第2話 騎士と雷


「オレが浮気っ……ごふぉっごふぉ!?」

「ああもう。食べながら驚かないでください。ほら、お茶です」

「んぐ、んぐ……」


 喉に詰まりかけたサンドイッチをお腹の中に飲み下す。

 デリックとレイヤは植え込みの陰に身を潜めながら、バスケットを広げていた。


 工房を出た直後、突如としてエルフィア人の生徒たちに襲撃されたのだ。

 わけもわからないままレイヤを連れて逃げ、ひとまず隠れて落ち着いたところで、ついでに朝食を摂っているところだった。


「むあ、ふぁんだこのキモい文章……オレ、こんなの知らふぇえぞ……」


 デリックはタマゴサンドを口に咥えながら、レイヤが学内ネットで見つけてきた学院新聞の記事を睨む。

 読んでいるだけで怖気が走った。世の中にはこんな恐ろしいやり取りをする男女がいるのだろうか。

 もぐもぐごくんとタマゴサンドを呑み込んでから、うげーと吐き気をこらえる。


「そうですよね。義兄さんって顔文字も絵文字も使わない、なんだか業務連絡みたいな返信しかしてくれませんし」

「特にこの縦読みが気色悪い。『す』『き』『だ』『よ』って!」

「……あ、ホントだ。うわ、すごいです。鳥肌立ちました」


 細い二の腕をさするレイヤ。

 どこの誰なのだ、こんな細菌兵器みたいなテキストを書いたのは。


「でも義兄さん。問題は、姉さんが本気で勘違いしてるっぽいことですよ。浮気相手へのメッセージを誤送信したんだって」

「だよな……。チッ、あの女。その気もねえくせにプライドだけは守ろうとしやがる」


 当然ながら、リリヤは浮気相手への嫉妬に狂っているわけではないのだ。自分がナメられたと感じてキレているだけなのだ。そこが最高に面倒くさくてああぶっ殺したい。

 レイヤがそっと植え込みの外を窺う。


「……まるでスパイが見つかったお城みたいですね……」


 色素の薄い髪と肌の生徒たちが、抜き身のレイピアを手にしてあちこち歩き回っていた。デリックを探しているのだ。


「ただでさえ姉さんがドワーフィア人と結婚することをよく思わない人が多いんですから、こんな油を注いだら燃え上がりもしますよね」

「これ、普通に国際問題になんぞ……。わかってんのか、リリヤの奴」


 デリックの出身であるドワーフィア族領クラスタと、リリヤの出身であるエルフィア族領クラスタは、伝統的に仲が悪い。

 これは神代――ドワーフィア人とエルフィア人の先祖である《ドワーフ》と《エルフ》の関係を引き継いだもので、極めて根の深いものだ。

 デリックとリリヤの婚約は、その長年の不和を解消するための端緒として結ばれたものなのである。

 再会してすでに7年。二人がこんなにも長く決着をつけられないでいるのは、そういう事情も関わっているのだ。

 それが浮気で破談なんてことになったら、大真面目にヤバい。下手したら戦争である。


(……いや、待てよ?)


 もしかしたら、これはリリヤの自作自演なのではないか? デリックを殺すための口実を作る……。


(有り得そうなことだぜ。あの性悪陰険女ならな)


 デリックは巡回するエルフィア人たちの様子を窺いつつ、


「いずれにせよ、あのメッセージは事実無根だ。だったら、リリヤの情報精霊ブラウニーを押さえちまえば、その証拠が出てくるはずだ。……チッ、やっぱ出ねえなあいつ」


 さっきから何度かリリヤにコールしているのだが、まったく出る気配がない。


「レイヤ、お前のほうはどうだ?」

「姉さんは全部お付きのアンニカさん任せなので、元から通話にはあんまり出てくれないんです。だからいつもはトークアプリ任せなんですけど……今日はなんだか調子が悪くて」


