ⅩⅩⅡ 神人合一

ⅩⅩⅡ 神人合一(1)

「小娘のくせして……ふざけんじゃないわよ!」


 アルセトはテフヌトを勢いよく立ち上がらせると同時に、その勢いのまま前に踏み込んでセクメトへ多条鞭を振う……。


 だが、ギィィィーン…! と木霊する、装甲を打った時とはまた異なる金属音。


 メルウトは多節鞭の杖でその攻撃をやすやす受け止めると、振り上げた杖を頭上でくるくると回転させ、その遠心力を利用して強烈な一撃をテフヌトにお返しする。


「キャアアァァァーッ…!」


 直後、ガシャァァァァーン…! と轟音を立てて横薙ぎに胴を打たれたテフヌトは、悲鳴を上げるアルセトとともに再び大きな音を立てて吹き飛ばされた。


「おおおおおっ!」


「よっしゃあ! なんか、メルちゃんの動き、突然良くなったように見えません?」


 まるで格闘技の試合を見るかのように、今の大技に拍手喝采っを送る聴衆の中、ウベンも歓喜の声を上げると、興奮した様子でとなりの師に尋ねてみる。


「うむ……ラーの眼イレト・ラーを含む神の眼イレト・ネチェルは、機体とそれに乗る者のアクを接続させることによって、その操縦を可能としている。故にラーの眼イレト・ラーと操縦者の心が一つになればなるほど、その力も、その動きの素早さも増していくのじゃ……おそらく命の危機に瀕することで、彼女は真にセクメトと心をいつにしたのじゃろう」


「セクメトと心を一に?」


「うむ。優れた〝イレト・ラーの女主人ネベト・イレト・ラー〟の条件とは、肉体的に優れていることでも、戦いのすべを知っていることでもない……それは、どれだけラーの眼イレト・ラーと心を通じ合えるかどうか……今の彼女に、あのアメン神官団の女が勝つことはできまいて」


 弟子の問いにそう答えると、悠然と敵を見下ろして立つセクメトの黄金の巨体に、ジェフティメスは確信にも似た予感を覚えた。


「……っっ……なんなのよ……なんだっていうの⁉ あたしはカルナクでも最も優れた〝アメンの従者〟アルセトよ⁉ アメン大司祭さまによって選ばれた〝テフヌトの女主人ネベト・テフヌト〟よ⁉ そのあたしが、なんで、こんな小娘なんかに……」


 激痛の走る左脇腹を押えながら、アルセトは八重歯をぎりぎりと噛みしめて、セクメトを悔しそうに睨みつける。


〝……霧だ……霧の中へ隠れよ……〟


 そんなアルセトの心に、テフヌトの声が語りかける。


「くっ……こんな小娘に使うのは癪だけど……もう、そんな形振り構ってもいられないわね……そうよ。勝てばいいのよ! どんな手を使ってでも勝たなきゃ意味ないわ!」


 彼女はそんな独り言を呟くと、どこか吹っ切れたように狂喜じみた笑みを浮かべる。


 そして、牝ライオンの頭をしたテフヌトの口から、シュゥゥゥゥー…と細かい水の粒子を含んだ白い息を勢いよく吐き出し始めた。


「……霧?」


 湿り気の女神の名に相応しく、テフヌトの口から吐き出されたその息は、すぐに辺りへと拡散してゆく……メルウトがそれに気づいた時にはもう、一寸先も見えぬほどの深い霧が彼女の周りを覆っていた。


「なんだ? また霧が出て来たぞ!」


「これじゃ、どうなってるんだかぜんぜん見えねえぞ⁉」


 戦いを見守る聴衆達も、突然、湧き出した霧にざわざわと戸惑いの声を上げる。


「し、師匠……」


 先程はメルウト優勢に嬉々としていたウベンの顔も、この異様な事態を目にするとすぐにまたかき曇る。


「なに、大丈夫じゃよ。今のあのならの……」


 対してジェフティメスは、目の前を閉ざす深い霧に不安を覚えながらも、メルウトの力を固く信じていた。


「ハハハ、それでいい、アルセト。この霧こそ、湿り気の神テフヌトの真骨頂だ!」


 一方、殴り飛ばされた恋人の機体に気が気ではなかったウセルエンは、再び勝利への期待感と残忍な笑顔を取り戻している。


「フフフ…どう? 湿り気の神の息はお気に召したかしら? いくらあなたの動きが素早くとも、この霧じゃあたしの姿が見えないでしょう? ……だけど、こっちにはあなたのことがちゃーんと見えてたりするのよね」


 アルセトはふざけた調子でそう告げると、目を少し細めてテフヌトの視覚を熱探知モードへと切り替える。


 すると、ジェド柱室の壁に映る外界の景色は、高温のものをより赤く、低温のものをより青く映し出す、赤・黄・緑・青のグラデーションで彩られた世界へと移り変わった。


「フフ…これでも避けられるかしらっ⁉」


 その熱分布図の中の、一際赤い色で現された巨大な人型の物体目がけ、テフヌトは多条鞭を勢いよく振う。


「……!」


 ビュッ…! と白霧を切り裂く音とともにギィィィーン…! と響く金属音。


 突然、霧の中から飛んで来た金属の綱を、メルウトは咄嗟に反応して、なんとかセクメトの杖で受け止めた。


「フッ…なかなかいい反射神経してるじゃないの……でも、いつまで続くかしらねっ!」


 アルセトは視界ゼロの霧の中から、こちらの見えないセクメト相手に連続して多条鞭を振う。


「……!」


 それをメルウトは〝野生の感〟とでも呼ぶしかないような反応速度で、間一髪、杖を盾にしてすべて受け止める。


…ビュッ……ギィィィーン! ……ビュッ……ギィィィーン…! と、その風切音と金属音の応酬が濃霧の中で続いた。


「そこかっ!」


 時に敵の鞭が繰り出される場所に向けて、メルウトも反す杖を多節鞭に変えて攻撃をしかけてみるが、睡蓮の形をした先端の刃は虚しくビュゥン…! と霧を切り裂くばかりである。


「アハハハ…残念。外したわね」


 アルセトはそこから自分の居場所を悟られるのも見越して、攻撃後にすぐさまテフヌトの位置を変えているのだ。


 …ビュッ……ギィィィーン! ……ビュッ……ギィィィーン…! と、なおも視界ゼロの中で響き渡る音の応酬。


 そのようにして、テフヌトの一方的な攻撃をセクメトが辛くも防ぐという争いがしばしの間続いた。


「チッ……なかかなしぶといわね……だったら、反応もできないような速さの一撃で、今度こそ確実に仕留めてあげるわ」


 いつまでも多条鞭による打撃を防ぎ続けるセクメトに、アルセトは段々と苛立ってくる。


 そこで彼女はそれまでの鞭による攻撃をやめ、必殺の戦法に変えることにした。

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