20話 センセイと

 驚愕に目を見開いた帝の前に現れたのは、そう、彼のよく知る人物。そして、元の世界での、恋人であった。


「セン・・・・・・セイ・・・・・・?」

「すまんすまん、ちょっと所用で遅れちまった」


 掠れた声で呼んだその女性は、変わらぬ声音と、変わらぬ美貌を湛え、そして見たことのない出で立ちで帝の前の席に座った。

 いつもスーツを着こなしているその女性が身につけているのは、ジャージ。それも着古されてヨレヨレとなっている。ポニーテールに結われていた髪もボサボサな無造作なものに、顔立ちこそ変わりないが、一言で言うとだらしない風貌だ。


「どうした? 私の顔に何か付いてるかぁ?」

「い、いえ・・・・・・」

 

 何か付いてると言いますか、何が起きたよあんたに。

 口調の乱雑さは桐原に似たものがあるが、しかし彼女のそれは際立って異質に思えた。重ならない、自分が彼女に持っていたイメージと。

 

「・・・・・・? じゃあ始めるぞ」

「あ、はい」


 彼女・・・・・・ここでは便宜的にセンセイのままで呼ぶとしよう、は手に持っていた資料を机の上に並べた。

 そこには帝の個人情報の数々が。そしてちらりと見えた中には帝の成績が。愕然とするような酷い点数がこれでもかと。それだけでも凹みたくなる。


 そこへ。


「おねーちゃん、いる〜?」

「お前、学校では先生と呼べと!」

「お、おねぇ、ちゃん・・・・・・!?」


 面談室のドアを思いっきり開いたのは件の未知数要素、刀薙切。そして、刀薙切は今、センセイをおねーちゃん、と呼んだ。そう聞こえた。

 おねーちゃん、つまりは姉。もしくは渾名。このセンセイの狼狽えっぷりからして、それは血縁関係を意味しているとみて間違いない。だが、センセイの苗字は刀薙切なんてものだったか。


 妹がいる。以前にそんなことを聞いた記憶は確実に存在しない。確証を持って言える。

 だが、これはどういうことだ。

 突然現れた少女がセンセイの妹で、センセイは原型も留めぬくらいに変貌を遂げ、そして進路相談の場に突入してきた。

 頭脳、IQ、そんなものが馬鹿馬鹿しくなるような事態に帝の脳は許容を止めた。


「それで、何の用だ。今は忙しいんだよ」


 髪を掻きながら、似た癖ながらもその女性らしさは歴然、投げやりな態度で刀薙切に問うた。

 刀薙切はうーんと唸って、明るい笑顔を咲かせて人差し指を立てた。


「またあの人達がよくないこと企んでるみたいでね、風紀委員長は怪我でずっと休んでるしでボクが行きたいんだけど、今日は別の用事が入っちゃって・・・・・・あれ、つかさっち?」


 ようやく座ったまま固まる帝に気付いたようで手を振ってにこやかに微笑んでくる。


 風紀委員長が怪我? つまりはあいつが?

 あいつに手傷を負わせられるような人間がそうそういるものか。ありえない。


 帝の疑念は他所に、刀薙切はふと思いついたように手をポンと叩き、ある提案を告げる。


「そうだ、つかさっちにお願いしよう!」

「だが待て、九条は一般の生徒だ、それを認める訳にはいかない」

「ノンノンだよおねーちゃん。つかさっちはボクが知る中でも最強クラスの妖精師だよ? てなわけで、ボクの権限で今日からつかさっちは風紀委員長代理! よろしくね!」

「待て待て待て待て! 理解が追いつかん! どういうことだ!?」

「もー理解が悪いなぁ、つかさっちは。今日の放課後いつもの人達が校門辺りで何かしようとしてるらしいから止めてきて! お願いね!」


 それで納得がいくやつがこの世にどれくらいいるのか、というツッコミはさておいて、風紀委員長代理と来たか。それに、今当たり前のように用いた妖精師という単語、この世界ではセンセイは既に妖精について知っている?


「はぁ、お前はまた勝手に・・・・・・仕方ない、九条。くれぐれも問題だけは起こすなよ」

「俺はまだ受けるとも言ってないんですがね・・・・・・まあ、いいですよ。分かりました」


 困惑は加速度的に増えていき、もはやこの複雑怪奇なパズルと化した状況。俄に猛烈な頭痛が頭を襲ってきて、意識が遠のくような錯覚を覚える。

 

「それと、もう知ってると思うけどあの子には気を付けてね!」

「あの子・・・・・・?」

「ほら、あの・・・・・・織白伊草ちゃんだよ! 刀型の妖精を使役して、とっても危険な子。連合も最近警戒し始めてるって噂だよ」

「???・・・・・・???」

「じゃっ! ボク生徒会の定例会があるから!」


 頭の上に盛大に疑問符の花火を上げて、呼吸すら忘れてしばし呆然とする。


「すまんなぁ、九条。うちの妹が」


 センセイのぞんざいな謝罪に言葉を返すことも出来ず、帝は頭を抱えるのだった。 

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