【異界肉体】

「……必死になりやがって」


 住宅街は、再び壊滅の様相を呈している。

 ニャルゾウィグジイィに群がる黒衣の転生者ドライバー達は、先のループで戦闘したエル・ディレクスとは比較にもならぬ弱敵であったが、無敵の【異界肉体CODE0010】の力でなお殺しきれない。当然、仕掛けがあるのだろう。


「あれだ……不死身になるCチートメモリだっけか? ……全部無駄だってのに」


 巨竜に変じた一人の転生者ドライバーの炎を、蝿を払うかのように手の甲で掻き消す。

 何者が仕掛けたトラップがニャルゾウィグジイィの足の踏み場を的確に崩す。


 ありとあらゆる試みは、彼の体に傷一つつけられずにいる。

 アンチクトンの転生者ドライバーはただニャルゾウィグジイィをこの場に押し止めるだけでも死力を尽くさねばならず、そして時が経てば経つほどに、【異界軍勢CODE0832】の総量は指数関数的に増大していく。


「電話も通じない……! 政府に命令できるなら、【異界王権CODE0032】でミサイルでもなんでも撃ち込めるのに! さっさと死なないかな、こいつら!」


 ――そもそも、何故エルの他にCチートスキルを用いる転生者ドライバーが多数存在するのか。

 彼らは果たして勝算があってこのようなことをしているのか。

 ニャルゾウィグジイィにとっては、自体が不快であった。


 彼らはこの世界の上位に立つ転生者ドライバーだ。考えなどを巡らせずとも彼らのCチートメモリは無敵であったし、どのような脅威も、当然の帰結として滅ぼすことができた。

 ましてや同等の敵を上回るための思考など、試みる必要自体がなかった。


 【異界軍勢CODE0832】の増殖は、既に県一つを覆っていていい頃合いだ。

 だが、そのようになっていない。【異界軍勢CODE0832】の群れも、ニャルゾウィグジイィ本体と同様に妨害に遭っていることを理解する。不快だった。


「いい加減に――」


 時間が歪んだ。


 彼の戦闘能力の根拠は、限界の身体能力を付与する【異界肉体CODE0010】のみであって、時空に関するスキルを保有しているわけではない。しかし無敵の身体性能であれば、それに近いことはできる。


「う……!」

「……!? あかがねーッ!?」


 ニャルゾウィグジイィは自らを食い止めていたアンチクトンの転生者ドライバーの前衛を振り切って、隣り合った区画を破壊した。それは同時に、その場を埋め尽くすあかがねルキの肉体体積の半分を消し飛ばしている。

 つるぎタツヤも、全く対応できない速度の強襲であった。


「ハハハハハハハ! なんだ! ちゃあんと不死身じゃない奴も混じってるじゃないか! だから……ハハハ! こういうとこだよな」


 首の後ろを掻いて、舌打ちする。不愉快だ。


能力を持ってるだとか……相性だとか。誰を後回しにした方がいいとか……? ただただ、面倒なんだよ。雑魚なんだから――」


 【集団勇者フラッシュモブ】や【英雄育成トップブリーダー】で強化されたルキの【人外転生クリーチャー・エボルブ】が今や〈グレイ・グーSSS+〉の形質を獲得していようと、残る体積を消失させる程度は、もはや造作もない。

