グラフィアス 5/5


 オオ゛ッ、オオオオオオオオ゛オアアアアアア゛アアアアァァァ!!!! 


「!」

 グラフィアスが咆哮しました。それはオオカミの遠吠えを思わせ、私たちは思わず身をすくませます。

 そしてその隙を突くように、グラフィアスは動きます。地面に両手を付き、犬歯をむき出しにして、さらに背部のフレキシブルアームを高く掲げ上げていました。


 そう、まさにサソリのように。


『まずい、くるぞ!』

 アームが波打ち、その尖った先端から放出されたものは――ボファッ!

『霧か!』

 酸の霧!

 微かに赤褐色を帯びた霧が、アームの先端から放出されました。

 その霧は瞬時に拡散し、ライカさんとエナさんを今にも飲み込まん迫ります。

「やべぇ! ライカ!」

 エナさんがとっさに駆けだします。そしてライカさんと酸霧の間に割って入り、ドンッ! と、地面を殴りつけました。

「【炎樹えんじゅ】!」

 次の瞬間、なんと地中から巨大な炎が立ち上がりました。

 大地が裂けて炎が噴き上がるその様は、活火山の噴火を思わせました。

 そして炎樹が噴き出すのと同時、大量の土ぼこりと風が生じて、酸の霧を吹き飛ばしたのです。

「ありがとうエナ。でも、私一人でも避けられたわ」

「オレを助けようか迷って、動きが間に合ってなかったぞ」

「……私もまだまだね」

 酸霧が晴れます。

 グラフィアスは牙を剥いたまま、ライカさん達を睨みつけていました。

『ダイヤモンドスター! 理屈はわかった! どうすればいい!』

『大口径砲等での破壊、ノコギリ等の工具による切断、超高熱を用いた溶断が効果的です。なお、このヘリの機関砲はあまり効果がありませんでした』

『それよりデカい砲ってなると、国王軍に借りるしかねぇ。フレームは傷むが、温度上げるか』

 エナさんが両拳を重ね、炎の温度をさらに上げようとしたその時、ライカさんが遮ります。

『その必要はないわ』

 ライカさんの周囲にいつの間にか、黒い霧が立ち込めていました。まるで酸霧への意趣返しのようでした。

 黒霧は瞬く間に、黒い二等辺三角形のプレート状に成型され、ライカさんの背後で静止しました。

『【硬く震える黒い百合ランディーニ】』

 プレートの数は6。花のような放射の配置を描いています。蠢くそれは真っ黒で、街光を照り返すこともありません。底の見えない暗い穴を思わせます。しかし強力な電磁気力を帯びているようで、時折蒼い放電が見て取れました。

 そのプレートの1枚が、鋭角をグラフィアスに向けた――その直後!


 ズブッ!


「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアア゛!!!!」

 グラフィアスの左肩に、黒百合の花弁が突き刺さっていました。

 左腕が動かなくなったのでしょう。グラフィアスは地面に崩れます。しかしまだ動く右腕と右足で体を浮き上がらせ、ライカさん達に襲い掛かるそぶりを見せました。

 その瞬間。


 ズドドドドンッ!!!!!


 黒い花弁がグラフィアスに殺到し、次々と体に突き刺さりました。

 グラフィアスの胴体からは火花と潤滑油が飛び散り、右手とフレキシブルアームは切断されてしまいました。

 そして、彼女の額に花弁が突き刺さるのを合図に――どさっ。

 グラフィアスは崩れ落ちました。まさに圧倒的でした。

『な、なんですか、あれ……』

『ライカの能力を応用した戦術です。電気で発生させた磁力で砂鉄を従属化して成型。超振動する砂鉄のプレートで対象を削断さくだんします。大出力に加え、繊細な磁界の制御が求められる高等戦術で、現状ライカ以外に使用できる個体はいないでしょう』

 軍用はやはりとんでもない性能をしていました。

 いいえそれどころか、他の軍用と比べたとしても、ライカさんはケタ違いのポテンシャルを持つメトロポリスに違いありませんでした。

『ライカ、エナさん、避難してください。グラフィアスの自爆シークエンスが始まります』

『おっとそうだった。行くぞ、ライカ』

 ライカさんは無言で頷いて、エナさんと一緒に駆け出しました。

『……自爆するって、本当だったんですね』

『はい。メトロは撃破されると、機密漏洩防止および【鉱石炉こうせきろ】に使用されている【放電鉱石ほうでんこうせき】の完全封印のために自爆します。もちろん例外はありますが』

 鉱石炉とは、メトロに採用されていることが多い旧式のジェネレータです。放射性物質を高分子鉱石によって封印することでできる、発電性を有する放電鉱石を核として製造されます。

 耐用年数は極めて長く、200年程度は発電し続けることができますが、出力については精霊炉に大きく劣ります。処分の際は、放射性物質を包む高分子鉱石を加熱することで、高分子鉱石をガラス化して放射能をほぼ完全封印しています。

 広く普及した鉱石炉ですが、製造コストや安全性、そしてなにより段違いの出力を考慮した結果、現在では精霊炉が、メトロポリスのジェネレータとしては主流となっています。 

『それはエナさんもですか……?』

『はい、そのとおりです。また、事前に設定された禁止行動をとった場合も自爆します。人工知能が発達した結果、メトロが裏切るという危険性が生まれたからです。この【事前に設定された禁止行動】のことを、人間は【メトロノーム】と呼んでいます』

 メトロはメトロノームに従い、場合によっては壊れるまで戦闘を続けます。大戦中はその傾向が特に強かったと聞いています。

 彼女達の一生は、避けられず戦いの中にありました。その定められたレールからは逃れられず、戦場という名の、血生臭く、暗いトンネルの中を走り続けることが、彼女達の運命だったのです――彼女達が【地下鉄メトロ】と呼ばれる所以です。

『川岸でライカたちを拾います』

 十分に公園から離れてから、ヘリは川岸に向かって高度を下げていきます。

 街はもう静かで、夜の波浪も穏やかでした。


 ――――カッ!

 街が一時、閃光に包まれます。爆風はそよ風になってヘリを微かに揺らしました。

 今日、また一人、メトロがその役目を終えたのです。

 グラフィアスがどんな使命を抱えていたのか、知る人はまだいるでしょうか。



 

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