第28話 デートという、嘘


「あの、お願いがあるんです。

 その……」

「どうした?

 言いにくいことか?」

「その、明日、私とデートしてもらえませんか?」


 冬休みということもあり、茉莉花がウチに来てから2人はずっと一緒にしている。

 茉莉花も凜々花にくっつかれてたら、これからどうするのか、俺と話がしにくいということだろうか?

「あれれれ、この流れはもしや……

 私、お邪魔ですかね?

 部屋へ――」

「あ、待って!

 ごめんなさい」

 茉莉花は気をきかせて外そうとする凜々花の袖を掴み、慌てて引き止めた。

「凜々ちゃんも一緒でいいの。

 ううん、むしろいて欲しいの。

 今も、明日も。」

「え、でも……

 私、ちょっと、まだ馬に蹴られて死にたくないので……」

「ほんっとにそんなこと気にしないでいいから、ね」

「でも、それってデートじゃあ???」

「あ、うーん、なんと言ったらいいのか説明…しにくいけど……」

「まあ、いいじゃないか、細かいことは。

 ようは、出かけようってことだろ」

「パパにはさ、なんかこうロマンというか、何かが欠けている気がするよ。

 凜々花が思うにさ」

 俺が椅子を指し示して促すと、座りながら凜々花は意見してくる。

「そうか?

 俺はあんまりよくわからんけどなぁ……

 やっぱり出かけようってことだろ。

 違うのか? 茉莉花」

「ええ、出かけられればそれで」

「えー、それでいいの凜々花さん」

「うん、まあね」

「で、どこへ行って何をするんだ?」

「あ、それは私が用意します」

「オイオイ、内緒かぁ?

 いきなり『大雪の北海道です』とか馬鹿なことは、カンベンしてくれよ」

「えー、そういう方が最っ高に面白いのに!

 ドッキリみたいでさ。

 せっかくのイベントなのに、釘刺さないでよ」

「あのなあ、凜々花。

 こんな年末の土壇場にまだ宿泊可能だったら、そりゃあんまりいいとこじゃねーぞ。

 それに凜々花は金を払う心配がないから、そんなことが言えんだよ」

「えー、夢がないの」

「現実はそんなもんなんだよ。

 ネットの写真や動画で、続きを夢見るんだな」

「そんなに心配しなくても、というか、そんなに夢を見られてもかえって困るというか……

 ああ、どうしよう。

 絶対に期待外れよ、きっと。

 ごめんなさい。

 先に謝っておきますから」

「ほーれみろ凜々花。

 オマエのせいで困っちまったじゃねーか」

 俺が茉莉花を指差すと、凜々花は慌てて席を立って期待をあげ過ぎたことを謝った。

「あー、冗談です! 冗談!

 こっちがごめんなさいです。

 茉莉花さん。

 気にしないでください、ホントに!」

「……で、本当にどうするんだ?

 時間とか、用意とか」

「そうでした。

 朝6時に出発できるようにしてもらえればもう、それでいいです。

 格好は少し動きまわっても大丈夫なようにしてください。

 それと北見さんには、車をお願いします」

「わかった。

 じゃ、心配なのは凜々花だけだな。

 もう寝たほうがいいんじゃないか?」

 俺は左手の腕時計を叩いてみせる。

「ちょっとそれ、馬鹿にしすぎです。

 ちゃんと起きられますから!

 まだ7時なんだから、寝られるわけないでしょ」

「学校が休みで、ラクのしすぎで元気いっぱいか?」

「ちょっと!

 失礼しちゃうんだから」

「じゃ、いつも何してんだよ?」

「それは、茉莉花さんとお話しして、社会勉強? をですね……」




 ――何かが変わりはじめている。

 何を考えているのか?

 どうしたいのか?


 茉莉花の気持ちは正確にはわからない。

 けれども、主張してくるのはいい傾向だろう。

 ウチに転がり込んでからは、大量に買い込んだ初日のショッピング以外、あまり自分から主張してくることはない。

 決める、主張する、要求する……

 こういったことは、自分から動かなければできないことだ。

 そういう行動が少ないことが、茉莉花にとっての課題のように俺は思う。


 ――じゃあ、動くためのエネルギーとは、いったいなんだろうか?

 昨日の凜々花の言葉が、『茉莉花の感情を動かした』のだ。

 涙ぐんで部屋へと戻ったのは、その証明にほかならない。


 ――フン、子供や動物には、しょせん男は勝てないのかね?

 茉莉花との別れが近いのではないか?

