終ー2.


 荒川を除く三人分の入部希望書を揃え、部活動設立申請書にもそれらしいことを書き殴り、残すは荒川本人の希望書のみとなった。


 こればかりは本人がいないからどうしようもなく、しかし荒川が登校再開するまでには用意しないといけなかったので、俺が直々に荒川の家まで出向こうかいやしかしわざわざそんなことするのは面倒臭い何かいい手はないかと俺は頭を捻っていたがその甲斐なくこの日はとりあえず活動終了とする。


 授業が終わってから俺はスバルに事の顛末を報告し(呼んでもいないのに奥田もいた)、また新たな仲間である宮(下の名前は風香というらしい)を紹介しつつと言った感じにしていたらいつの間にか時間も過ぎていって、俺たちは四人揃って仲良く下校することとなる。


 昇降口を出たところで、奥田が急にサルみたいに飛び跳ねて興奮し始めた。


 「あっ、これ、これだよ! 先週もいたトラック! またいるぜ!? やっべー、マジデケえ。江戸、見てみろよ。ちょーデカくね?」


 確かにそこには、マジデカくてちょーデカいトラックが止まっていた。先週くらいにスバルがそんなことを話していたっけ? それでそういえば奥田は野次馬に行ってったんだっけか。本当にいたんだな。


 俺はその話にさして興味がなかったし実際に見てもそこまで興味が湧かなかったのだけれど、まあ確かに日本では見ないくらいに大きなトラックだということだけは確かだった。それだけで乗用車一台分はありそうなボンネットを備えた彩度の高い青色のトラックの後ろに大型トラックの荷台二つか三つ分くらいの長さのコンテナが繋がっている。


 そんな巨大なトレーラートラックが学校の前の道に堂々と停まっているんだ。奥田のような単細胞系男子が興奮してしまうのもおかしくはないのかもしれない。


 スバルと宮も実物を見るのは初めてのようでその大きさに圧倒されていたようだったけれど、外国チックなトラックがそれ以上の関心を女子二人にもたらすことはなかったようだ。ふたりともへーとかフーとか言いながら足は帰路に向かいつつあったので、俺は奥田を放っておいてふたりに便乗しようとしたのだけど――そこで俺はふと足を止めてしまう。


 それは、そのトラックのトレーラー部分にある扉から出てきた人の姿を認めた時のことだった。


 中から何やら競技用水着のような、しかしそれにしては見た目がプロスポーツチームのユニフォーム風でやけに凝られたデザインをしているスーツっぽい格好をした人物が数人出てきたのだけれど、その真ん中にいた女性に俺は見覚えがあった。というか、驚いたことにそれは、さっき会ったばかりの人物だったんだ。


 さらりとブロンドの長髪をなびかせ、レーシングスーツみたいなのを素人目にもわかるほどに着こなし、ピッタリ体に密着するようなその服のおかげで女性的な体のラインが際立っているものの並々ならぬしなやかさ、そして力強さも伺わせる優美な体格の持ち主――プロスポーツ選手みたいな連中に囲まれて同じくプロスポーツ選手みたいなカリスマ的オーラを纏いながらそこにいたのは他でもない五十嵐アリスだったんだ。


 後で聞いた話じゃあ、そのトラックは五十嵐アリスの所属する自転車チームとやらの専用車両だったみたいだ。五十嵐アリスがチームの有力選手であるために、彼女の通学中はわざわざ休み時間中のトレーニングや体調管理等々のためにそのトラックがしばしばやって来るらしい。


 つまり昼休みや放課後に現れる謎のトラックの正体はそういうことだったわけさ。めでたしめでたし。何だかただならぬ気配を感じさせる五十嵐アリスのバックグラウンドなんかについては、後々判明することになるんじゃないかな? たぶん。今のところ俺はそんなに気にしていない。まあきっと何かすごい感じなんだろう。そういうことにしておけや。うん。



 

 俺はいつもの通学路に歩を刻む。俺は二日前に手に入れたばかりの連絡先――つまり荒川に電話をし、今日のことを話すと荒川は明日にも申請用紙を書きに俺の家まで来ると言ってきた。幸いなことに、大切なモノを失ったショックに打ちひしがれて絶望のどん底に堕ちたままなんてこともなさそうで、思ったよりも早く元気になってくれそうだ。


 いつの間に俺は荒川の元気な姿を見たいみたいなことを思うようになっていたのかなんて知らないし知りたくもないし、いや俺はただ荒川が早く復帰してくれないとそのうち月一の学級委員会が開かれることもあるしそれに自転車部のことは設立した後はもう知らないから荒川に全て委ねるつもりでいるのでとにかく俺は荒川に元気になってもらわないと困る。うん、早く気を取り直せ。戻って来い。


 さて、おそらく誰もが一番気になっていただろうし俺だって長らく気を揉まされていた謎の美少女ツーの正体だけど、これはというと実は結局よくわからなかった。謎を解くキーパーソンだと思っていた荒川が知らないって言ったんだから、仕方がない。もうどうしようもない。


 荒川がはるばる俺の家まで来た時の話になるけど(荒川は壊れたのとはまた別のロードバイクでやって来た。一体何台自転車を持っているんだ)、


 「知らないよ! だってそいつ、あたしが生まれたときからあたしんちにいたんだもん。正体が何だって言われてもわかんないから。あたしの方が聞きたいくらい!」


 と、いうことだそうだ。うん、謎が解けると思ったらさらに深まってしまった。そういうわけで俺はやはり、謎の美少女は謎のままでいてもらうことにする。いや、それよりももっといい呼び方があるか――


 『私? 私は自転車の妖精。自転車の楽しさを皆に伝えるためにこの世界にやってきたんだ。自転車のことなら何でも知ってるよ。フフフ』


 ツーは今日も俺の横に並んで自転車を漕いでいる。人間のものとは思えないバランス能力はやはり、人間のものではなかったんだ。ま、当たり前だよな。


 だってこいつは、妖精なんだから。自転車の妖精ツー。それがこいつの正体で、俺はもうそれでよかった。他の誰かがよくなくても、俺はそれでよかった。


 来週からはついに自転車部の活動が始まる。荒川も自転車登校を再開する。さて、一体これから俺の高校生活はどうなっていくのだろう? 既に俺は数々の予想外を経験してきたわけだけれど、まさかこれからもっと予想外なことが起こるとか言うんじゃないだろうな? 


 まあ不本意だったにせよ一応誰もが納得している状況を作ることができたわけなんだから、これ以上の面倒はごめんだぜ? やめてくれよ。頼む。誰にかは知らないけどとにかく頼む。この通り。

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