シーン七:超人裁判

◆ ◆ ◆



「情けない……。酷い侮辱だよストライカー。これじゃあキミに殺された同胞たちが浮かばれん」

 此方の攻撃は文字通り総て空を切り、遂にストライカーは地に伏した。

止め処無く、御し切れぬ掌打と蹴撃に依って顔を覆うマスクはひしゃげ、隙間から惨たらしく遺った火傷痕が覗く。


「さァ立て。立つんだよォストライカー。何度ダウンしたってインターバルのゴングは鳴らんのだぞォ」

 電流の流れる長方形の鉄柵に囲われ、その上方にはずらり埋まった客席。リノリウムの床を七色に染めるレーザー光線群を視ていると、これが高等裁判所の一法廷だとはとても思えない。



 判決:処刑。

 異能者ヒーローが世界人口の一割弱を占めるこの時代、手持無沙汰な彼らが冒す犯罪は枚挙に暇がない。

 重罪を犯した超人は、専任の処刑人とリング上で一対一の死合を行う。勝てば減刑。敗ければ即座に死刑執行。尤も、この刑が合法化されてから、減刑となった者は誰も居ない。

 命は消えども、その名誉までは奪えやしない。これは、同胞の手に依る弔いなのだ。


 しかし本件に限っては意味合いが異なる。ストライカーは『ガーディアン』に所属するヒーローを無惨に殺した大罪人だ。彼に影響され、第二第三の私刑人が出現されてはいけない。

 これは、他に対する徹底的な『見せしめ』である。

身勝手な私刑には惨たらしい死が待っているのだと、司法から発せられたメッセージなのだ。


「ではまあ。不本意ではあるが……、トドメとさせてもらおう。傍聴されているお客様の興を削いではいかん」

 超人マッハバロンは苦し紛れに飛んだストライカーの拳をいなし、脇腹を蹴りつけ、上体を十分に沈ませる。捕縛の際に喰らい、一発で昏睡状態に持ち込まれたフィニッシュ・ブロウ。今、あれを受けてしまったら――


「貴様はこの社会を蝕む悪性の腫瘍だ。我が手――、否・我が足で、完膚無きまでに切除してくれよう」



※ ※ ※



「ぬっ、がーーっ!! 駄目・駄目! もう無理ぃいぃいぃいぃいぃいぃいぃいいいいいッ!!」

 リクライニング座椅子をコーヒーカップめいてぐるぐる回し、バックスペースキーの連打でワードソフトに並ぶ文字列を一気に消してゆく。

 駄目だ。いつまで経ってもストライカーが勝てる話筋に進まない。この後、彼はマッハバロンの能力を奪い、衆目の中逃げ去ると、先んじて後の展開を作ったのはいいが、それと今と、パズルのピースが噛み合わぬ。


 時刻は間もなく二十三時。

 担当・桐乃菜々緒が提示したタイムリミットまで残り五十四時間を切った。ゴーストライターとしてマツリの後を継ぐのなら、それまでに話を繋げというのが彼女の弁。ラノベ作家ってまじでこんなに期限タイトなの? 絶対ウソだろ、ありえねえ。



 だがまあ、ぼやいてたってしょうがない。無駄口の前にまずは状況整理だ。


 ストライカーとマッハバロンを囲う長方形の檻には数十万ボルトの電流が伝い、触れた者の体力を奪う。バロンの超加速に翻弄され、ダメージを積み、苦し紛れの反撃はすべからく檻へ飛ぶ。



 狙ったわけではないのだが、今朝のあの出来事を思い出す。

全部自分の過失で、味方と呼べるものは何も無し。書き手が登場人物に同情なんてみっともないが、どうしても他人事とは思えない。


 いっそ、檻なんて設定を無くしてしまえばどうだろう。ダメだ。裁判の設定は檻を含めて前巻で詳細に詰められている。今から無しにするなどあり得ない。マツリの奴、原稿置いて逃げ出すんなら、責めて後続のことくらい考えといてくれよ。



(休憩……すっか)

 根を詰めたところで出来ないモンは出来ないんだからしょーがない。さっきから『メルシィ』からのメッセ通知が、タスクバーの下で点滅しっぱなしだし。

 開いていたワードソフトを最小化し、通話アプリの応答待ちをダブルクリック。よほど暇だったのか、未だ顔すら見たことのない友人は、間を置かず受話器の元へと現れた。



『――お疲れっす、"スケープゴート"さん。何度も鳴らしてたってのに。シゴトですか?』

「うん、まあ……」これが製本されて書店に並ぶことを考えると、一応は、仕事か。「今ちょっと、大分立て込んでてさ」

『――生活のためにガンバるの結構ですけど、少しはカラダのこと気を遣わなきゃ駄目っすよ。もうそんなに若くないんすから』

「うっせ。お前も対して変わらないだろーが」


 やはり、明け透けとモノを言える間柄は気持ちが安らぐ。執筆のことを忘れて、このまま何時間も喋ってられたらいいのだけど……。



「あ、あのさァ」

『――何すか?』

「えと、えぇっと」今書いている特撮ヒーローモノの展開について、同じインターネット・ノベルサークルに所属しているお前から意見が欲しいと言い掛け、逡巡し――取り止める。


