失敗が成功に変わるまで

nunnunnnununnun

ファーストコンタクトは金属の溶け落ちる香りと共に

第1話

「警戒レベル最大、エクスターミネート殲滅プログラム起動しています。職員は警戒レベルが下がるまで地下シェルターへ退避してください。繰り返します───」


 喚き散らす機械音声、銃撃音、怒号。もうもうと立ち上る炎と煙が夜闇にそびえる白い巨塔を照らし出し、言葉にするにおぞましい生物達の流す極彩色の血と人間の赤い血が白いコンクリートの床を鮮やかに染めた。


「くそ!くそったれ!キョウコ!サトル!」


 甲殻類を思わせる防弾アーマーを着た男一人が狂乱しながらアサルトライフルをうねうねと蠢く触手の塊に乱射した。ゴムを叩くような音を立てて触手の幾つかが弾け飛ぶ。

 別の場所では戦闘用の蜘蛛型のマシンが2メートルはある巨大な双翅目に取り憑かれ、尾に付いた鋭い針で突かれ火花を散らした。

 地面から生えた猛獣の牙を思わせる白い塔から這い出してくる化物達。そのありさまは正に開け放たれた地獄の門か。


 ガオン!ガオン!と炸裂音が鳴り響き、ことぎれた防弾アーマーの男ごと触手の塊をこまぎれにした。

 煙と炎を引き裂いて巨大な人影が現れる。


 炎の光を反射して黒鉄クロームに輝く人影。

3メートルほどは有るだろうか。いくつもの装甲板が無作為に取り付けられて。その無骨さは言うならば二足歩行した戦車。

 生物的な滑らかさで頭部に備えられた4つのレンズが絞られる。右手に持たれた砲の様なライフルが再び火を吹き、駆け寄ってきた化物を吹き飛ばした。

 戦場の花形とまで言われる人形兵器。皮肉を込めてピースメーカーと人は呼ぶ。


「こちらアンブレイカブル。ポイントDクリア」


 狭苦しいロボットのコクピットで日本人の男が無線通信を行なった。

鋭い目つきの無骨な男だ。右目は刃物で切りつけられた傷が縦一文字に刻まれて潰れている。適当に伸ばした髪と髭は清潔感があまり感じられない。


「こちらイーグル2! 正体不明の敵UNKNOWNと交戦中!孤立した!誰でも良い!救援をよこしてくれ!」


「ギンジロ!ワタシはメイガス!データ取れた!でも部隊孤立!外出れないよ!」


「ファイアサポート! ファイアサポーーート!!」


「爆破まで後480秒!総員退避を始めろ!」


 無茶苦茶に入ってくる無線通信に顔をしかめながらメイガスと言うカタコトの男に返答を行う。


「こちらアンブレイカブル。メイガス了解した。別口を作る、壁際には寄るなよ。───それと俺の名前を無線で喋るな。身元が割れる」


「ゴメンナサイヨ!ギンジロ!でももう隠せきれないヨ!早く!早く!」


「早くしてくれ!ギンジロ!化け物どもがもう目の前に!正気を保てそうにない!」


「ママー!!」


 同一部隊この場限りの奴等からも無線がガンガンと入ってくる。アンブレイカブルと名乗ったロボットの操縦者。鍵屋銀次郎カギヤ ギンジロウはロボットの右肩に備え付けられた砲を白い塔へと向けた。

 モニターに表示される味方の位置情報を頼りに狙いを定めて操縦桿のトリガーを引いた。轟く爆音、砲身が手動ポンプみたいに沈み込んで発射の反動を打ち消したが余った振動が銀次郎の身体を貫く。それから瞬きもしない間に轟音と共に塔の外壁が打ち破られた。ガラガラと落下する鉄筋やコンクリート片に数匹の化物が押し潰された。


「ウンコタレ!連絡クレヨ!」


「ママーー!!」


 塔に開いた大穴から同じ舞台の面々が両手を突き出して抗議している。後は彼らでなんとかするだろう。

 しかし本当にろくでもないと銀次郎。

 やけに金払いの良い人権団体からのハックアンドスラッシュ仕事で来てみれば、出るわ出るわ化物の大群。まるでこの世の終わりの様な光景。白い塔の近くに建てられたアパートメントからは裸のまま逃げ出す男女やら、寝間着姿のまま飛び出してきた男やら。どこからやって来たのか、危険を顧みずカメラのシャッターを切りドンパチ騒ぎを撮す野次馬はすぐさまネットのオークションにデータをアップロードして小金を稼ぎ始めた。明日の朝には徹夜越しの編集者がまとめ上げた記事がゴシップ記事の一面を大々的に飾るだろう。

 ただの日常が一瞬で非日常へと変わる。まるでカーテンをめくるような気軽さで。今の世の中どこでもそんなものだ。特にこの不咲区に限ったことではない。世界は混迷を極めているし空を見上げれば月が笑い鯨は空を泳いでいる。

 それよりギンジロウの中で優先するべきことはこの"企業"が契約している民間警備会社の面々がお出ましになる前にこの場を離れることだ。奴等は一度現れれば砂糖に集る蟻のごとく延々と現れる。警備会社同士の協定で組織同士がお互いに助け合っているのだ。

 もしお縄に付けば真実を吐き出してからも、延々と人権を無視した聴取と言う名の拷問が行われる。彼らの総本山のバンクには凶悪犯罪者の脳がいくつもネットワークで並列接続され、いつでもデータが引き出せるようになっている。