 足止めをする転生者ドライバーなどに、最初から躍起になる必要はなかった。

 敵の目的が足止めだというのならば、それを無視して他を破壊するほうが、よりになる。


 言葉を終えると同時に、そうしようとした。


「――とどめの前に一言言うてあげるんが、そちらの世界のお行儀です?」


 ……動くことができない。関節が拘束されているのだと分かった。

 【異界肉体CODE0010】の膂力で引き千切ろうとしても、その拘束は異常なまでに巧妙で、脱出しようとする力がなおさら自らを締め付けている。


 ニャルゾウィグジイィの右手側で極細の糸を引いているのは、新手の転生者ドライバー

 萌黄色の和服を纏った、華奢な少女だ。


「ずいぶんとお優しい世界みたいで。よろしおすなぁ」

「ち……!」


 負荷を無視して拘束を引き千切る。

 次の刹那で拳を撃ち込むが、振りかぶった初動を絡め取られた。


「ハヅキちゃん!! 来てくれたのかよ!」

外江とのえハヅキ……! かたじけないですねェ……!」

「めっそうもないです。タツヤくんも、予選トーナメントん時は無視してもうて。ふふふふ。かんにんな」


 少女はニャルゾウィグジイィをただ一人で止めたばかりか……まるで彼への意趣返しの如く、会話を交わす余裕を見せつけてすらいた。


(待て……なんだ。なんだこれ。この空間に……最初から、罠を仕掛けていたのか……こっちはCチートスキルだぞ……!)


 CチートスキルにはCチートスキルでしか対抗することはできない。

 だが通常のスキルであっても、それに限りなく近い能力を得ることができる。


「こいつ……」

「ふふふふ。こわいこわい。異世界の転生者ドライバーさんからしたら、うちみたいなか弱い女の子、まるで小虫やろなぁ」


 IP獲得言動だ。

 実力の落差をアピールすることで多大なIPを獲得するCチートスキルがある。

 異世界からの転生者ドライバーを相手取る限り、その落差は埋まることがない。


 圧倒的強者を前に、関東最強は微笑んでみせた。


「――うち、【弱小技能ウルトラレア】ですから♪」


――――――――――――――――――――――――――――――


外江とのえハヅキ IP+10,000,000(+169,323,953)


オープンスロット:【弱小技能ウルトラレア】【実力偽装Eランカー】【なし】

シークレットスロット:【なし】

保有スキル:〈裁縫SSSSSSSSSS+〉〈絶佳裁縫SSS〉〈無尽の繊景SSSS〉〈単分子紡績SS〉〈超時空裁断SSS〉〈因果の糸の織り手SSSSS+〉


――――――――――――――――――――――――――――――


「残りの使用回数は四回だ」


 時刻は遡る。

 避難していた友と合流したシトは、まず自らの置かれた状況を伝えた。


「俺の考えでは、最低でも俺と大葉おおばに一回ずつ、この【世界解放オーバードライブ】を使う必要がある。そうでなければ勝てない」


 ネオ国立異世界競技場を臨む広場だ。落雷の余波の焦げ跡が残っている。

 彼の前には星原ほしはらサキと大葉おおばルドウ、そして外江とのえハヅキがいた。


「やれるか、大葉おおば

「……【不正改竄ツールアシスト】をアテにしてんなら言っとくが、ちょっとした座標変更程度ならともかく、ボスの消滅ルートを呼び出すのは年単位の解析になるぞ。それも相手の転生者ドライバーを直接消すなんて芸当、普通に無理だ」

「だろうな。だとしても、敵のドライブリンカーの仕様が異なる以上、この戦いの確実な終了条件は撃破による送還しかない。転生者ドライバーが送還された後ならば、会長が【運命拒絶セーブ&リセット】で時間を巻き戻したところで、この世界に転生者ドライバーが戻ってくることはないはずだ。不死身の肉体を持つ転生者ドライバーを、ここで倒す」

「考えはあるんだろうな?」

「俺を誰だと思っている」

「チッ……気に食わねえ野郎だ」


 頭をガシガシと掻いて、ルドウは顔を背ける。シトは次の一人を見た。

 彼の知る限り最強クラスの転生者ドライバーである。彼女の協力を得ることができれば……


「ええですよ?」

「貴様にも協……いいのか」

「ええ。純岡すみおかさんの頼みなら、それはもう」


 口元に扇子を当てて、ハヅキは蠱惑的に微笑んだ。

 元より精神の強度が高いのであろう。平時の余裕を取り戻していた。絶対強者のその様子に、シトは小さな安堵を覚えている。


「……貴様は、つるぎ達を助けに行ってもらいたい。Cチートメモリの組み合わせは任せる。貴様ほどの実力ならば、俺の指図を受けるまでもなかろう」

「うち――純岡すみおかさんになら指図されてもええかもって思ってましたけど」

「ちょっと外江とのえさん。純岡すみおかクンからかわないでよ。ウブなんだから」

「ふふふふふ」

「話を続けていいか」


 やや居心地悪そうに、シトはサキへと話を振った。


「これで残り一回。無駄に回数を抱えていくくらいなら、俺は貴様に使ってもいいと考えている」

「えっ、アタシ!?」

「そうだ。転生者ドライバーに資格など必要ない。ドライブリンカーを装着すれば、貴様にも【世界解放オーバードライブ】のCチートメモリを行使する権利がある。そうだとすればどうする、星原ほしはら

