第17話 事実


「よう、どうだ?

 最高の朝か?

 俺は、そうでもないがな。

 ……今回の件。

 いったいどういうことか、わかるように説明してもらおうか?

 ええ? 西よ」

「挨拶もなしに突っかかってくるとは、穏やかではないな」

「チッ、穏やかもクソもあるかよ!

 肝心のモノなんて、ありゃしなかったじゃねーか。

 何があった? 

 説明してもらおうか」

「フム、金塊は無かったか……

 では、かわりに別のものがあったかな?」

「ああ、あったね。

 金塊はなかったが、代わりに女がいたぜ。

 これはいったい、どういうことだ?

「それが、1億の正体だよ。

 1億円の女さ」

「バカ言え、多少可愛くはあるかもしれないが、とてもそんな価値が――」

「――ニュースぐらいみたらどうだ? 

 次の選挙の重要な候補者だよ、彼女は」

「じゃあ何か? 

 俺に嘘の依頼を出したのか?」

「女の救出が依頼だとして、北見よ、それを受けたか?」

「もちろん、100パーセント、絶対……

 誓ってそんな面倒な依頼は受けない。

 はじめから決まってるぜ」

「だろう?

 俺もお前を理解しているからな、今回は依頼の出し方を考えたよ。

 まあ、嘘も方便という奴だ。

 昔の女に似ていて、楽しい夢を見られたろう?」

「昔の話は必要ない。

 クソが!」

「ほーう、そうか。

 女を生きて連れ出してもらうにあたり、重要な要素だと思ったんだがな。

 とても、とてもね」

「で、これからどうするんだ?

 オマエも知っての通り、俺は依頼としての殺しはしねーぞ。

 結果的にどうこうは、ともかくな」

「まさかまさか。

 かんべんしてくれよ。

 せっかく助けたものを、殺しはしないさ。

 むしろ、それでは困る。

 彼女にはね、生きていてもらいたいのさ。

 まあ、脱走させたことで、敵の決定的な失点になる。

 これで半分は目的が達せられたよ。

 非常に助かった。

 これもすべて、北見のお陰だ。」

「フン、面白くない話だな。

 おまけに半分とは、どういうことだ」

「今回の選挙に絡み、利害がある」

「選挙?

 もともと今回の選挙は、死んだ首相の弔い合戦じゃねえか。

 大将を殺された民自の勝利は揺るがんだろ。

 『民主主義は、暴力に屈しない』ってな。

 あんな小娘が出たところで、多少の上積みにしかならん。

 そんなものは、次の選挙でチャラになっちまうようなゴミだろ」

「ところが、そうじゃない。

 たしかに上積みで当選する奴は、その通りだ。

 あくまでも、頭数の不足を補う間に合わせに過ぎんだろうしな。

 しかし『あんな小娘』とは、言うねえ、君は。

 死んだ首相の娘だぞ。

 欲しいやつには喉から手が出るほど欲しくて、たまらないものを、あの娘は既に持っている」


 ――誰の娘、か……

 その答えがこれなら、そりゃ重いな。

 茉莉花には、これ以上にないほどデカい付属のタグがついてる訳だ。

 コイツは風に靡くどころか、爆発に巻き込まれ、吹っ飛ばされかかって藁を掴んでいる、そんな状況か?

 茉莉花自身の意志もクソもない。


「そんなのはただの操り人形じゃねーか。

 要するにアレだろ。

 悲劇のヒロインというストーリー。

 それが欲しいだけだろ?

「そう、たしかにその通りだ。

 わかりやすいストーリーを持つ人間と言うのは、非常に大きな説得力を持つ。

 それは選ばれた人間しか、持つことができないものだよ。

 ……なあ北見よ、考えてもみろ。

 君や俺が立候補したところで、いったい誰がまともに話を聞いてくれるというのだ?

 どんなに理想にあふれ、魅力的な夢の詰まった政策であったとしても、実現の可能性はない。

 それが現実だ。

 たしかに金で工作し、演出することも、現実には可能ではある。

 どこかの大統領のようにな。

 だがな、でっち上げの安っぽいストーリーは、今の時代、民衆に見抜かれてしまうし、むしろ逆効果でさえある。

 人々が与えられたもので満足していた時代は、すでに終わったよ。

 そういう意味では、彼女は本物のストーリーを持っている人間だ。

 本人が望んだものじゃないとしてもな。

 だが、それこそが運命なんだ。

 決してフェイクではないし、無理に肉付けて盛ったものでもない。

 これは貴重で希少だよ。

 たとえいま利用されようとも、そこから自分の力をつけていけるのか? 

 それとも、ただ利用されるだけで終わるのか?

 それは本人次第だ。

 だから、そこまで娘にとって悪い話ではないはずだ」

「フーン、後継の本命で、それが運命とはね……

 しかしなぁ、本人にはおそらく、その気はないぜ。

 出るとしても、嫌々だ。

 本人の実力以前の問題だよ。

 もし出馬する気が今あるなら、喜び勇んで警察に駆け込むはずだ。

 なにしろピンチはチャンスだぜ。

 マスコミを呼び出して盛大にな。

 そこで演説でも一発ち上げりゃ、最高だ。

 『私はどんな困難にも、負けません!』てな。

 ニュースもワイドショーも、世間も待望のアイドルだろ?