 接続された人間は混沌と化した人格のるつぼに取り込まれその一部へと成り果てるのだという。恐るべき人格への陵辱。考えるだけでも恐ろしい。

 意識してかしないでか、ギンジロウの首筋が粟立った……いや。


 退却するために迎えのヘリが来る合流地点へと急ぐギンジロウがロボットの足を止めた。


「イーグル2……」


 ギンジロウと同じくピースメーカーの操縦者として雇われた男だ。顔は一度しか見ていないが中東人らしき顔立ちであったことは覚えている。


「馬鹿な、先の無線からまだ5分も経っていないぞ。」


 イーグル2の駆るロボットは無残にも脚部が切断され仰向けに倒れ胸部のコクピットから煙を立ち上らせていた。周りに散らばる化物の残骸は激しい戦闘がここで有ったことを知らせている。

 ピースメーカーのマシンアイの一つがイーグル2を拡大してモニターに映し出した。

 だが妙だとギンジロウ。やけにうまく焼き切れたピースメーカーの脚部。化物は確かに人間にとっては脅威だ。しかしピースメーカーの鋼の装甲を切り裂くなど…‥‥。

 散乱した化物の市街も潰れたものやはじけ飛んでるものはイーグル2によるものだろう。それに混じって高熱で焼き切られたものがある。そこまで考えた所でもそりとイーグル2のコクピットから何かが起き上がった。


 小柄な人間だ。黒いぴったりとしたバトルスーツを血塗れにして、顔はフルフェイスのヘルメットで覆われ伺うことは出来ない。

 ギンジロウは確信する。首筋の"ざわつき"はこいつのせいだと。そしてマシンアイ越しにギンジロウの視線と相手のフルフェイスヘルメットの視線が交わったの感じ取った。

 フルフェイスの右手に持たれた金属の柄から青色のプラズマがほとばしり刃を作り出す。次の瞬間、 ギンジロウは何の容赦も無くイーグル2ごとフルフェイスをピースメーカーの馬鹿でかいライフルで蜂の巣にした。

 だがギンジロウは驚愕に左目を見開いた。銃弾の雨に逆らってフルフェイスが黒い影となり突進してきたのだから。それは己の命をなんとも思っていない自殺行為だ。

数十メートルの距離を、弾丸を掠めながら数歩飛びでギンジロウまで迫るフルフェイス。唸るピースメーカーの脚部スパイクタイヤがコンクリートを削り、礫を撒き散らしながら後退。

 しかしそれよりも早くフルフェイスの右手から伸びたプラズマが弧を描いた。一瞬の判断で退避が間に合わないと感じ取ったギンジロウは左手を突き出し盾にした。

 バターみたいにやすやすと切り裂かれる鋼の装甲が切断面を赤熱させながら地面に落ちる。そしてそれを足がかりにフルフェイスがピースメーカーのコクピットに取り付いた。

 装甲越しにギンジロウへと突き出されたプラズマの刃。ピースメーカーにとってゼロ距離は最も危険な距離だ。こちらの武器は全て届かず、相手の武器は全て届く。ギンジロウの中で思考がフル回転する。ライフル、右手で叩き潰す、急制動。一瞬の思考の後、右肩の砲が火を吹いた。

 フルフェイスではなくコンクリートの地面向けて。一瞬で着弾した弾頭は爆発を起こしてコンクリート片を飛び散らせる。それは間近で手榴弾が爆発したに等しい。人間にとっては致命傷だろう。


 (った!)

 

 荒く息をするギンジロウ、砂埃が晴れると同時にコクピットの背後からプラズマの刃が不意に現れた。ギンジロウの皮膚をじりじりと焦がしながら近づいてくる刃。無意識に口から苦悶の声が漏れる。

 狭苦しいコクピットに逃げ場はない。頬を伝った汗が蒸気に変わる。

 信じがたいことにフルフェイスはあの状況から一瞬でピースメーカーの背後へと回ったのだ。もちろん無傷ではない。身体の所々から血を流し、ヘルメットのバイザーは吹き飛んで鋭い黄金色の瞳を覗かせていた。


 プラズマの熱で高熱の釜と化したコックピットでもがくギンジロウ。霞む視界の中、唐突にピースメーカーが白く輝く。

 弾き飛ばされるフルフェイス。無造作に地面を数回はねて転がり微動だにしなくなった。

 ピースメーカーの無線から渋い男のカタコト声が流れた。


「ギンジロ!大丈夫だ!?」


 メイガスの"まじない"だ。

 咳き込みながら高熱源の消えたコックピットを開くギンジロウ。蒸気がコックピットから溢れ夜空へと散らばった。


「助かった、メイガス。くそったれ!俺のピースメーカー雷電プラスをボロクソにしやがって!」


 左脇のホルスターからオートマチックを抜き取り両手で油断なく構え、吹き飛ばされ倒れたフルフェイスへ近づくギンジロウ。


「ツラ見せやがれ!ぶっ殺してやる!」


 外れかかったフルフェイスのヘルメットを蹴り飛ばしたギンジロウの眉根が寄る。


「───ガキ、だと」


 露わになったのは褐色の肌に黒い髪。10歳位の少女だった───。


 バラバラと迎えのヘリの音が近づいてくる。

 手を振りながら駆け寄ってくる巨漢の男。メイガス

 ギンジロウの直感は金の匂いと、大きな厄介事の匂いを感じ取った。

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