「そうだな。アタシがやるとしたら……」


 顎に指を当てて、金髪の少女は考えを巡らせる。

 シトの判断には理由がある。予選トーナメントを観戦していたその時から、星原ほしはらサキには明らかに卓越した異世界転生エグゾドライブのセンスがあった。


「……【無敵軍団ネームドフォース】。あと【運命拒絶セーブ&リセット】かな」

「そうか。理由は?」

「いや……アタシ、異世界転生エグゾドライブは素人も素人だし。いきなり戦っても、立ち回りとか絶対ダメだと思うんだよね。でもこの二つは、発動するだけなら極論本体の技術とか関係ないわけじゃん。みんなとの通信はドライブリンカーでできるし――IP的に【運命拒絶セーブ&リセット】は一回だけしか発動できないかもだけど、あるのとないのとでは、皆の心の余裕が結構違うと思うから。余裕を買いたいんだよね」

「……未経験でここまでの読みか。さすがだ、星原ほしはら。これ以上ないほど的確な判断だと思う。やはり、残り一回は貴様に……」

「あのね純岡すみおかクン。やるとしたら、の話でしょ」


 受け渡された赤いメモリを、サキはそのまま突き返している。


「アタシはやる気ないから」

「……どうしてだ?」

「もう、鈍いなあ……! いいから残しておきなって!」


 シトは沈黙した。作戦に活用できるCチートメモリの総量こそ少なくなるが、いざとなれば、二回分を自分に使用してIPだけを重ねることもできるだろう。

 まだ転生者ドライバーではない星原ほしはらサキを巻き込むことに、迷いがあったのも事実だ。


「……ああ。ならば大葉おおば外江とのえ。貴様らに頼みたい」

「ケッ、しょうがねえ。乗りかかった船だな」

「代わりにスイーツバイキング、ご馳走になってええです?」


――――――――――――――――――――――――――――――


 ――そして、今。


 エルの秘書が運転する車でシトが目指すのは、転生者ドライバー達の集う戦場とは別の地点。

 無差別な地点を直接に破壊できる、【異界災厄CODE5133】の使い手の位置である。


「敵はこの先か、つるぎ

〈間違いねえ……! Cチートスキルの発動イベントが【絶対探知フラグサーチ】に引っかからないわけねーからな。今の所会長を集中攻撃してる。奇襲でブッ倒すなら、こっちからも当てられるんじゃねーか……!〉

「いいや。そのつもりはない」


 できない、と言う方が正しい。

 この世界には多くのCチートメモリが存在するものの、異世界の彼らの如き、敵に対して直接に干渉できる類のCチートスキルは極めて希少だ。不正規イレギュラーメモリである【不正改竄ツールアシスト】は、その数少ない例の一つであったが。


(直接撃破の解析には年単位の時間がかかる。【運命拒絶セーブ&リセット】の繰り返しでその時間を作るという手は、到底不可能だ……)


