第7話 炎の寺院

 翌朝早くゴウは、墓参りをすると言い出した。マーク一人をお供に、静かに墓参りする予定だったが、ナオミからアリスに知れ、アリスたちも同行することになった。アランとグリーンは、遠慮している。エナは、北のモッドオアシス出身だがゴウは、赤道オアシス出身だ。ゴウの地元に墓がある。赤道オアシスのクレーターα湖畔には、炎の寺院があり、ここに、生まれてくるはずだった我が子とエナが眠っている。朝早く出かけ、お参りの後、寺院で食事をする予定だ。朝早いにもかかわらず、エナの墓の前には、60歳ぐらいの男性が、お参りしていた。ゴウは、しばし、この初老の男性と並び、手を合わせた。


「ゴウ。来とったんか」

「とうさん・・・」

「あほう、おまえに父さん呼ばわりされる覚えはないわい」

「ジョン、いつここへ」

 アリスが、割って入る。

「アリスも来たんかい。ミナの探索は、進展したかの」


 残念そうなアリスの顔にジョンは、落胆する。しかし、マークとナオミを見て、驚いた顔をし、優しい顔になった。ナオミが、マークの腕を握っていたからだ。


「そこの二人は、なんじゃ。うっかり懐かしい風景を見てしもうたわい」

「エナもミナネエも、ジョンの腕を握ってたな」

「そうじゃ、三人で一緒に見た桜吹雪が、目に映る」

 アリスが、ボーッとしているジョンに、二人を紹介した。

「マークとナオミよ。ナオミは、お姉さまたちと同じかもしれないわ」

 二人が頭を下げる。


「なんじゃと、ナオミちゃん言うたかの。ちょっとワシの腕を握ってみろ」

 アリスに促されナオミは、ジョンの腕を取った。

 ワシの声が聞こえるか

 はい!

 ナオミは、念話をしていた。ジョンの声がはっきり聞こえる。

「ジョンさんもテレパスなんですか」

「まったくじゃ。おまえさんの力に決まっとろうが。アリス、どういうことじゃ」

「マークが、ジョンと一緒だってことじゃない。私も昨日マークに触ったとき懐かしかったもの。ゴウ、これではっきりしたわね。ナオミは、わたしに任せるのよ」


 ゴウが軽く頷く。ちょっと落ち込みながら、昨夜決定していることだけどな。などと思う。


「それで、いつここへ、地球にいたんじゃなかったの」

「そうじゃった。ネビラは、完成したか。バーム評議会のやつが、見せろというんじゃ」

「製作は順調だ。セドリック商会の奴ら、最初は、泣いていたけどね。コロニーの機能は、問題ない、完成したといっていい。仕上げは、ガンゾが連れてきたスンボクがやる。ステルスとか、防御が残っているだけだ」


 ゴウが、ネビラ製作の経過を話す。セドリック商会は、赤道オアシスの宇宙船整備会社。アウトローの貨物船の整備が、主な仕事。


「よくやった。実は、もう、ここまで来とるんじゃ」

「見せろって、夏雲おじさまでしょう」

 アリスがあきれた。

「バーム評議会の議長が、よく地球を抜け出せたな」

「ほれ、わしとの2by1じゃ」

「黙って、抜け出したのか。怒られるのはオレだぞ」


 マークとナオミは、なんだか有名な名前が次々と出てくる会話に、驚いた。マークは、そんなに表情を変えないが、ナオミは、マークの腕をぎゅっと握る。昨日聞いていたゴウの亡くなった奥さん、エナの名前がジョンと繋がり、歴史的人物だと分かる。エナは、マークが着ているパイロットスーツ、アクエリアスの雛形に、なった人だ。マークにとっては、それで十分だが、実際、エナ、ミナの双子の姉妹とその父、ジョン・イーは、炎の遺跡を発見した人だ。この寺院も、ジョンが建立した。ジョンは、英雄だ。


 ナオミが、マークに念話する。


 ジョンさんと夏雲議長は、マースウオーの英雄でしょう。70歳じゃない。二人だけで火星に来るなんて、お元気すぎるわ

 だな、ジョンと夏雲の2by1って走行、ファイターのことだぞ。

 じゃあ、ファイターだけで、ここまで来たの、信じられない


「ワシと夏雲だけじゃないぞ、月のカガヤ評議員と金星のユーナス評議員も一緒じゃ。例の建造、交渉成立じゃ」

「ほんとか、製造は、キャンサーの隠しドックだったな。ガンゾが喜ぶ」

「そりゃ喜ぶに決まっとろうが。そこの出向元は、三矢グループじゃと、やっと吐きよった」


 三矢は、ガンゾの古巣。ジョンとゴウが喜ぶ。これは、二人の10年来の悲願だ。移動型コロニー。コロニーは、居住スペースを優先させた風船のようなものだ。緊急避難用の移動ブースターは、備えているが、バーム軍の戦艦に牽引してもらわないと長距離移動することはできない。ところが、ガンゾが、2重バリヤーという技術で、重量を克服した。移動が可能なら、生活しながら、宇宙の探査ができる。永遠に加速し続け、別の太陽系に、人類の版図を広げることが可能だ。


