宇宙の宝石

星村直樹

宇宙の宝石ナオミ

第1話 火星の夜明け

 人類が生まれて、240万年。いつの間にか進化がとまったように見える。しかし、人が、人類以外の知的生命体と1stコンタクトしたとき、人類は、また、進化するのだろう。


 ナオミを乗せたコロニー船、パトローナム(守護の聖者)号と、それを牽引する戦艦白波瀬は、火星軌道上に達した。火星の定期便は、コロニー船いわれる気球船のような宇宙船が主だ。葉巻型のコロニー部分とそれを牽引するバーム軍の戦艦。定員1万人のお客は、主に出稼ぎの者が多い。最近では、新しく火星に定住する人は少なくなった。ただし、今回の渡航者のほとんどは、観光客だ。今日、火星は、テラホーマ終了宣言をする。火星には、いまだに海がなく、大気圧も地球の30%しかないが、オアシスの水は、干からびることがなくなった。もし、透明アルミのドームが破れる事故があっても、ほとんどの者が生還する事ができる。火星の次期盟主23代目ドリトル・ガバンは、次の段階に移行し、バイオマスフェア(生態系のお祭り)を構築すると宣言する。


 やっと会える

 マークの腕を握らないとテレパシーが使えないなんて、へんてこな能力よね。でも、私が面倒見てあげないとだわ


 マークは、自分がいないとダメ人間だと思い込んでいる。勢いで、火星まで来たが、マークは、どんな顔するんだろうと、急に心配になった。


 でも、火星かー なんだかわくわくする


 軌道上からは、50年前の戦争跡を見ることができる。オリンポス山麓にあるクレーター跡や宇宙戦艦の残骸。最終決戦になり、最もひどかった、火星の首都、北の最果てモッドオアシス南端は、火星軍の旗艦ドメルを逃がすために、多くの火星の若者がファイター、レッドアローで突撃して果てた。北の最果てといっても極冠ではない。もし火星に海があったら、北半球は、ほとんど海だからだ。宇暦499年、人類が宇宙に出て早500年。居住範囲は、木星にまで及んだ。コロニー船は、反重力機関を使って降下を始め、夕方を迎える赤道オアシスに下りていった。


 赤道オアシスは、島宇宙から火星に資源を調達する拠点だ。ここには、自由港があり、火星政府に属さないフリーの運搬宇宙船が数多く在籍する。ここの宇宙船乗りは、独立精神が旺盛だ。そのため、オアシスの雰囲気は、温暖な気候と相まって、とても自由な気風である。

 そして、フリーの宇宙船乗り達は、アウトローと呼ばれた。

 この、法治外のアウトローたちが、こぞって行く酒場がある。地上に店を構えるグラッパだ。火星のオアシスは、どこも、地下世界の方が広い。空気が薄い火星では、太陽の放射線をもろに浴びてしまう。入植した人たちは、最初、天然のシェルターとなる鉱脈がある地下に居住区を作った。近年、透明アルミが開発され、多くのドームが、オアシスの地上に作られた。ここでは、植物も繁殖するし星空を見ることもできる。店には、近所の人も、観光客もたくさん来る、朝は朝食、夜は酒場の気安い店である。


 グラッパは、中央に踊り場があり、ここでジャズが演奏されたり、客がカラオケを歌ったりする。下手でも、上手でもヤジが飛ぶので、歌うには、くそ度胸がいる。有名なのは、店主の奥さんが、カルメンを踊ることだ。これに出くわしたものは幸運だ。広い店内には、三つのカウンターがあり、入り口や踊り場近くのカウンターはいつも混んでいる。しかし、奥のカウンターだけは、いつも空いていた。このカウンター近くのテーブルは、法治外パイロットたちの溜まり場になっていた。


夕方でも天窓のおかげでグラッパの店内は明るい。火星の自転は、地球とほぼ同じ24時間。広いホールには、観光客が詰め掛けていた。しかし、奥のカウンター周辺だけは、薄暗い。アウトロー達さえ座りたがらないカウンター。ここに座っている男がいた。陽気の良い赤道オアシスなのにパイロットスーツ姿で、ジャケットまで着込んでいる。ジンジャエールを酒のように置き、明るい店内の方をこっそりのぞくように見ていた。


 マークを周りが見れば、いっぱしのアウトローに見える。銀髪と銀色の眉、細いが高い身長。幾戦もの仕事をこなしたかのような陰のある顔立ち。目は透明な鋼鉄色だ。なによりカウンターに座っているのが、一人前だという証になる。しかし、マークは、今日が初仕事だった。暗いマークと違い、カウンターの中にいるマスターは、とても上機嫌だ。マークは、話をしているから、上機嫌だとわかるが、実際は、周りをにらみつけているように見える。身長は高く、クマのような体格をしている。背中に筋肉が付きすぎている性で、少し猫背だ。


「よう、マーク。ナオミちゃん来たか。初仕事の商談だって言うのに彼女同伴だろ。将来有望だ」

「キンダダ知ってるか。ナオミは、まだ15歳だぞ。未成年の癖に一人で宇宙旅行して、ここまで来られる方がおかしいんだ」

「もう、来ちまってんだろ。ほっとけんだろ」

「家にたたき返してやる・・・金も無い。絶対、商談成立させるからな」

「その意気だ、ワハハハハハ」


 マークは、駆け出しで、まだ、アステロイドベルトにおける真のフリーランスの称号は、もっていない。鎖国状態である島宇宙のケレス連邦に、一人で入国できるようになって初めて一人前と認められる。マークは、何でも屋のゴウの弟子になって3ヶ月経つ。ゴウの本拠地は、木星の月ガニメデのオーロラシティーにある。資源運搬会社だと思って入ったゴウの会社は、エンジニアと通信士、それに秘書しかいない。この3ヶ月、やっていたことは、ファイターに乗る訓練ばかりだ。ゴウは、オーロラシティーの市長もやっているのに、すぐ、ふらっといなくなる。今日の仕事にしても、何の前触れも無く通信が入り、今、ここにいる。


 他のアウトローたちがこのカウンターに座らないのは、この席が、アステロイドの称号を持つ何でも屋の席だからだと、さっき、カウンターのマスターであるキンダダから聞いたが、なぜかいやな予感がして、それ以上聞く気になれないでいた。だが、聞きもしないのに、キンダダがその話を始めた。


「何でも屋は、気のいいやつばかりでよう、前は、楽しかったんだ。グラッパで一番賑やかだったんだぞ、この、カウンター」

「何で、誰も座らないんだ」

「みんないなくなったからさ」

「辞めたのか」

「ほとんど、死んじまった。ゴウ以外やりたがるやつがいない」

 ・・・っ、どんな仕事だ。聞いてないぞ


 マークは、心の中で毒づいたが、表情は、元々無表情だ。今の話を聞いても表情を変えないマークを見てキンダダは、更に上機嫌になった。

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