第3話 初めての商談

 騒いでいたアウトローたちをすり抜けるようにパイロットスーツを着た黒髪の若者と、お宅っぽい、なよっちい男が、カウンターにやって来た。マークにとっては、いきなり現れたという感じだ。アウトローたちは、口々に残念そうな言葉を残しながら自分の席に帰っていった。キンダダは、マークに覆いかぶさるように目配せする。マークは、慌てて立ち上がり二人の客と対面した。自分から見ると見下ろすように小さな二人だ。お宅っぽい男は、国籍不明な上、とらえ所が無い。しかし、黒髪の男は、自分と同い年だと思う。マークは、黒髪の青年に声をかけた。


「マークだ」

 マークは、精一杯愛想良く手を出した。しかし、相手はそう思わなかったようだ。グリーンを親指で指さしながら、がしっと握手してきた。

「アランだ、こっちは、グリーン」

 アランは、この、背が高いだけのひょろひょろがといわんばかりに、思いっきり手を握ってきた。


 なんだこいつ

 口にこそ出さないが、マークも握力でこんなやつに負けるかとばかり握り返す。双方顔が真っ赤になるまで、握手をしているのを見てキンダダがあきれた。


「依頼の仲介をするキンダダだ。うちは安くないぞ、いいのか」

 キンダダの横槍で手を離した二人は、どちらもやるなという感じでニヤッとした。


 アランの後ろに控えているグリーンが話した。

「アリスの紹介なんだ。どんな話でも聞いてくれるんでしょ」

「アリスだって―――そりゃ聞かんことも無いぞ。ちょっと待て、おまえ、アランって言ったな。弟か」

「オレを知っているのか」

「まあな、アリスとは、10年ぐらいの付き合いだ。まあ座れ、キンダダだ」

 キンダダが、アランの2倍はある手を出してきた。アランもさすがに、力比べはせず。素直に握手してカウンターに座った。グリーンも同様に座る。


「おー、アランは、かあちゃん似か」

 アランは、びっくりしたような顔をして、キンダダを見た。アランは、黒髪で、目のパッチリした可愛い顔立ちだ。母の涼子は、地球の人だが、祖父裕次郎同様剣術の達人で、とても強い人だったと聞く。アランが幼いころ両親は亡くなり写真でしか見たことが無い。

「りょ、両親を知っているのですか」

「知ってるぞ。きのどくだったな。ケレスに殺されるとは思わなんだ。ジョーも涼子も強かったからな」


「父さんと母さんの話を聞かせてください」

「17年前の話だからな。ほら、そっちにいる古株連中の中にも知っとるやついるぞ。後で、聞いてみろ。それより商談だ」


 マークは腕組みをしてアランを見ていた。グリーンはよくわからないが、アランは、金星人だ。軽い動きに強い握力。子供のころから宇宙艇に乗っている証拠だ。金星には、一家に一台宇宙艇がある。過酷な金星では、これが無いと生きていけない。当のアランは、キンダダとアウトローたちを警戒してギクシャクしていたが、両親の知り合いがいると聞いて、少し肩の力を抜いた。


「姉貴が、宇宙の宝石を追っているのは、知っているよね。そのためにケレスに付きまとわれているのも」

「知ってるぞ。アリスなら大丈夫だろネグロ持ってんだから」

 ネグロとは、宇宙の宝石といわれるアイテムのひとつだ。ケレスの土の遺跡から発掘された。このアイテムは、アリスしか使えない空間転移アイテムである。

「ネグロは、姉貴しか使えない。それを狙ってるわけじゃないけど、しつこいって聞いた。それより巫女の予言者の話は聞いたことはあるか。巫女の予言者は、宇宙の宝石と関係が有る」


 キンダダが、妙な顔をした。


「金星の御伽噺だろ。なんでも、巫女の遺跡に案内するとか」

 アランは、隣にいるグリーンに了承を得て話し出した。


「月にカガヤという少女がいた。彼女がそうだ。姉貴は素質があるとしかいわなかったけど、とにかくすごいんだ。そのカガヤが、さらわれた。たぶん連れて行かれるのは、ケレスだ。オレ達は、カガヤを救出したい」