 マークとナオミは、なおも念話を続ける。

 おい、聞いたか、月のカガヤ議員って、さらわれた少女と同じ名前じゃないか

 月じゃあ、カガヤ姓って、一般的なのかしら

 グリーンに確認してくれ。カガヤ議員と、関わりがあるか調べてもらえ

 うん、いやな予感


「移動型コロニーは、一段落じゃ。それより、ナオミちゃんじゃ」

 ジョン、ゴウ、アリスの三人がナオミを見た。ナオミは相変わらずマークの腕を握っている。

 えっ、わたし

 オレも事情聞かないと分からないな

 ミナの墓の前で、やり場を失うナオミ。後見人になったアリスが、その場を作ろう。

「とにかく、お参りしましょ。夏雲おじ様を待たせているのでしょう。マークとナオミも早く」

 全員で、手を合わせる。マークは水桶とか花を持たされていて、ゴウをサポートする。ジョンは、又、エナに語り掛け、墓から離れようとしなくなった。


 朝食をとるために寺院の接待所に向かう途中、マークはゴウに、ナオミのことを聞いてみた。

「ゴウさん、ナオミのことなんですが、さっき、ネビラと同じぐらい大問題って顔していませんでした」

「ジョンと話せただろ、アリスもそうだが、エナやミナネエと同じだ。何て言うかな、遺跡と関わる運命を持っているって事だ。オレよりアリスのほうが体験者だから、アリスに聞いてみろ」

「アリスさんより、ジョンが、どうにかしたがっていませんでした?。ナオミは、まだ15です」

「ジョンか。そうだな、ナオミを守りたいだろうな。でも、また、死なすかもしれなくて怖い。そんなところじゃないか。オレは、そこまで思いつめられんよ。いいもの見せてやる」


 ゴウは、ロケットを取り出し、中の立体ホログラムを見せた。

「両脇がエナとミナネエ、後ろがオレ、前がジョンだ。10年前の写真だよ」

 そこに写っているジョンは、30歳ぐらいの若さだった。

「一体どうしたらここまで老けるかって。ミナネエは、炎の遺跡探査中に行方不明になった。それもエナがらみだ。その後10年間もジョンは、一人で遺跡の中を探査していた。スローリングのせいもあるんだが、心労で、年相応の容姿になった。ジョンも、パワーグラビトンだよ。今は、アリスが、ここ数ヶ月休ませている」

「そうですか」

「いずれにしても、悪いようにはしない。ジョンを信頼しろ。アリスが後見人だ、ジョンもアリスに任せるさ」

「エナさんの事、聞いてもいいですか」

 ゴウは遠い目をした。

「勘弁してくれ。気が向いたらそのうち話してやる。実際は、のろけ話のほうが多いんだぞ。そうだな、キンダダか、アマンダに聞け。ナオミと一緒にな」


 昨晩からゴウは元気がない。ゴウのことだからすぐ回復するだろうが、これ以上は、そっとしておこうとマークは思った。


 ナオミは、アリスの後をとぼとぼ歩いている。なんだか大変な人たちに囲まれてプレッシャーなのだ。しかし、マークに言われて、グリーンとは、連絡を取った。誘拐された少女の名前は、クララ・カガヤ。離婚した母方の姓を名乗っていた。離婚後、父方に引き取られたのだが、離婚の原因は、父親の浮気にあると、父親を攻めたため、父親は苦しくなってクララを手放し親戚に預けた。しかし、そこでも、8歳のクララは、何かと気味悪がられて親戚中をたらいまわしにあい、最後は、施設に入れられた。施設に入れられたクララは、父方の姓を止め、母方の姓を名乗るようになった。


 ナオミはクララの名前をカガヤ評議員にぶつけてみようと思っている。誘拐されてもう、1ヶ月も宇宙船に閉じ込められている。施設でも孤独だった。かわいそうだ。


 誘拐の手口は、義理父母の申し出による引き取りだ。グリーンが、その新しい両親の住所を調べてクララに会いに行こうとしたが、住所も、その両親も実態のないものだった。グリーンは、元々知り合っていたアランの伝手でアリスに助けを求めた。アリスはグリーンの深層に入り込み、クララを認め、助けることを約束した。


 通信が終わったときには、本堂近くまで来ていた。

「長い通信だったわね」

「誘拐された少女は、クララ・カガヤです。離婚した母方の姓を名乗っています。カガヤ評議員と、関係あるかもしれません」

「ここは、ジョンとゴウの宿泊所よ。カガヤ評議員もいるかもしれない。どうしたい?」

「クララの名前をカガヤ評議員にぶつけてみます」

「分かった。ジョンに言っておくわ。朝食はみんなで食べるから、食事が終わったら話しましょう」

「はい」

 ナオミの初仕事は、ここから始まる。

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