 デリックは自分の小型タブレット状ブラウニーでも試してみたが、妙にアプリが重たくて使いものにならなかった。


「あ゛ー! サーバーでも落ちてんのか!? こんなときに!」

「妙なスパムはいっぱい来るんですけどねー……。こうなったら直接姉さんのところに行くしかありません。そのためには、警護している《騎士団》を突破しないといけませんけど……」


《フルメヴァーラ騎士団》。要するにリリヤの取り巻きのことで、構成員は成績優秀なエルフィア人ばかりである。

 落ちこぼれ(あるいは元・落ちこぼれ)のドワーフィア人ばかりなデリックの友人たちとは真逆だ。


「さすがに丸腰じゃキツいな……。工房に置いてきたアレを取りに行かねえと」

「でも、このままじゃ動けませんよ?」

「そうだな……。なんとかして《騎士団》の動きを把握できりゃいいんだが――」




「デリック・ヴァーネットッ!!」




 不意に、頭上から声が降ってきた。

 次いで辺りが急に暗くなる。――いや、違う。これは影だ!


「レイヤ!」

「きゃっ!?」


 レイヤの肩を抱いて、転がるようにその場を離れる。

 直後、ズァクッ!! とレイピアの鋭い切っ先が、芝生に覆われた地面に深々と突き刺さった。

 空のバスケットがころころ転がっていく。


「フッ……今のを避けるとは。さすがは私のライヴァルだ、と褒めておこうか、デリック・ヴァーネット」


 朝日に金髪を輝かせながら、長身の少年がレイピアを地面から引き抜いた。

 デリックはレイヤを背中に庇いながら、頭上から降ってきた少年を油断なく見据える。


「オレをいちいちフルネームで呼ぶその声……不意打ちなのに声をかける間抜けさ……絶妙に鼻につく『ライバル』の発音――お前!」


 デリックは力強く金髪の少年を指弾した。


「――なんて名前だっけ?」

「エーヴェルト・ベックストレームだ! リリヤ様に忠誠を誓う騎士筆頭! そこまで思い出しておいてなぜ名前が出てこない!」

「エルフィア人の名前は覚えにくいんだよ」


 喋りながら、デリックはエーなんとかの全身を視界に入れる。なかなかどうして隙がない。


「それで、何の用だ、エッグベネディクト・ベーコンレタス。見ての通り取り込み中なんだがな」

「エーヴェルト・ベックストレームだ! それでは私の朝食ではないか!」


 お前の朝食なんて知らねえよ、と思いつつ、デリックは体内魔力を繰り始めた。


「とぼけないでもらおうか、デリック・ヴァーネット!」


 バーネットだ、と言い返す前に、エーヴェルなにがしはレイピアの切っ先をピタリとこちらに向ける。


「ついに馬脚を現したようだな! ドワーフィア人風情にリリヤ様の伴侶が務まるはずもないと思っていたが、かような不義理を働いていたとは! それも!」


 ムカつくほど様になった仕草で、エーヴェなんとかはデリックの後ろにいるレイヤを指差した。


「まさか、よりにもよってリリヤ様の妹君に手を出しているとは! その不道徳、決して許しはせんッ!!」

「……は?」

「……へ?」


 デリックとレイヤは、揃って目を点にする。


「えっ……いやいや待て! 今なんて言った!?」

「わ、わたしが義兄さんと……!? そ、そんな話になっているんですか!?」

「残念ながら言い訳はできますまい、レイヤ様。こうして二人して逃げ隠れしているのが何よりの証拠!」


 言われてみればそう捉えられてもおかしくはない。というか当然だ。

 リリヤはあれでエルフィア族領クラスタの王家に連なる血筋で、妹のレイヤも同様である。つまりデリックは、大胆にもエルフィアの最も高貴な血筋を相手にも二股をかけたことになり――

