回るテーブルの上。  


 じりじり・・・・・・。

 じりじりじりじり・・・・・・。

 

 だから、これはきっと焼ける音。

 人が、街が、わたしが炙られ、焦がされる音。

 そういえば、どこかの愛犬家が、風呂上がりの飼い犬を乾かすために、電子レンジに突っ込んだとかいう話があったっけ。

 飼い犬は哀れにもローストになり、飼い主が電子レンジのメーカー相手に裁判を起こしたとか。

 曰く、電子レンジの説明書に、犬を入れるなとは書いてなかった。

 もちろんこれは、ただの冗談。

 どこかの国が好きそうな、破廉恥で悪趣味な都市伝説。


 じりじり・・・・・・。

 じりじりじりじり・・・・・・。


 その話が真実なのか、はたまたでっちあげの嘘っぱちなのか、それはどうでもいいことだ。

 肝心なのは、そういう話が、人々の間に伝わったということ。 

 噂は無責任に広がり、やがてこんなことを考えるヤツがでてくる。

 では、実際に犬を電子レンジに入れたらどうなるのか、と。 


 じりじり・・・・・・。

 じりじりじりじり・・・・・・。


 ならわたしをこんなところに入れたのは、いったいどこの誰なんだろう。

 愛情だけの無知な主人か。

 それとも好奇心を殺せなかったバカなのか。

 いや、もっと単純に、わたしを加熱調理しようというだけかもしれない。


 じりじり・・・・・・。

 じりじりじりじり・・・・・・。


 それもまた、どうでもいいこと。

 それがなんであったとしても、わたしがローストになることはかわりないのだから。

 その行き先が裁判所だろうと食卓だろうと、丸焼きになったわたしには関係ない。


 じりじり・・・・・・。

 じりじりじりじり・・・・・・。


 あぁ嫌だ。夏の夕焼けは本当に嫌だ。

 頭がくらくらする。沸騰しているみたい。

 電子レンジというのは、内側から熱するのだと聞いた事がある。

 わたしの脳みそが、電子レンジに犯されていく。


 じりじり・・・・・・。

 じりじりじりじり・・・・・・。


 世界は回るテーブルの上。

 焼かれ。焦がされ。炙られて。

 ふらふら、くらくら、わたしは揺れる。

 ああ、わたしが玉子だったらよかったのに。

 もしもそれなら、最後ぐらい盛大に破裂できそうなものなのに。


 じりじり・・・・・・。

 じりじりじりじりじり・・・・・・。


 電子レンジの街の中、わたしは一匹の犬に会う。

 焼かれる意識。

 焦がされる体。

 あぁ、おまえは一体、どうしてこんなところに来てしまったの?


 じりじり・・・・・・。

 じりじりじりじり・・・・・・。


 電子レンジの中だから、犬に会うのは当然なのか。

 迷い人はわたしの方か。

 そこでわたしの記憶は終わり。

 目覚めたわたしは、いったいどこにいるだろう。


――さと! 智里!――


 その犬が、なんでわたしの名前を知っていたのかとか。

 そもそもなんで、この犬は話すことができるのかとか。

 そんなことも、考えられずに、わたしはレンジに焼かれていく。


――智里! おい、しっかりしろ! 智里――


 その声は、なぜか不思議と心地よくて。

 はじめて聞く声のハズなのに、どこかとても懐かしくて。


 じりじり・・・・・・。

 じりじりじりじり・・・・・・。


 真夏の夕焼けの電子レンジ。

 わたしの焼ける音がする。


 じりじり・・・・・・。

 じりじりじりじり・・・・・・。

 じりじりじりじりじりじりじりじり・・・・・・。

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