8話 一つ二つ

「七不思議の一つ目は、職員室に現れた空飛ぶ光るチョーク。以前夜中に職員室を訪れたという生徒が目撃したそうよ」

「俺としてはそんな時間帯に職員室に行ったっていう生徒の方が気になるんだが。絶対まともな用事じゃねえだろ・・・・・・ていうかなんでお前さっきから俺の後ろにいんの?」

「う、うっさい! あんた生徒会長なんだから生徒の盾になるのが務めでしょう!」

「それならお前は生徒の矛になるべきじゃないのか? 風紀委員長?」

「ガタガタぬかすな! 黙って歩け!!」


 本校舎二階、手始めに職員室へ向かう中、そんな会話が繰り広げられていた。

 校舎に入った時には先導していたはずの風紀さんは、いつの間にか会長さんの背中に隠れるようにして恐る恐る進んでいた。

 会長さんが半目で風紀さんを睨むと、風紀さんは顔をリンゴのように真っ赤に染めて会長さんの背中を押した。やはり物理である。


 へいへいと空返事をしているうちに、二人は職員室の前にたどり着いていた。


「待ってなさい、今鍵を開けるから」

「いや、もう開いてるぞ」


 風紀さんがポケットを漁り始めたところ、何の気無しに会長さんが触れた扉はガラリと普通に開いた。


「おかしいわね、この時間は誰もいないはずなのに」

「さあな。もしかしたら夜中に学校に忍び込んだ生徒かもな」


 忍び込んでいるという点では自分たちも変わらない気がするが。どうやら学校の許可は前もって取っているらしい。


 扉に手をかけたまま下を向いていた二人は徐々に視線を上の方へスライドさせていく。

 そして、そこに見たものは。


 ほのかに光る棒。それは宙を舞いながらふらふらとさまよっている。


「ひっ!」

「いや、あれどう見ても懐中電灯、ぐえっ」


 断末魔の悲鳴が喉の奥から飛び出す、風紀さんに襟を引っ張られて首を絞められた。


「お、おち、落ち着け、よく見ろって」

「〜〜〜〜〜っ!?」


 必死の懇願虚しく、脱力した会長さんは床に倒れ伏した。風紀さんが何に怯えているかは知らないがあれは明らかに人間だ。

 

「・・・・・・てか、セン、セイじゃな・・・・・・いか」

「だ、誰っ!?」


 どこにも見覚えのあるシルエット。この騒ぎに勘づいたのか、聞き慣れた声が耳朶を打った。

 懐中電灯の明かりに照らされて、眩しさに目を細めていると、懐中電灯を向けたセンセイの驚いた顔が映り込んだ。


「な、何をしているのかしら貴方達」

「それは、こっちの、台詞、ですよ」


 へたりこんだ風紀さん。首を絞められて息も絶え絶えにうつ伏せになっている会長さん。深夜の学校に忍び込んだセンセイ。全員が全員、何をしているな状況である。


「私は学校に置き忘れた手帳を取りに来ただけよ」

「俺は、こい、つに連れて、来ら・・・・・・れただ、けなんすけど・・・・・・ね」

「えっ!? センセイ!?」

「遅い・・・・・・わ」



 ★  ☆  ★


「咲敷学園の七不思議・・・・・・? 初めて聞いたわね」

「俺も初耳でしたよ。てか、センセイまで付いてくることなかったのに」

「貴方たち二人じゃ不安だもの。去年の今頃貴方たちがしたこと忘れた訳じゃないでしょう」

「いやはや耳が痛い話ですね。今日は俺の耳は大忙しですよ」

「う、うちはそんなことしないですよ! センセイ」

「どの口がそう言うんだよ。さっき俺を殺しかけてたくせに」

「うるさい!!」


 裏拳をひょいと躱す。見切っている。

 

 三人はやいのやいのと雑談しながら、夜の校舎を探索していく。

 自分に想いを寄せる好敵手と、表沙汰にできない恋人。両手に花どころか地雷にきっちりサンドイッチされていることに会長さんはまだ気づいていない。気づかない方が身のためかもしれない。


「次の音楽室なんだけど・・・・・・」

「夜中に誰かがピアノを弾いている、と」

「そ、その通りよ。よく分かったわね」

「定番中の定番だろ。・・・・・・にしても、音楽室か。さりげに入ったことなかったな」

「そうなの? うちは今日も行ったけど」

「会長君は書道選択だったわよね。自分の選択していない教科の教室ならそんなこともあるでしょう」

「そういうものですか」

「多分ね」


 音楽室は本校舎の三階、職員室の近くにある中央階段を上り、右に曲がった突き当たり。階段を上る途中にも、ピアノの音色が聞こえてきた!


「「ひいっ!?」」


 悲鳴は二つ。並んで歩いていた三人は次の瞬間には会長さんを先頭に、或いは盾にした陣形に変わっていた。


「・・・・・・お前ら。・・・・・・・・・・・・この旋律、どっかで」

「ど、どうかしたのかしら会長君! 早く進んだらどうなの!?」

「そうよ! そして人柱になりなさい!」

「さりげなく酷いな、おい。少しは落ち着いて聴いてみろよ」

「いやよ! 呪われそうじゃない!」

「妖精師が何をいまさら。というかその為に来たんだろうが。それに、これは妖精の仕業でも何でもない。人が、それもここの生徒が弾いているんだよ」

「じゃ、じゃあ。まさか・・・・・・二十年前不慮の事故で亡くなったという生徒の幽霊っ!?」

「この学園で開校以来、在学中に死んだ生徒なんて一人としていねえよ。勝手に殺すなっての」


 もはや恐怖心を隠せてもいない風紀さんに、とっくに口も聞けないほどビビり倒しているセンセイ。今にも逃げ出しかねない二人を連れて、会長さんは音楽室の扉を躊躇いなしに開け放った。


「ひいぃぃぃっ!?」「☆△●✕★っ〜!?」

「あら、ごきげんよう」

「権力・・・・・・お前絶対分かっててやっただろ」


 二つ目の七不思議、権力さんは微笑みながら三人を迎えた。

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