2-14.

 ◆


 「フフフ、リンコらしいね」


 俺から概略を聞き終えたツーは微笑ましい話でも聞いたかのように笑い、


 「それはリンコにそんなこと言う方が悪いよ。だってリンコは自転車大好きだから。リンコに自転車乗るなって言うのは、女の子に大好きな彼氏と別れろって言うのと同じようなものだよ」


 俺には恋する乙女の気持ちがわからないのでその例えはわかりづらいのだけれど、これでは俺も悪いって言われているような感じがする。

 

 「うん、悪いよ」


 何故。


 「だって江戸さんもおんなじようなこと言ってたし。それに私、リンコと仲直りしておいてねってちゃんとお願いしたよね。それなのにまだしてくれてないんだもん。それどころか、またヒドいこと言ってたし。それじゃ私は江戸さんの味方に回れないなー」


 別に願いを聞き入れたつもりもないし謎の美少女の味方が欲しいとも思っていないのだけどそれはひとまず置いておいて俺は、


 「毎回毎回思うんだけどな、お前って常に俺のこと監視してるのか? いっつもどっかから見てたような口ぶりだけどさ、そろそろ気味が悪くなってくるぜ?」


 ツーは歌うような口調で、


 「別に監視なんてしてないよ~。ただ、私は自転車のことなら何でもわかるんだ。だって私は自転車の妖精だから。自転車の楽しさを皆に教えるためにこの世界にやって来たの」


 またそのセリフか。自称自転車の妖精についてはもはや触れる気もないし俺の一日にある自転車要素は荒川輪子が自転車狂なくらいでそれがそこまで俺の言動に関連しているようにも思えないけど、この自転車少女との会話にそんな現実性や合理性といったものを求めていては頭の処理が追い付かなくなることくらい俺は嫌というほど学習済みだ。


 俺が思考を断念し黙していると、滑らかな動作で前に出てきたツーはクルリと向きを反転、そのまま後ろ向きで走りながら(もうこんなことにも驚かない)、


 「ねえ、リンコが変なこと言い出したりしたら、取り返しがつかなくなる前に止めてあげてね」


 変なことならもうノートに書ききれないくらい言っている気がするけど?


 「リンコは別に自分が変なこと言ってるなんて思ってないよ。違うの、そういうことじゃなくて、リンコって頭いっぱいになると後先考えずに変なこと口走っちゃう時があるからね。困ってそうだったら、助けてあげて。これも、私からのお願い」

 

 そう言ったところで、ツーはバレリーナがステップするような華麗な動きで向きを前に戻す。そのままいつものように去ってしまいそうになったのだけれど、俺はこの時初めて自分からツーを呼び止めたのだった。


 「あのさ、ひとつ聞いてもいいか」


 またクルリと向きを変えたツーはにこりと首を傾げて、


 「なーに?」


 「そろそろ教えてくれよ。お前とあいつの関係。姉妹みたいなとか言ってたけど、もっとわかるようにさ。お前はあいつの何なんだ?」


 ツーは後ろ向きに進んだままペダルの上で立ち上がり、ハンドルから両手を放して棒立ちの姿勢になり、その美しい髪とワンピースを風になびかせた。混じりけのない白が夕空の赤と海の蒼に溶け込み、俺は芸術品の絵の中に入ったような気分になる。


 その光景に見惚れるあまり俺が自分が質問をしたことすら忘れてしまいそうになった時、


 「そのうちね」


 ツーは溢れた母性愛で世界が埋まってしまいそうな微笑を湛えて最後にもう一言、


 「リンコと仲良くしてくれたら」


 そして行ってしまった。


 ふと現れては言いたいことだけ言って去ってしまう。これももう慣れたことさ。

いなくなってしまえばそれ以上気を揉むことはしない。それが俺のここ最近の日課でもある故、俺はふと止めてしまった足を再び動かしてからは迷いなく道を進むのだった。

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