 まず間違いなく、こちらの世界が運用できるIPが先に枯渇するはずだ。

 ならば別の手を取るしかない。彼は車から降り立ち、Cチートメモリを取り出す。

 ここから先は転生者ドライバーの領域だ。踏み込む手前で【世界解放オーバードライブ】を用いなければならない。ただ一人でこの敵を。


「【不朽不滅エバーグリーン】……」

「待って!」


 鳴り響く急ブレーキと共に、叫ぶ声があった。

 彼らの車を追って到着したタクシーから身を翻したのは、彼の見知った顔である。


「……!」

「ね……ねえ、シト! もう一度言って!」


 細い、二つ結びの黒髪が靡いた。

 シトは息を止めて、その少女を見ていた。


「――って! 他の皆と同じように……! ぼくも、きみと一緒に戦うことができるって!!」


 少女は走り、息をつき、そしてまっすぐシトの瞳を見た。

 シトの知る最強の転生者ドライバーの一人であった。黒木田くろきだレイ。

 彼女もここに来ていた。世界を救うために、彼女が戦うことを決めたのだ。


「…………」


 シトは強く目を閉じる。絞り出すように言った。


「ああ…………! 必要だ。……ああ、気付いていなかった……こんな時に……君の力こそが必要だった。そうか……来てくれたんだな……黒木田くろきだ……!」

「……シト?」

「いいや。何でもない。嬉しいだけだ。黒木田くろきだ……ありがとう」


 また共に戦うことができる。自身でも信じられないほどに、それが嬉しかった。


「言われていた……星原ほしはらに、一回だけは残しておけと……まったく、俺は相変わらずの異世界転生エグゾドライブバカだ……」

「……そうか。ごめん」


 レイの側も、ようやくそれに気付く。

 シトは涙を流すことすらなかったが、彼女には分かった。


「ぼくはずっと、自分のことばかりだったよね」


 彼も、レイと同じようにずっと不安だったのかもしれない。たとえそれが、あの純岡すみおかシトであっても――レイと同じように恋をしていたなら、弱い彼女と同じように、そのようにも思っていたのかもしれない。


「それでも、もう一度、言わせてほしい。好きなんだ! ぼくが善でも、悪でも、それだけは確かなことだって、信じてほしい! シト!」


 ――嫌われたくないと。

 再びその手を握るために、何か一つでもきっかけが欲しかったと。


「だから……手を!」

「ああ!」


 【世界解放オーバードライブ】が、少年から少女の手に渡る。

 レイは迷わず二つのCチートメモリを選んだ。

 今の彼女ならば、シトの考えている全てが理解できる。


――――――――――――――――――――――――――――――


黒木田くろきだレイ IP0(+10,000,000)


オープンスロット:【酒池肉林ハーレムマスター】【無敵軍団ネームドフォース】【なし】

シークレットスロット:【なし】

保有スキル:〈戦術指揮B+〉〈通信B〉〈魅了B+〉〈対人構築C+〉〈思考整理C〉


――――――――――――――――――――――――――――――


「……で、こんなところに来たわけ?」


 純岡すみおかシトは、破壊の大口に沈んでいた。

 街路を融かし尽くし、大地を貫かんばかりに陥没させる、理外の暴力。


「そんな風にやられるために?」


 酷薄な赤い瞳が見下ろしていた。

 黒いゴシックロリータを纏う、小学生ほどの銀髪の少女である。

 彼女の攻撃でシトが絶命していない理由は、黒木田くろきだレイの【酒池肉林ハーレムマスター】ただ一つしかない。抵抗の余地などなかった。


「すごくかっこ悪いね」

「無駄だ……」


 一言を答える間に、数えきれない連撃が頭部を大地に埋めた。

 絶息の苦痛を与えられながら、それでも死に切ることはできない。


「……」

「も、もう一度……言う。無駄だ。【酒池肉林ハーレムマスター】は地球外への追放も含めて、世界からの退場を防ぐ。貴様に……俺を殺し切ることは、できない……」

「そう」


 ヨグォノメースクュアは、ただ無関心の溜息をついた。

 ニャルゾウィグジイィが何やら派手な妨害に遭っていることは察することができるが、彼女が遭遇したのはこの取るに足らない転生者ドライバー一人。まともな戦闘スキルすら持っていない。


 【異界災厄CODE5133】は、彼女らの転生ドライブに邪魔な人物やオブジェクトをピンポイントで破壊するためのスキルだ。世界を滅ぼすだけならば、ニャルゾウィグジイィの【異界軍勢CODE0832】に任せているだけでいい。