 メルシィはおれにガーディアン・ストライカーを勧めてくれた張本人だ。如何にぼやかして問うてもその類似性を指摘されるだろう。

 否、そもそもこういうのってヒトに意見賜って良いものか? 守秘義務とかネタバレ防止とか、七面倒な法律に引っ掛かってしょっ引かれるのではあるまいか。

 少しでもヒトに頼ろうとした自分自身にセルフ拳骨。こういうのはやっぱり、おれ自身で解決しなきゃならん。


「ごめん……。何でもない」

『――釣れないなア。むむ。もしかして復帰!? スケープゴートさんの”異世界少女奇譚”、続きずぅーっと楽しみにしてたんすよ』

「はァ!? 発想が飛躍し過ぎてんぞ。無い無い、するわけない」

 主旨がビミョーに合ってるところにどきりとする。

もしやこいつ、訳知り顔でこっち覗いているんじゃないだろうな。


『――ひとりがヒトを辞めて魔物と成る道を選び、世界を制するもう一人が調律か友情かってところで苦渋の決断を迫られるシーン! あの後一体どうなるか、ずっと、ずっと待ってるのにぃい』

「無理無理。あれ風呂敷広げ過ぎたからさ。今だってあれの続き、なーんにも考えてないし」


 楽しいか……? ヒトの古傷抉るのがそんなに楽しいか!? あれ、全然人気付かない揚句、面倒臭い連中にキャラ違いを執拗に指摘されて、金輪際関わりませんと念書まで書かされたんだぞ。ンなもん今更復活させられるわきゃねえだろ!


「この際だから言っておくがよ、あれは終わらないから美しいのであってだな」

『――何寝ぼけたこと言ってンすか。物語は終わらせなきゃ意味無いでしょーに』

「馬鹿言うな。どれだけの作品が未完のまま名作に昇華したと思ってる。例えばだな」



※ ※ ※



「喋り過ぎた……」

 時刻は間も無く午前一時半。おれの素人理想論を振りかざし、あちらが呆れるまで二時間弱。ただでさえ貴重な執筆時間が更に・無駄に・減って行く。

「畜生め、受験勉強中についつい読んじゃう本棚の漫画じゃねえんだぞ」


 たとえ明日が遅出の昼出勤とはいえ、これ以上の徹夜は仕事に響く。

 なら諦める? 冗談ポイだぜ。まだ何も纏まっちゃいないのに、明日の自分に丸投げするにゃあ早すぎる。せめてかの戦いの決着は、何としても今夜中に付けなくては!



 ――仏説摩訶般若波羅蜜多心経……


「ん……?」


 ――観自在菩薩・行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空……


 耳にひりつく囁き声。聴いてるだけでゲンナリするこの言葉の羅列は。

 畜生、大家さんの月二の夜写経、今夜だったか……。一番根詰めて、精神集中しなくちゃならないこのタイミングで……。

 誰もが寝静まった時間に粛々とやるっつってもさ、起きて仕事してンだよおれはァ!! 静かにやるっつっても聞こえてンだよォオオオオ!! 安眠妨害と迷惑条例違反で訴えてやるゥウウウ!!!!


 などと、夜中に戸を蹴飛ばし、文句を言いに行ったのが、この部屋の前の住人。彼がその後どうなったのか――。今の『法蓮荘ほうれんそう』の住人は誰も知らない。


「駄目だ・ダメだ。しゅうちゅう……シュウチュウ……」


 ――そんなんだから、アンタはいつになっても大ざっぱなのよ!

 ――もしこれが窒息にでもなって、脳梗塞でも起こしたら、アンタ責任取れるワケ!?

 ――今月の給与査定、楽しみにしておくことね。


 眠気でぼんやりとし、それでもなお行を進めんとするおれを、左耳から職場での幻聴が。


 ――是舎利子是諸法空相不生不滅不垢不浄不増不減是故空中無色無受想行識無眼耳鼻舌身意無色声香味触法無眼界乃至無意識界無無明亦無無明尽乃至無老死亦無老死尽無苦集滅道無智亦無得以無所得故菩提薩埵依般若波羅蜜多故心無


 右耳から下階で響く般若心経が、強烈なジャブ・ストレートで揺さぶって行く。


 嗚呼やめろ。やめてくれ。

 おれは今、自分の書く物語でアタマがいっぱいなんだ。

 これ以上揺さぶるな。

 これ以上関わるな。

 めまいがする。視界がゆがむ。

 なんだ? おれは今、どこにいる?

 

 おれは。おれは。


 お れ は



……

…………

……………………



「やっぱさ。最近のヒーローは”ハッポービジン”なんだよ。近距離も遠距離も武器一つでなんなくこなせてさー」

「何だよ藪から棒に。それが今のオコサマのトレンドなんだ。仕方ないだろ」

 いつか見た景色。隣に座る酒臭い相棒。

 店に入って一時間も経たずに、特撮談義で生ビール五本目。今日は珍しくハイペースだ。

 職場で何か、嫌なことでもあったのかな。


「じゃあ、問題はそのお子様だ。ヒーローってのは、不得手な部分を如何に克服するかがミリョクなんだよ。それを、武器ひとつでぜんぶ解決なんてつまんない!」

「ならクレームの提出場所を間違えてるぜ。そういうのはおれでなく、玩具会社や制作局にでも言いな」



……………………

…………

……



「八方……美人……」

 おっ。

 これは、なんというか、そう。

 なんか、キタ。今の今まで思い悩んでたことに、もやもやっと理屈が、台詞が満ち満ちてゆく。

 ヤバい。今おれ、過去最大級に、マツリと繋がったかもしんない。

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