遥かなる運河 6/7

 無情にもダイヤモンドスターさんは告げました。

『ダメです。減速が間に合いません』

 火災斧マスターキーで機関室へ続く扉を破壊し、動力の緊急停止ボタンを押した矢先でした。

『シャッテン』

『ああ、わかってる』

 エナさんとシャッテンさんは短く会話し、すぐに合点したようでした。

『座礁させる。川岸にぶつかるよるよりマシだ』

『え!? そ、それって……』

『船の中央に荷重をかける。船体が折れるかもしれないし、少々手荒だが、他に方法がない。キミがあのウォーターカッターで穴をあけてくれるか、もしくは川の水に干渉して水を干上がらせてくれればもっと確実だ。たぶん船は止まる。やるか?』

『で、でもそれってまずいんじゃ』

『本船の乗組員がまだ船内にいます。停止の衝撃で確実にけが人が出るでしょう。また、これほどの船が立ち往生となると、運河の運行にも支障が出ます。国内の物流に極めて大きな遅延を生じることが確実です』

 船が運河の一部を封鎖した場合のシミュレーションが表示されました。ダイヤモンドスターさんが作ったものでしょう。この国の地図の上を動き回るドットのスピードが、運河で事故があった瞬間、ガクンと一気に落ち込みました。

『ですが我々、そして当局は、この船が川岸に衝突することによって生じる破壊と出血の方が深刻であると判断しています。交通事故で多数の死人が出るより、大渋滞にはまった人たちがお腹を空かせるほうがましです。前者の命はどうやっても戻ってきませんが、渋滞にはまった人たちにパンを配る方法はいくらでもあるのですから』

 ダイヤモンドスターさんたちは、確実なデータに基づいた冷静な計算の上で、その判断を下しています。そしておそらくそれが正しいのでしょう。というより、間違いではないのです。

「キミは乗組員をどうにかできないか考えてくれ。救命ボートはもう間に合わない。水に包んで衝撃を軽減できないか?」

「う……や、やってみます……けど、方向はもう変えられないんですか?』

『それほどデケェ船となると、シャッテンの能力でも厳しいな。今から方向転換できるだけの力をかけると船体が折れる』

 とエナさん。そしてダイヤモンドスターさんが付け加えます。

『なお、先ほどの爆竹の爆発の衝撃でも、船の進路にはほとんど影響はありませんでした』

『いろんな乗り物の操作方法をインストールされてるから分かるんだが……風や水流の影響を除いて、舵や翼を失った船や飛行機は、基本的に横には動けねぇ。飛行機は前か上下、は、前と後ろだけだ』

「ちょっとまってください!」

 急に大声を上げた私に、シャッテンさんは少し驚いたようでした。

『エナさん、今のもう一度言ってもらえますか?』

『またかよ』

『はい』

『えーと……? 水面っていう水平面に浮かんでいる船は前と後ろだけ?』

 ……またしてもエナさんに助けられたようです。

「それです!」



「きゃあああああああああああああ!?」

「うわああああああああああ!!」


 ドッボーーーーーン!

 シャッテンさんに投げ飛ばされた私は、川岸近くの水面に着水しました。

「な、な、なんっ、ですか……っ」 

「ぷはっ……ふぅ、もう遊園地とか行かなくていいですね、これは……あれ!? サジィさん! なんでこんなところに!? は、早く避難してください!」

 水中から顔を出してみると、そこにはサジィさんがいました。ここは船の衝突予測地点です。とっくの昔に避難しているべき場所でした。

「す、すみ、すみませっ……!」

「謝罪はいいので早く離れてください! 船をどうにかできる保証はないんです!」

 怒鳴り気味で言います。たとえ恨まれても、それで誰かの命が助かるのなら構いません。

 ですが、目には目をといったところでしょうか。サジィさんから聞こえたのも、ほとんど怒鳴り声でした。


「わっ、わたしは信じてるんです!」


「!」

「わたっ、わたしは信じて……ます……! シャッテンさんが、セラさんが、みんな……が、絶対になんとか……してくれるって……! だ、だからわたし、は、ここで待ちますっ、船にいる負傷者を、一刻も早、く手当するために……っ」

 ハッとします。

 前の仕事から解任された時、私の気分はもう谷底の泥の下に埋まっていました。

 もう誰の役にも立てない。誰かを助けるために生まれたのに、そのための行動をとることができない。それがどれほどの苦痛か、嫌というほど味わいました。 

 メトロポリタンでは戦闘が多く行われています。そしてサジィさんは機械式の医療型メトロ。戦闘用ではありません。

 皆が体を張って戦う中、後ろで見ていることしかできない歯がゆさは想像を絶します。自分ばかりが安全地帯にいる罪悪感が、手助けできない無力感が、常に彼女を苛んでいることでしょう。

 いてもたってもいられない。

 炎を前にした私のようなものです。

 そう考えると、彼女にどこかへ行けなんて、もう言えませんでした。

「……わかりました。何とかしましょう、絶対に」

「とめ、る、方法……あ、あるんです、か?」

 信じているなら不安はぬぐい切れ、というのも無理な話です。

 だから私は、サジィさんに笑って答えました。


「船は、止めません」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る