「犯人はコモドールファミリーなんだ。アウトローなんでしょ。・・・すいません」


 急にグリーンが話し出し、又、黙ってしまった。キンダダは、何だそれという顔をした。キンダダが、怒っているように見えるグリーンは黙り込むしかない。マークは、無表情で腕組みして、ただ、グリーンを見ていた。


「うー、知らんなコモドール。火星のアウトローと犯罪者を一緒にするな。どんなやつか話せ」


 アランに目配せされたグリーンは、勇気を振り絞って話し出した。

「ぼくは、カガヤ様の騎士なんだ。たまに、月の静かの海宇宙ステーションに、カガヤ様が会いに来てくれていただけだけど、ぼくは、そう決めたんだ」

 アランが引き継ぐ。

「コモドールファミリーは、地球のやつさ。南米の物資を宇宙へ横流しする組織なんだ。ファミリーを取り仕切っている頭の切れるコモドール。宇宙艇を束ねて荷物を運ぶマチーノ。いざという時、宇宙パトロールからこの船団を逃がす鉄砲玉のゼニスの3枚看板で知られている」

「何で、そんなやつらが、誘拐かね」

 グリーンが、おっかなびっくり話し出す。

「てっ、鉄砲玉のゼニスは、パワーグラビトンだ。異能者だよ。ファイターを10Gで急加速させても平気なんだ。ケレスの魔法特区にあるミレニアムホースで、パワーグラビトンって認められたら、ケレスとも取引ができるでしょ。そのための、取っ掛かりがほしくてケレスがほしがっているテレパス候補を誘拐した。カガヤ様は、相手を見ただけで、こんな人だと言って大人を困らせたり、気味悪がらせたりさせた。それで、困った父親に施設入れられたんだ」

「おーそりゃあ」

「カガヤは、月の子供だろ。宇宙艇の加速重力に耐えられない」


 長距離慣性加速G航法。宇宙船のエンジンは、パルスエンジンが主流だ。電気式で、イオンを噴射して加速する。永遠と加速できるエンジンだ。それを利用して、1Gの重力で加速、目的地中間地点で、1Gで減速する航法を長距離慣性加速G航法という。1Gは地球の重力。地球から火星だと途中慣性航行する定期便で1ヶ月。1.25G加速する宇宙艇で1週間。


「そうだぞ、そいつらにとって、貴重な商品を傷めるわけが無い」

 アランは、マークとキンダダを見ながら本題を話し出した。

「月の子供が耐えられる最高加速Gは、1Gだ。ケレスまで2ヶ月掛かる。さらわれたと分かったのは、1ヶ月前」

「何だ、火星に着いたところじゃないか」

「火星経由最短のこの時期を狙ったのは、ぼくでもわかるけど、火星だと抜け道がありすぎて、捕まえられない」グリーンが下を向いてつぶやく。

「グリーンは、ケレスの人間だ。入国がきびしいケレスなら、捕まえられるというんだ」


 黙々と聞いていたマークが口を開いた。


「ちょっと待て、ケレスから救出しろって言うのか」

「ケレスに引き渡される前にだ」

 アランは真剣な目をマークに向けた。

「どうやって、そいつらを補足する」

「それは、仕事を引き受けてくれたら話す」


 マークとアランは、にらみ合ったまま、なにも言わない。この、商談は、マークにとって、現実感が乏しいものだ。宇宙の宝石、魔法、予言者、巫女の遺跡。どれも、学校で、習いこそすれ、関わったことは無い。ただ、誘拐された少女を助けたいというのは、良くわかる。ケレスに拉致されて、帰ってきた者はいない。その後の生死も定かでない。この商談で、現実味があるのは、この一点だけだ。マークは。つぶやくように聞いた。