 殺されても文句は言えない。国際関係悪化不可避。


「……えへへ。義兄さんと不倫……」

「照れてる場合じゃねえぞレイヤ! ……ったく。ますます誤解を解かなきゃいけなくなりやがった……!」

「問答無用! 覚悟するがいいッ!!」


 ザッ、と金髪の少年が足を踏み込んだかと思うと、目の前にレイピアの切っ先があった。


「うおっと!」


 ギリギリで回避し、髪を数本持っていかれる。

 背後のレイヤを押すようにして後ろに下がった。

 冷や汗を掻く。いきなり脳味噌を串刺しにされるところだった……。


「我が細剣は《騎士団》で最も鋭く、速い。リリヤ様のお墨付きだ!」

「……確かに、丸腰であんたの相手はキツいかもな、エーテルなんとか」

「エーヴェルトだ!」

「そういうわけで、切り札をいきなり使わせてもらうぜ――!」

「何ッ―――!?」


 エーテライト某が身構え、デリックはにやりと笑った。

 バチンッ! と強く指を弾くと同時、ずっと準備していた体内魔力を強めに放出する。それは大気中に漂う霊子と交感し、デリックが与えた指示を忠実に実行した。


 ――雷よ、輝け。


 辺りが白く染まり、身が竦む音が弾ける。

 デリックが魔術で発生させた雷が、目と耳とを一時的に塞いだのだ。


「ぐおっ……! き、貴様ぁ!! 逃げるのかッ! デリック・ヴァーァッネットぉおおおおッ!!!」


 だからバーネットだって、と脳内だけで訂正しつつ、デリックはレイヤの手を引いてその場を離れる。


「レイヤ、平気か? 悪いな、眩しかったろ」

「い、いえ……もう見えるようになってきました」

「そいつはよかった。スピード上げるぜ。あいつはしつこそうだからな、できるだけ離れよう」


 デリックは走りながら考える。

 誤解を解くためにはリリヤのもとに辿り着かねばならないが、そのためにはさっきのなんとかという男子を含めた《騎士団》の警護を突破する必要がある。

 前世は魔神とは言っても当時の力が無条件で使えるわけではない。口惜しいが、彼らを退けるためには工房に残してきたアレが必要だ。

 工房まで戻るためには《騎士団》の動きを把握する必要があって、さてこれをどうするか――


「――ん?」


 ポケットに入れておいた情報端末ブラウニーが震えた。

 トークアプリは使えないので通話着信だと判断して、走りながら画面も見ずに応答する。


「もしもし!? 今取り込み中――」

『あっ、デリックさん? よかったぁ、繋がったぁ……』


 聞こえてきたのは、よく知っている研究室の後輩、マーディー・ハスラーの声だった。




※※※




「――わかりました、連中の動きを把握すればいいんですね? まっかせてくださーいっ!」


 いったんデリックとの通話を切る。

 ちゃんと連絡が取れてほっとした。今まさに騎士団に捕まって酷い目に遭わされていたかもしれなかったし、トークアプリみたいにおかしな通信障害で繋がらないかもしれなかったのだ。

 アプリの障害も未だに理由がよくわからないのである。別の場所では普通に使えるなんて情報もあった。


「……ともあれ、今は仕事だ。よおし――」

「――おい! まだか!」

「うえあっ!?」


 扉がドンと叩かれ、向こう側から刺々しい声が響いてきた。

 マーディーは男子トイレの個室の中にいた。

 アンニカはどこかに行ってしまったが、第一機械魔術研究室は依然としてエルフィア人男子たちに占拠されたままである。どうしてもトイレに行きたいと言い張って個室に隠れたのだ。

 監視役の男子が扉の向こうから言う。


「もう10分経つぞ。長くないか?」


 これからの作業のためにもう少し時間を稼がねばならない。

 デリックさんのためだ、と覚悟を決めて、マーディーは喉の調子を整えた。


「……そ、そんなところにいられたら恥ずかしいよ……。音が聞こえちゃう……」

「む、むう……。そ、そうか……すまない」


 扉の向こうの気配が遠ざかっていく。マーディーは少し顔を赤くして、よし、と小さく拳を握った。

 エルフィアにはレディファーストの文化があるので、見た目はどちらかと言えば女子であるマーディーがか弱くしてみせると、結構言うことを聞いてもらえるのだ。


(我ながら泣きたくなってくるよ……)