 そんな考えが頭をよぎり、俺は2人にバレないように深いため息をついた。




          ◇




「なあ、こんな格好で大丈夫か?」

 翌朝、俺は茉莉花にファッションチェックを受ける。

 ニットキャップを被って黒のスタジアムジャンパー。

 インナーに明るめのグレーのパーカー。

 下は黒のジーンズだ。

 靴はパンツに合わせて、黒のワークブーツの予定。


「ええ、動きやすくて、とてもいいです。

 意外とおしゃれですよね、北見さん」

「そうか?

 適当に着ると、凜々花がうるさいんでな。

 みっともないだの、恥ずかしいだのな」

「凜々ちゃんのおかげですか?」

「おかげか、お節介かはなんともな……

 で、その凜々花はまだ準備中なのか?」

 茉莉花はドタバタ音のする部屋をチラッと見てから、「……そのようですね」と答えた。

「おい、凜々!

 時間になるぞ!

 だーから昨日言っただろ。

 もう寝ろって」

「あーもう、うるさいから!

 あと1分、1分だから!」

 ま、こういういときの1分というのは、往々おうおうにして5分10分にすぐ化ける。

 その例にもれず、しっかり遅れる凜々花だった。

「時間にルーズな奴は信用されんぞ。

 ったく」

「まあまあ、北見さん。

 遠出ではありませんし、電車の時間がどうだとか、騒ぐようなこともありませんから」

「いや、そういうちょっとのことで損するってのは、本人にとってもったいない――」

「――そうそう、ちょっとのことで怒るのも、もったいないのよ、パパ」

「なんでオマエが偉そうなんだ、オイ」

「さ、もっと遅くなりますから出発しましょう!」

 茉莉花の一言で曖昧に打ち切られて、俺たちは家を出た。

 凜々花と2人だったら、まだまだ勝負審判のいない試合が続行されるところだが、今日はそうならなかった。


 早朝の通りはガラガラだ。

 大晦日の朝に、ウロウロしている奴なんていやしない。

 せいぜいが犬の散歩程度だ。

 そのせいでか、車が暖まりきる前に早くも目的地についてしまう。

 なんのことはない、着いた先はキャンプもできる大きな公園だった。


「いや、ここさ。

 ただの公園だろ?

 こんな早朝に何もないぜ」

「何もないから、いいんですよ」

 そう言って凜々花は意味ありげに笑った。

 

 俺たちの吐く息はいったん白くモワっとかすみ、それからあっという間に流れて消えていく。

 車で15分少々の公園はところどころに霜柱ができていて、歩くとシャクシャクと心地よい音を立てる。

 心地よい音を立てるが、それはそのまま寒さの証明でもあった。

 風はほとんどなく、空には青空が広がり、白い月が見えた。

 凜々花はその若さに似合わず、歯をカタカタ言わせながら「さむいさむいさむいさむい……」と念仏のように唱えていた。


「じゃあ、あったかくなるようにしましょうね!」

 茉莉花はトートバックをゴソゴソとやると、四角く黒い何かを取り出す。

 それは小型のラジオのようだった。

「置いてあったのでお借りしました」

 存在さえ忘れているような、非常用のラジオだった。

 それをイジっているということは、時間的にそういうことなのだろう。

 凜々花のせいで6時を回って出発し、15分程度かかって到着だ。

 はじめから寝坊も、予想通りなのかもしれない。

 時刻はそろそろ、6時30分になろうとしていた。

「えぇ、何がはじまるの?」

 凜々花が震えた声をあげるが、笑うだけで茉莉花はそれに答えない。

 ジジジッと雑音がしたあと、懐かしさを感じる放送がはじまる。

「これですぐ、あったかくなるはずです。

 あったかくならない人は、手抜きですから、もう1回でも2回でも追加しましょう!」

 そして俺の予想通りに、ラジオ体操がはじまった。

 アレは不思議なもんで、ちゃんとやると結構な運動になるようになっている。

 まあ、体操なんだから当たり前ではあるが。

 そして1度でOKをもらえなかった凜々花は、YouTubeで再びラジオ体操を流され、茉莉花の手取り足取りの指導で運動させられていた。

 何もせずに待っていてもひえてしまうので、俺もそれに付き合った。

「準備運動は終わったので、これから公園を走り――」

「――えぇ!

 朝から死んじゃう」

 感心するほどの速さで凜々花からツッコミが入ると、「期待通りの反応どうも」と茉莉花が執事のようにお辞儀して言った。

「走るのは、もちろん冗談ですので御安心を。

 やるのはジャン!

 なんと、サッカーです」



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