「猶予は、一ヶ月か」

「そうだ、姉貴から、お宅の宇宙艇には、重力ダンパー部屋があると聞いた。各国が躍起になって開発している技術だ。だから、頼みに来た」

 あれは、通信士のニーナさんの部屋だぞ

「あれか、緊急時だと、それでも、6Gまで加速Gが掛かるぞ」

「ダンパーキューブを内包したら、何とかなるって、ゴウさんが言ってた」

「ゴウさんと話したのか」

「姉貴がね。交渉は、オレらでやれって言われた」


 これは、受けるのありきだな・・・


「おー、何で、アランが交渉するんだ」

「条件があるからさ。その船のパイロットをオレにやらせてくれ」

 ・・金星人のパイロットか

「なー、マークよう。いいんじゃないか。その子を助けろよ」

「ガンゾが、スバルを貸してくれると思うか?」


 ガンゾは、ココロのメンバーで、エンジニア。ゴウのファイヤーバード(ファイター)と、移動型コロニーを牽引するスバル(宇宙艇)の製作者。


「貸すと思うぞ。ガンゾはアリスの友達だぞ」

「ふーわかった。後は、通信士だな。オレ達はチームだ。よろしくな」


 アランも、今度は、紳士的に手を出した。マークとアランが、がっちり握手をする。その手の上に、かわいい手が、かぶさった。


「よろしくね、アラン。私が通信士やってあげる」

「ワハハハハハ」

 大笑いのキンダダ

 アランは、フリーズした。

「おい、ナオミ!」

「いいでしょ、わたしって、通信コンソールと航宇コンソールの評価最高なのよ」


 キンダダは、ナオミが未成年なのに一人で、宇宙旅行して火星に来れたのは、通信コンソールで、旅客船のデーターを改ざんして、宇宙船に乗り込んだのだろうと踏んでいた。


「ナオミちゃんも、このカウンターに座ったんだ、いいんじゃないか」

「キンダダ!!!」


 いつの間にかアウトローたちが、カウンターの周りに集まっていた。


「マークやらせてやれよ」

「そうだぞマーク」

「ナオミちゃんは、俺らが守る」

 口々に、協力を表明する。後ろからは野次も飛ぶ。

「ナオミちゃん、船、掃除するからよ。俺の船に乗ってくれ」

「ナオミちゃんも俺らの仲間だー」

「愛してるぞー」


 キンダダは、大笑いだ。

「おまえら、人の商談を立ち聞きしてんじゃない」

 アウトローたちは、腕組みしたり、腕を上げたりして意気込んでいる。ここにいるやつらだけで、10人はいる。マークは、怒らせた肩をおさめ、珍しく、顔を大きく崩して、ナオミにあきらめの表情を見せた。


「わかったよ。オレらはチームだ」

「やったー」


 ナオミは、手を合わせて飛び上がった。そしてアウトロー達に向いて「ありがとー」と、手を振った。いかつい歓声があがる。フリーズしていたアランも、この急展開に面食らった顔に変わっていた。


「今度は、なんだい」と、奥からアマンダが出てきた。

「アマンダ、祝杯だ酒くれ」

「おれもだ」

「俺、ビールな」


 アマンダは、カウンターに集まった野郎たちを見て、ちょっと笑い、キンダダに笑顔を向けた。


「珍しいわね、このカウンターが騒がしいの」

「そうだな」


 キンダダの笑顔が崩れる。アマンダは、注文をとりだした。ナオミは、又、アウトロー達に囲まれた。キンダダは、何がなんだか分からないアランたちに、なにやら耳打ちする。マークは、腕組みしてナオミの後ろに立っていた。


「ナオミは、オレの幼馴染だ。手ぇ出すなよ」

「堅い事いうなよ。飲め」


 などと、2、3人に囲まれ、肩に手を回しされたり、抱きつかれたりと、マークもこの、陽気なアウトロー達に巻き込まれていく。火星の夜は更けていき、薄暗かった、グラッパの奥のカウンターは、ライトに照らされて、ホールの中で、輝いていた。

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