 あと10センチでもいいから背が伸びないかなあ、と思いつつ、マーディーはブラウニーの操作を始めた。

 立ち上げるソフトウェアはアングラなハッキングツールではない。誰でも使っているSNSだ。


「……いるいるいる、案の定。仕方ないよね。対岸の火事を傍観するのって楽しいし」


 エドセトア魔術学院の誰もがデリックやリリヤに荷担しているわけではない。

 そもそもこの学院には、ドワーフィア人やエルフィア人の他にも、獣人の血を継ぐセリオニア人、小人族ハーフリング巨人族ギガントの末裔であるトーリア人、純白の翼と飛行能力を持つアンジェリア人も在籍しているのだ。

 彼らにとって、今回の騒ぎは対岸の火事。降って湧いたイベントでしかない。

 となれば、彼らが見聞きした情報は、無警戒にSNSへ垂れ流されるという寸法だ。


「これを集めて分析して《騎士団》の動きを推測――よし、できた!」


 わずか20分ほどの作業であった。マーディーは手のひらサイズのブラウニーひとつで、《騎士団》の動きを丸裸にしてみせたのだ。

 マーディーは魔術を行使する才能はからっきしだが、その代わりに、現代魔術の基幹である《魔術言語マギグラム》の解析と開発を得意分野としている。

 その関係で、デジタルな作業にかけてはそこそこのものだという自負があった。

 中等部を無事に卒業できたのだって、この特技があったればこそだ。


(……それもこれも、デリックさんに見つけてもらったおかげだけどね)


 算出した推測データをデリックのブラウニーに送る。まとめ方がちょっと雑だが、デリックなら問題なく理解できるだろう。


「――おい! もう30分だぞ!」


 データ送信が終わったところで、扉の向こうに監視役が戻ってくる。

 せっかちだなあ、と思いながら、マーディーは扉を開けた。


(上目遣い、上目遣い……)


 こういうときのために読んでおいた女性誌の記事を思い出しつつ、


「ごめんね……? いっぱい待たせちゃって……」

「い、いや……終わったならいいのだ」


 監視役の男子はたじろいだように目を逸らす。

 彼に見張られて手を洗いながら、マーディーは考えた。


(こっちのほうも、そろそろ何とかしないとね……)