 ヨグォノメースクュアに挑む行動からして、そもそも見当違いなのだ。

 世界消費の決定が下された以上、彼女の仕事は安全圏からエル・ディレクスを攻撃し続け、唯一の不確定要素である彼女を動かさないようにしているだけでいい。


「もういいから、他のとこ行くね」

「…………異世界転生エグゾドライブが憎いか?」

「……」


 ヨグォノメースクュアは動いていない。一瞬、そのように見えた。

 残像すら残さない蹴りがシトに突き刺さる。【酒池肉林ハーレムマスター】で傷一つなく軽減されるとしても、痛みや苦痛は与えられる。地平線の果てまで吹き飛ばせないことだけが、彼女を多少苛立たせた。


「答えろ。貴様らが逃避せずに生きている人生とやらはなんだ? 貴様らにとっての異世界転生エグゾドライブは娯楽ではない……ましてや観光などであるはずがない。……貴様らが、この転生ドライブを楽しんでいるようには見えない」

「ウン。バカと話すのはつまんないよ」

「それは」


 爆撃のような拳が、さらにシトの顔面を打った。家屋の残骸に突っ込む。それでも死ぬことができない。


「……そ、それは……世界を滅ぼし、エネルギーを回収する、ただの義務だ……! 貴様らにとってのドライブリンカーは、世界消費の兵器! だからこそひたすらに効率性を追求した、直接に世界を滅ぼすCチートメモリがある……! それが貴様らの世界だ! 違うか!」

「なんなの……!」


 さらに続けて打撃を叩き込む。叩き込み続ける。

 ――ただの中学生のはずだ。この世界においてはそもそも転生者ドライバーですらないはずの、未熟な精神の子供。


 それが何故ここまで心折れずに、立ち上がり続けることができるのか。

 何が彼を支える。そこまで利己を殺して、苦痛に耐える理由があるのか。


「俺は……もう、知っている。どの世界も同じだ。そのような掠奪を続けなければ……維持のできない世界もある……!」

「何……? お、おかしいわよ……あなた……!」


――――――――――――――――――――――――――――――


純岡すみおかシト IP10,000,000


オープンスロット:【超絶交渉ハイパーコミュ】【なし】【なし】

シークレットスロット:【なし】

ベーススロット:【基本設定ベーシック

保有スキル:〈交渉S+〉〈威圧の弁舌A〉〈洞察S〉〈挑発S+〉〈議論展開A-〉〈高速思考A〉


――――――――――――――――――――――――――――――


「……【世界解放オーバードライブ】で起動可能なCチートメモリは、オープンスロットから二つが優先されると分かった。だが、ドライブリンカーには組み込み済みのCチートメモリが一つある。ならば、オープンスロットに一つだけを装填すれば……」

「いいから」


 ヨグォノメースクュアの拳は、空気との摩擦で雷電すら生じた。とうに瓦礫と化した景色を焼く一撃ですら、殺すことができない。


「黙って」


 心を折ることができない。あのデパートでの戦闘と同じだ。

 このどうしようもなく無力な少年を、どうやって倒せばいいというのか。


(――別に。無視すればいい。ただ……)

「貴様らが語った搾取や蹂躙の権利は、貴様らの世界の欺瞞だろう……! いずれ自ら滅ぼす世界の素晴らしさなど、一体どのように楽しめばいい! 貴様らはそれを知っているはずだ! 略奪のための【基本設定ベーシック】に露悪を刻み込まれてすら……この所業に正義などないと、理解しているのだろう!」

「……ッ!」


 無視すら許さない。

 ただの子供の、根拠を持たぬ憶測に過ぎないはずだ。だが【超絶交渉ハイパーコミュ】は、交渉に関する判定を全て成功させる、絶対のCチートスキル。シトの保有スキルランクの全ては、レイの【無敵軍団ネームドフォース】で強化されてすらいる……