 アンタの言うストーリーも最高に盛り上がる。

 そこまで自分自身にのめり込んで、計算して演出までできるなら、近い将来の首相は間違いないぜ。

 けどな、茉莉花は俺に身元を明かしてこない。

 さらに、時間がないと焦っている様子もない」


 俺が脱出を持ち掛けたときの様子からして、進んで政治家になることを望んでいないのは確実だろう。

 思考停止のモラトリアム状態。

 そんな感じだったからな。


「そこをどうにか上手くやれば、北見のチャンスだろう?

 クックック。

 将来の首相の秘書にでも、なってみたらどうだ?

 いつまでも世間を斜に見ても、仕方なかろう。

 いずれにせよ、さっさとこの世界を卒業するんだな。

 今は亡き想い人にそっくりなら、オマエにとってもそれほど悪い話ではないはずだ」

「……いつから仲人を商売にするようになった?

 それとも政界のフィクサーにでも、なるってか?

 いまの発言は、聞かなかったことにしよう。

 それより、これからどうなる?

 あんな危険な女を、俺はいつまで面倒みりゃいいんだ?」

「……さあな、俺にはわからんよ」

「……すまねえな。

 本気なのか、冗談なのか……

 冗談とすりゃ、何が面白いのかサッパリわからん。

 もう1度聞くぜ。

 いつまでだ?」

「もう少し丁寧に答えよう。

 南雲茉莉花なぐもまりか……彼女次第だ。

 彼女が自分の将来を考え、結論を出す。

 それによる」

「アイツに任せたら、日が暮れちまうな。

 あの中身は悩める思春期だぜ」

「安心しろ。

 大人の世界には、期限があるさ。

 期限が過ぎれば、出たくても選挙には出られんよ」

「そりゃいつだ?

 今日や明日のことじゃ、ないんだろ?

 クソ! 頭が痛いぜ」

「そこでだ。

 残りの仕事が生まれる訳だよ」

「何?

 どういうことだ?」

「出馬するかどうか、決断させろ」

「なあ、1つ言ってもいいか?」

「聞いてもどうにもならんが、聞こう」

「俺はアイツの親でも、親族でも、学校の先生でもない。

 尊敬する恩師か誰か、呼んでやることを勧めるが?」

「却下だな」

「もっと言うなら弁護士や詐欺師でもない。

 ネゴシエーターが専門という看板は、俺の事務所には掲げていないつもりだ」

「それも理解している」

「それなら、なんで俺なんだ」

「そもそもなぜ、彼女は監禁されていたのかな?」

「利害なんだろ?」

「焦るなよ、もっと楽しもうじゃないか」

「チィ、クソッタレめ!

 じゃあ聞くぜ!

 テロにアンタは関わっていないんだな」

「ウチはそんなバカな組織じゃないね。

 そんなことを持ち掛けてくる奴がいるなら、そのネタを持ち込んだ依頼人、引いてはそのバックを脅す方が……

 ククッ、楽しそうじゃないか。

 遥かに安全で、おまけに長く稼げる。

 鴨葱かもねぎって奴だろ?

 伸るか、反るかの大博打おおばくちに参加するメリットは、私にはまるでないな。

 我々は原因ではなく、起こっている事象にチャンスを見いだした、というところかな。

 災害、事故、事件、資金難……

 トラブルとは、金を運んでくる。

 そこに喰いつく方が、楽しいじゃないか?

 切羽せっぱ詰まった相手ほど、丸め込むのは簡単なんだよ。

 基本に忠実であることは、やはり美しい」

「ハッ、そりゃあ、たいそう吐き気のする美しさだな。

 けどま、俺もそれに乗っかって稼いでる以上、それについて特に言うこともない。

 監禁するメリットは、身内の争いか?」

「どうして、そう思う?」

「アンタが出馬させろと言ったんだ。

 当然アイツが出なけりゃ、別の奴が出る。

 簡単なことだ。

 それにオマエが組織内で、いつもやってることだろ?

 身内の争いはな」

「『出馬させろ』とは言っていない。

 『決断させろ』とは言ったがな。

 彼女が出ると宣言すれば、それで終わりだ。

 相手方も、もう止められんよ。

 それを決めないから、可能性があると思う奴らが騒ぎだすのさ。

 出るか、出ないか。

 宣言すれば、その時点で後継レースは終わり。

 しなければ、期限ギリギリまで、暴力的か平和的かは知らんが脅威は続く。

 南雲茉莉花本人にとっても、北見、君にとってもだ。

 そしてそれが、君を選んだ答えになる訳だ。

 監禁から解放できる恩師や弁護士が、いったい何処にいる?

 奪還して決断するまで、襲いかかるかもしれない脅威きょういから、誰が彼女を守るんだ?

 君にとっては、ここ半日程度の事態だが、彼女にとっては、もう何日も前からはじまっている脅威なんだよ」

「オイオイオイオイ、ちょっと待て、ちょっと待てよ。

 じゃあ、俺のことは誰が守るんだ?」

「弱気だな」

「もう南雲茉莉花と凜々花は、一緒に買い物してんだぜ?

 そりゃつまり、俺の娘も巻き込まれてるってことだ。

 一刻も早く、オタクへ丁重ていちょうにお届けしたいんだが?」

「落ち着けよ。

 俺は監禁した組織の人間だ。

 反体制ではあるがな。

 そこへわざわざ届けたなら、いったいどうなる?

 ――こちらで預かり、保護はできない。

 それも君に依頼する大きな理由の1つだ」


 俺はそこから言葉を継げなかった。

 互いに黙ったまま何も言わず、俺から電話を切った。


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