 ポケットからハンカチを取り出す拍子に、隠し持ったコントローラーのスイッチを入れた。

 さあ、逆襲開始だ。




※※※




 マーディーから受け取ったデータに従うと、するすると面白いように《騎士団》の目をかい潜ることができた。


「さっすがマーディー。頼りになるぜ。見た目は美少女だが」

「会うたびにちょっと自信がなくなるわたしがいるんですよね」


 朝、目を覚ました工房まで戻ってくる。

 案の定、見張りが一人、シャッターの前に立っていた。中にも何人かいるかもしれない。


「どうするんですか、義兄さん?」

「こんなに気持ちのいい朝なんだ、二度寝してもらうに決まってるだろ?」

「……普通、気持ちのいい朝は起きるものなんですよ?」

「文化の違いだな」


 レイヤをその場に残し、デリックは工房に近付いた。

 たとえ丸腰でも、不意打ちならば後れを取る理由はない。

 物陰から一気に見張りの男子に近付き、首筋に触れて電撃魔術を使う。電圧は微弱で命に別状はないが、気絶させるにはこれで充分だ。


 次は工房の中。

 シャッター横の扉をほんの少し開けて中を窺うと、人影が二人分あった。

 が、ちょうど結晶灯が切れていて、工房内が薄暗かったのが功を奏した。


「――!? デリッ……!」

「おやすみ。背中が痛くなるから注意しろ」


 5秒もした頃には、二人のエルフィア人男子がコンクリートの床に倒れていた。

 哀れなことに、彼らにはデコピンで起こしてくれる可愛い義理の妹がいないので、そのまま放置して奥のケースに向かう。

 幸い、破壊されたりはしていなかった。ロックもきっちりかかったままだ。

 鍵を取り出し、ロックを解除しようとして、


「――デリック・ヴァーネット!」


 背後から光が射した。

 振り返ると、閉じていたシャッターがゆっくりと上がっていくところだった。

 朝の光を背にして、一人の男が立っている。

 短く切り揃えられた金色の髪と、嫌味なほどすらりと伸びた長駆――


「オレの名前はデリック・バーネットだ、エッグベネディクト・ベーコンレタス」

「私の名前はエーヴェルト・ベックストレームだ、デリック・ヴヴヴヴヴァァーッッッネットッ!!!」


 どんだけ唇噛んでんだよ、と思いつつ、デリックは開いたシャッターに立つそいつに向き直った。

 青い眼光が、朝の陽光と共にデリックを刺す。


「ここに来ると思っていたぞ」


 レイピアの針のような切っ先が、ピタリとデリックに据えられた。


「元より、私は気に食わなかった。ドワーフィア人であることを抜きにしても、貴様の素行は実に目に余る! 授業はサボる、学院の施設は私物化する、先生がたに無礼を働くこともある! リリヤ様の婚約者に相応しいとはとても思えぬッ!!」