「いいから。死んでよ。もうこの世界は終わりなんだから」

世界は終わりはしない」

「終わるの! 他のところは滅んでるんだから! 無意味なことしないで、大人しく滅びなさいって言ってんのよ!」


 再び蹴り、殴る。そうしなければ、彼女自身の激情が収まらない。

 どれほどの精神力だろうが、きっと痛みに心が折れる。そうでなければならない。


「な、何も知らず……異世界転生エグゾドライブを楽しむ……俺達が、羨ましいか……」

「バカじゃないの!? 雑魚……雑魚ども!!」

「逃避でも、願望でもなく! 貴様らの理解の及ばない楽しみが……可能性が! この世に存在していることが、許せないか! 転生者ドライバー!」


 明らかに常軌を逸した、異世界転生エグゾドライブという遊戯への憎悪。

 まさしく異世界からの転生者ドライバーが、この世界においてのドライブリンカーのあり方を否定するのだとすれば……その理由は、自らの行為に対する隠された忌避だ。


 少なくとも、ヨグォノメースクュアにとってはそうだった。

 自分自身でも明確でなかった言葉を、彼女は叫んだ。


異世界転生エグゾドライブなんて最低に決まってるでしょう!」


 許せない。異世界転生エグゾドライブなど消えてなくなってしまえばいい。


異世界転生エグゾドライブをしなきゃ生き残れない世界なんて間違ってる! バカみたい……バカみたい!! こんなもので楽しむなんて、本当にバカみたい!!」

「ならば俺達は! その楽しみの分だけ、貴様らより上だッ!!」


 ――IP獲得言動だ。

 転生ドライブした異世界で手に入れたものは、現実に持ち込むことはできない。

 しかし蓄積した技術は、経験は、全て彼ら自身のものだ。


 純岡すみおかシトは、絶大なる転生者ドライバーを相手にイニシアチブを取っている……!


「この世界ごと」


 もはや形振りを構う必要などない。

 彼自身を殺せぬのならば、最大発動の【異界災厄CODE5133】で、この日本列島ごとを深海の底へと沈めるまで。その後のことは知らない。

 その絶望をシトに見せつけるためだけに、衛星じみた隕石を頭上に召喚している。


「消してやる……!」

純岡すみおか! 終わったぞ!〉


 彼女の声に割り込む通信があった。大葉おおばルドウ。ドライブリンカーの通信機能だ。転生者ドライバーはその装着によって転生者ドライバーと定義される。これも既に分かっていたことだ……どれほど恐るべき次元の戦闘を繰り広げようと、活性状態のドライブリンカーが破壊されることだけはないのだ。

 ならば、この声は。


 困惑と憤怒をぶつけるべく、ヨグォノメースクュアは再び少年に殴りかかった。

 シトはドライブリンカーに叫んでいる。


「……タツヤ!」

異世界転生エグゾドライブなんか、この世から……!」


 自らが海に沈んでも構わない。一撃で地盤ごとを壊滅させる。彼女は無敵だ。

 もはやどれだけ抵抗しようが、勝つ手段などない。倒す手段などない。

 【異界肉体CODE0010】は攻防ともに究極のCチートメモリ――


「――相手の!」


 その瞬間、ヨグォノメースクュアの眼前からシトの姿が消えた。

 代わりに現れたのは、遠く離れていたはずのニャルゾウィグジイィの姿であった。


「え」


 【異界肉体CODE0010】の全力の一撃が、同じ【異界肉体CODE0010】に直撃した。

 金髪の青年の肉体は微塵に砕け、それはその肉体からの反動を受けたヨグォノメースクュアの体も同じであった。


――――――――――――――――――――――――――――――


「ったく……無茶させやがって。純岡すみおかの野郎」


 ――決着の地点より遠く離れた、ネオ国立異世界競技場。

 ダークグリーンのジャケットを羽織った少年は、深く長い息をついた。

 長い戦いが始まってから、彼は一歩もその場を動く余裕がなかった。


「確かに言ったよ。ちょっとした座標変更なら可能だって」


 この世界の転生者ドライバーが全力を尽くして稼いだ時間の中で、【無敵軍団ネームドフォース】でブーストした大葉おおばルドウの思考を総動員して……ようやく解析を終えた、大逆転の一手。


 偉業を見る者すらない心地よい静寂の中で、英雄は勝利の笑いを笑っていた。


「……マジでやらせるかよ、普通」


――――――――――――――――――――――――――――――


大葉おおばルドウ IP10,000,000


オープンスロット:【不正改竄ツールアシスト】【超絶知識ハイパーナレッジ】【なし】

シークレットスロット:【なし】

保有スキル:〈法則解明SS+〉

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