「正直に言えよ、イケメン野郎」


 デリックは挑発するように唇を曲げる。


「公然とリリヤとイチャつけるオレが羨ましいんだろ? 見てくれだけは超一級だからな、あの女は」

「……貴様ッ……! 私はそのような浮ついたっ――」

「御託はもういい。来いよ色男」


 の言葉を遮り、デリックは背後のケースに手を掛けた。


「勝てたらリリヤはくれてやる。あいつもこんなところで負けるような男は願い下げだろうよ」

「――言ったな。男に二言は許されんぞ!」


 瞬時のことだった。

 様々な部品や機械類でひしめいた工房の中を、エーヴェルトは閃光のごとく駆け抜けた。


「――シッ!」


 繰り出される刺突は、それにもまして神速。

 踏み込みとほぼ同時、鋭い切っ先がデリックの眼前に迫る。

 だが。


「それはさっき見たぜ」


 金属音が高く鳴る。

 レイピアの切っ先を、硬い金属の肌が受け止めていた。

 デリックの背後のケースが開いている。

 その中から取り出された1本のが、エーヴェルトの刺突を阻んだのだ。


 薄暗がりに、飾り気のない金属の光沢が鈍く輝く。

 それは、機械仕掛けの武骨な剣だった。

 切っ先から柄に至るまで合金製。柄の付け根には引き金トリガーがあり、刀身はステンドグラスのようにスリットの入った鞘に覆われている。

 これこそ、リリヤを倒すために生まれた最終兵器――

 ――正式名称、《雷動式変型魔術機剣・ヴォルトガ弐式》。


「なんだ、その醜い剣は……!」


 不快そうに眉根を寄せるエーヴェルトに、デリックは不敵な笑みを突きつけた。


「そう言うなよ――なかなか捨てたもんじゃないぜ?」


 ――ヴォルトガ弐式、起動。

 ヴゥウン……とヴォルトガ弐式が低く唸る。

 鞘に走った無数のスリットから、紫色の光が漏れた。


「――ぐッ!?」


 瞬間、エーヴェルトが苦悶に顔を歪め、全身を硬直させる。

 ヴォルトガ弐式が発した電流が、レイピアを経由して彼の身体に流れたのだ。

 この剣とまともに打ち合えば、あらゆる剣士が麻痺を余儀なくされる。


「そらっ!」


 硬直したエーヴェルトの腹を強く蹴り抜いた。

 部品類が派手に散らばる。それに混じって、長身は工房の外まで転がっていった。

 それを追って外に歩み出れば、彼はすでに体勢を立て直している。


「悪いな、表に出てもらって。工房の中には大事なものもあるからよ。プラモとか」

「……オタク野郎ギークめ!」

「そいつはドワーフィアじゃあ褒め言葉だぜ」


 ヴォルトガ弐式は、低く唸りながら紫の光を放ち続けていた。


「さあどうする。触れれば麻痺のデバフ付きだ」

「ならば剣身に触れなければいいだけのことだ! ――精霊よ、我が剣に宿りたまえ!」


 エーヴェルトがレイピアを胸の前に構えたかと思うと、鋭い剣身に風がまとわりついた。

 なるほど、とデリックは得心する。空気を絶縁体にして電撃を防ぐ仕組みか。


「わかってるじゃねえか。これが魔術師の戦いってやつだ」

「講釈を聞く義理はない――!」


 ボウッ! とレイピアが大気に穴を空ける。

 反応して跳ね上げたヴォルトガ弐式が、ギィイインン! と一段高い金属音を奏でた。

 さっきより威力が高い。《騎士団》最強は伊達ではないか――!


「――シィッ!!」


 刺す。刺す。刺す。刺す。蜂の大群を相手にしているようだった。刺突が来たと思ったその瞬間には、すでに次の刺突が迫っている。

 鞘を着けたままのアンバランスな剣で、デリックはそのすべてを捌いた。

 なるほど、速い。しかしその剣筋は素直の一言。根は善良な奴なのだと一発でわかる。

 だが、これではデリックには届かない。


(出直せ、お坊ちゃま――!)


 刺突を紙一重で避け、カウンターを叩き――込もうとした。

 澄んだ青空のような目が、デリックの瞳を見据えている。


「私が素直なだけだと――そう思ったか、痴れ者!」


 ボウンッ! という音が耳元で弾けた。

 レイピアが纏っていた風が、風船のように弾けたのだ。


「ぬおっ……!?」


 その爆風によって、デリックは地面を転がされる。

 起き上がる前からわかっていた。

 致命的な隙だ。


「隙あり――ッ!!」



 それが素直だと言うのだ。



「――――ヴォルトガ弐式、避雷針ロッドモード!」


 魔術機剣の鞘に走った無数のスリットが一斉にスライドした。

 ガチャガチャとパズルのように形を変えて、できあがったのはピンと突き立つ大きな針。

 デリックはそれを頭上に掲げた。

 長い切っ先が指す上空には、小さな雷雲が火花を散らしている。工房を出たときから、密かに魔力を注いで育てていたのだ。


「いつの間にっ――!?」

「おへそを守れよ、イケメン」


 青空のような瞳を、一筋の稲妻が割った。

 閃光が世界を潰し、轟音が世界を覆う。

 魔力による天災の再現。古くには神の怒りであるとされたそれを受け止めきれるほど、人間の五感は優秀ではなかった。


「ぬっ……ぐぅおおおっ……! デリック……! デリック・ヴァーネットぉおおお……っ!!」

「デリック・バーネットだ」


 目を押さえて悶え苦しむエーヴェルトの前で、デリックはバチバチと帯電するヴォルトガ弐式を振り上げる。

 一刀。

 ヴォルトガ弐式の一撃は、斬撃と呼ぶにはあまりに鋭すぎる音を伴った。ヴァヂンッ! という音と共に、エーヴェルト・ベックストレームの全身に電流が駆け巡る。


「………………!!」


 抵抗の余地はなかった。

 金髪の少年は一瞬のうちに白目を剥き、どうっと力なく倒れ伏す。


「この程度じゃあ、あの女の相手は務まらねえぜ」


 魔術機剣に残った電気を振り払うと、淡い紫色の光も眠るように消え失せた。

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